02 柳橋美湖 著 リンク 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが実は祖父一郎がいた。手紙を書くと、祖父の顧問弁護士・瀬名さんが夜行列車に乗って迎えにきた。そうして北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町は不思議な世界で、さまざまなイベントが起こる。……最初、怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上で魅力をもった弁護士の瀬名さんと、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩さん、二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ。さらには魔界の貴紳・白鳥さんまで花婿に立候補してきた。しばらくして、クロエは、お爺様の取引先の画廊マダムに気に入られ、秘書に転職した。
クロエは、マダムと北ノ町へ行く夜行列車の中で、少女が死神に連れ去れて行くのを目撃する。神隠しだ。そして鈴木一家による少女救出作戦が始まる。
――そんなオムニバス・シリーズ。
挿図/Ⓒ 奄美剣星 「三美神のロンド」
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クロエです。死神さんと神隠しの正体は、なんと、お爺様と死んだはずの母でした。その二人に今までの謎が聞けそうです。
◇
私とマダムは、手紙にあった地図をスマホのマップと照合して、竜ノ墓場の採掘坑跡に向かいました。
「久しぶりね、クロエ」
声質こそ十歳前後の子供ですが、喋り方が大人びて、母そのものです――病院で彼女が逝ったときは四十歳だから――三十歳若返っている!
東京から夜行列車で北ノ町へ行き、お爺様のお屋敷に泊めて頂くと、決まって私にあてがわれるのは、昔、母ミドリが使っていた部屋です。そこのアルバムをめくると、少女時代の彼女の写真がたくさんあって、その中には十歳前後のころの写真もありました。写真はちょっとセピアがかってはいますが、薄緑色の深縁帽子とワンピース、腰にはピンクのリボン付の帯をしていました。
そういえば彼女の隣に立っている死神さん――いえ、お爺様だって、同じくらい若返って四十歳くらいになっています。シュッとした面長なライン、奥二重の目で、口元にワイルドなお髭――なんだか、一昔前のハリウッド・スターみたいじゃありませんか。それにしても不思議、私は母の亡骸を家族葬にして荼毘にふしたはず。けれど、今ここにいるのは確かに幼女化した母に間違いありません。
私とマダムをみかけた幼女は、地面に突き刺さった竜の肋骨がカーブになったところをベンチにして、ちょこんと腰掛けました。
♢
そういえば母を亡くしてすぐ、それまで疎遠だったお爺様から、急に家族として迎えられている。あまりにも唐突で不思議な展開だった。――というか、それ以前に、お爺様と母はなぜ連れ立ってこの世界を旅しているのだろう。そもそも神隠しの少女は北ノ町一宮神社を祀る神主さんご夫妻の娘さんだったのではなかったかしら? また、お爺様と母は、私たちをこの世界に誘導した理由って何なのだろう? ――そんな疑問が次から次へと沸いてきます。
そういう疑問を私はお爺様と母に続けて聞いてみました。
♢
神隠しの少女については母が答えました。
「一ノ宮神社の娘さんねえ、あの子って私の幼馴染なの。子供のときに病気で死んじゃったんだ――神主さんは受け入れられなかったのね。神隠しに遭って、どこかで生きているって自分に言い聞かせていたのよ」
マダムと私は、北ノ町へ向かう夜行列車から、お爺様と母が異界へ向かう別の列車にいたのを見た直後に、神主さんご夫妻から神隠しに遭った娘さんのお話を聞いて、死神と連れ去られた娘さんだったと思い込んでいたわけです。
母は続けます。
「私が入棺し荼毘にふされたこと? ああ、あれ、家族葬そのものが夢幻だったとしたらどう? 確かお父さんが一緒だった? 共有の無意識ってあるでしょ」
「じゃあ、若返った理由は?」
「あら簡単よ、アナログ時計を思い浮かべてみなさい。時計の針が正午を回ったら次からは一時、二時ってなるでしょ」
(詭弁だ。けれど半ば信じかけた私がここにいる)
マダムは、お爺様と母、そして私の会話に口を挟みませんでした。ただ、ブランドもののアナログ式腕時計を何度か見ていました。
ふと私はこんな仮説が思い浮かびました。
(今、私たちがいる世界は、アナログ時計のような時間の進み方をするのではなかろうか。短針が一回りして正午を過ぎると、また振り出しに戻って、一時、二時……と回りだすのではなかろうか。そして、こっちのカレンダーをめくるごとに、お爺様・鈴木三郎は、祖母の紅子、母のミドリ、私クロエの順で、周期的にエスコートしているのじゃなかろうか)
すると次は私がこの世界でお爺様と旅をする番? そのためにお爺様と母は私を誘導した? ――ちょっと待って、お爺様っていったい何者なの?
◇
それでは皆様、また。
by Kuroe
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。母は故ミドリ、父は公安庁所属の寺崎明。大陸に棲む炎竜ピイちゃんをペット化する。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。妻は紅子。女学校卒業後、三郎に嫁ぐ。紅子亡き後はお屋敷の近くに住む小母様をアルバイトで雇い、身の回りの世話をしてもらっている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住みクロエに好意を寄せる。式神のような、電脳執事メフィストを従えている。ピアノはプロ級。
●瀬名武史/鈴木家顧問弁護士。クロエに好意を寄せる。守護天使・護法童子くんを従えている。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。魔法を使う瞬間、老女から少女に若返る。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。一つ目コウモリの使い魔ちゃんを従えている。
●神隠しの少女/昔、行方不明になった一ノ宮神社宮司夫妻の娘らしい。死神にさらわれているのがわかった。