03 E.Grey 著 駒 『極秘文書の件 1 公設秘書・少佐』
挿図/Ⓒ 奄美剣星 「明菜」
1 駒
1960年代――
長野県月ノ輪村役場職員である私・三輪明菜は、軽井沢の某財団会長所有の別荘に滞在している島村センセイを接待するようにと、村長の特命で派遣されてきた。――というのも、センセイは先日の内閣改造で大臣職に就任なされたのだ。センセイの第一秘書が私の婚約者・佐伯祐である。村長いわく、(佐伯を介してだが)村が、先生を全面支持しているとアピールできれば、公共工事などで村がどれほど潤うかと、いう皮算用だ。……今では考えられないことだが、このころは大臣閣下の口利きで各省庁がひれ伏す時代だった。
恐縮なことに、財団の公用車ロールスロイスが私を迎えに役場までやってきた。役場前駐在所に奥さんと一緒に住んでいる真田巡査部長は、一介の村役場職員である私が、VIP待遇で車に乗るところを見て、何事が起きたのかと目を丸くしていた。
後部座席に乗っていたのは佐伯だ。うちの村では――旧軍でいうところの大将がセンセイならば、佐伯は参謀だから少佐だな――と勝手に位置付けしていた。
月ノ輪村から軽井沢に至る幹線道路は、バス路線なのにも関わらず未舗装路だった。その村境には、「ようこそ『果て軽井沢』へ♪」と書かれた真新しい大看板が立っていた。――『果て軽井沢』とはわが月ノ輪村のことで、これは、先日の定例村議会の全員一致で可決されたサイドネームだ。――何が『果て軽井沢』だよ。熊とカモシカと日本猿を合わせたら、村民より多くなる。「♪」をつけたことでお洒落になったつもりか! いっそ『果て』じゃなく『はてな』にすれば良かったのに……。
「どうした、明菜、気分でも悪いのか?」
「ねえ、祐さん、センセイのご接待という名目だけど、私を呼んだってことは、何か事件があったのでしょ? つまり私は祐さんの助手……」
「御名答! ――嫉妬深いのが玉に瑕だが――明菜、君は、僕の助手としてとても優秀だ」
嫉妬深い? 私のどこか? 祐さんに色目をつかう泥棒猫どもを、(ほんのちょっと)張り倒しただけのことじゃない。
佐伯は180センチを超える背丈で、灰色のスーツ、黒縁の眼鏡をかけていた。『果て軽井沢』では絶対に手に入らない、東京のどこかで買ったのだろう舶来ものであるマルボロ煙草に火をつけた。――受動喫煙が騒がれなかった時代だ。お揃いの黒縁眼鏡にレディース・スーツ姿をした私は窓を開けてしのいだ。
直線距離の舗装路なら30分以内で着いたであろう(本物の軽井沢である)中軽井沢駅近くにある〝財団〟会長の別荘に着いた。
制服姿の運転手さんが、ドアを開けてくれた。私が降りたとき、駅周辺の風景が目に入った。三輪自動車やカブのバイクに混じって、荷車を牽引した馬車が商店街を抜けて行くのが見えた。――荷車を牽く馬は、第一秘書とか少佐とかおだてられている佐伯といえどもしょせんは、別荘所有者である〝財団〟会長やセンセイからすれば、ただの〝駒〟だということをこれから思い知らされることになることを暗示していた。
別荘のドアマンが扉を開けた。
つづく
//登場人物//
【主要登場人物】
●佐伯祐……身長180センチ、黒縁眼鏡をかけた、黒スーツの男。東京に住む長野県を選挙地盤にしている国会議員・島村センセイの公設秘書で、明晰な頭脳を買われ、公務のかたわら、警察に協力して幾多の事件を解決する。『少佐』と仇名されている。
●三輪明菜……無表情だったが、恋に目覚めて表情の特訓中。眼鏡美人。佐伯の婚約者。長野県月ノ輪村役場職員。事件では佐伯のサポート役で、眼鏡美人である。
●島村代議士……佐伯の上司。センセイ。古株の衆議院議員である。
【事件関係者】
●未定