表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自作小説倶楽部 第18冊/2019年上半期(第103-108集)  作者: 自作小説倶楽部
第103集(2019年1月)/「駒」&「リンク(つながり)」
5/26

04 らてぃあ 著  駒 『チェスゲーム』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「ポーンから動かせ」




    1・ポーン


 その人に会ったのはまったくの偶然です。外見? 丸い眼鏡と口の周りに白い髭。なんとなく死んだおじいちゃんに似ているなと思いました。

 その日、私は失恋の痛手で弱っていて、それでも生活のためにアルバイトに行かなきゃならなくて、本当に何もかもどん底でした。そのせいですね。優しかったおじいちゃんに似ていたから公園に一人で座っているその人に「どうしたんですか」って声を掛けたんです。いつもなら目にも入らなかったでしょう。

うつむいていた相手は顔を上げ、じっと私を見つめました。黒いのに奥で何かがきらきら光っているような不思議な瞳でした。

「駒を動かしてみてくれないかね」と低い声で言いました。その声もおじいちゃんに似ていたような気がします。

 彼の前には座っている膝より少し上までにしかない白い石のテーブルがありました。小さなものだから気付かなかったのでしょう。でも、その時は突然そこに出現したような気がしました。テーブルの上にはチェスボードが置かれ、白と黒の駒がマスの中に散らばっていました。

 動かしてみろと言われて当然私は困惑しました。

「チェスなんてやったことないわ」

「いいんだよ。今は白の番。一つだけ動かしてみてくれ。誤まった手なら無効だ」

 私は小さな白い駒を一つつまみ上げました。後になってそれがポーンという駒だと知りました。そして斜めに一マス動かして、横に並んでいた黒のポーンと縦に並べました。

「なるほどアンパッサンだね」

 そういう手なんですか? おじいちゃんは、いいえ。私のおじいちゃんじゃなくて、その人は黒のポーンを取り上げて私に渡しました。

「ありがとう」と言って。

 不思議な気持ちで私はアルバイトに行きました。失恋のことは頭からすっかり消えていました。

 そして、その日の内に、突然アルバイトの先輩から告白されたんです。どうしたかって? うふふふ。今は幸せですよ。

 黒のポーンはあれ以来、私のお守りです。


    2・ナイト


 チェス盤を前に座って居た人間? ああ、会ったよ。ウィリー。いや、名前なんて知らないよ。ウィリーっていう昔の友達に似ていたんだ。ウィリーもそいつも痩せて貧相な奴だったよ。そいつがどうしたかって? ううん、名前が無いと不便だな。その男もウィリーって呼ぼう。

 白い低い台の上にチェス盤を載せて座っていた。

 俺は大口の契約を取った後で、いい気分で一人で祝杯を上げた後だった。気が大きくなって、あんな怪しげな男に声を掛けてしまったんだ。「どうした。しけた面して」って、そういえば本物のウィリーにもよくそんな風に話しかけたよ。

「ウィリー」はちらりと俺を見て言った。「駒を動かしてくれませんか」ってな。あの時の眼。あれだけはウィリーに似ていなかったよ。吸い込まれるような真っ黒な眼だった。

 チェスね。駒の動かし方は知っているよ。白の馬の形の駒、ナイトだ。それを右に二つ目、下に一つのマスに動かした。そしたら「ウィリー」は「残念」って言ったんだ。そして黒のクイーンを斜めに動かして俺のナイトを取ってしまった。

 表情? 笑っているような。本当に残念そうな。よくわからんな。

 俺のほうは急に何か大切なものを奪われたような気がしたよ。

「用心してくださいね。どこに敵が潜んでいるかわかりませんよ」って言われた。

 心臓に冷水を浴びせられたような気がしたよ。呆然として公園を出た時は酔いも消し飛んでいたよ。「ウィリー」がその時どうしていたかなんて知らないよ。

 その後? せっかく取った契約はおじゃんになったよ。うちの会社の製品に不良品が混じっていたんだ。おまけに女房に離婚を切り出されて踏んだり蹴ったりさ。ダイヤモンドで離婚は勘弁してもらったけどな。「あなたは人の気持ちがわからない」と女房に罵られたけど冗談じゃないよ。

 そう言えば本物のウィリーに最後に会った時も同じことを言われたよ。


    3・クイーン


 チェスの人? あるよ。5回は会ったかな。駒を動かせって言うんだ。丸くて白い顔に細い目。死んだ僕のママに似ているんだ。目の色? わからない。ママは緑だった。話し方もそっくりだから逆らえないんだね。「そこの君。駒を動かしてちょうだい」って。

 念のため言っておくけど僕はマザコンじゃないからね。

 動かせって言うから王冠の形の細い駒を動かした。形が気に入ったからいつもそれをすーっと前に動かすことにしている。でもその度に「無効ね」とおばさんは首を振って駒を元に戻すんだ。もう一度やろうとすると「今日はもう駄目よ」って止められる。わけがわからないよ。それに「今日は」ってことは、あの人は駒一つ動かすために一日中公園に座っているのかな。それとも一人一駒。でも3回目に会った時から駒の配置が変わっていないような気がする。確信があるわけじゃないけどね。

 もうそろそろチェスのルールを調べてちゃんと駒を動かしてやろうかと思ったりもするけど面倒でね。チェスのルールなんて何の役に立つ? 何かやろうと思っても僕が頑張っても世の中は変わらないと思う。その繰り返しで僕は何もする気が起きないんだ。

 ママはきっと天国で怒っているだろうね。でもそれはそれで面白いと思っている。子供の頃散々束縛されたからね。僕は今、貧乏だけど自由なんだ。


    4・ゲームの行方


「やあ、やっと会えた」

 俺はその人物の前に立った。奴は俺にそっくりな顔をしていた。

「俺に何の用だい?」

「わかっているかと思うが俺は探偵さ。探偵的好奇心であんたを探していた」

「今日酒場で一杯やる金もないのに何をしているんだ?」

「俺の縄張りは少々特殊でね。物騒な連中が多い。小さなトラブルが大きな抗争になったことも一度や二度じゃない。そういう時は俺の稼ぎ時だが速やかな解決が大切だ。だから日頃から縄張りで起こる事件を把握しておかなければならないんだ」

「成程。でも俺はトラブルを起こすつもりは無いよ」

「そうかもな」

 つややかに光るチェスの駒を見つめ。何気なく右手でそれに触れようとした。男の両手がそれを遮る。

「駄目だよ。あんたにはゲームに参加する資格がない」

 男は厳しい顔で俺を睨みつける。顔かたちは俺に瓜二つだが瞳の色は違った。俺は濃紺で男は銀色だった。

「ふん。人選の基準はわからんが参加したいとも思わないよ。でも、好奇心から知りたいことが二つある」

「何だい?」

「ゲームはいつ終わるのか? そして、その時何が起こるのか? さ」

「教えないよ」

 にやりと嫌な笑いを残し、男の姿は空気に溶けるように消えた。

                    了

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ