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自作小説倶楽部 第18冊/2019年上半期(第103-108集)  作者: 自作小説倶楽部
フィナーレ
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00 フィナーレ/ 奄美剣星 著  『百年戦争英雄譚 ヘンリー五世』

シェークスピア史劇を読むためのノート


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「ヘンリー五世」

 紳士並びに淑女の皆様、今宵も当劇場に足をお運び戴き誠にありがとうございます。私は当一座の座長。これから当方の名優たちが演じますのは、英仏百年戦争時代におきまして、英国最大の英雄と言われますところのヘンリー五世陛下(一三八七-一四二二年)の物語です。


          *


 一三九九年、十月、テームズ川に浮かぶロンドン塔。

 愛称をハルと呼ばれる十二歳の少年が、塔上の頂きに至る螺旋階段を登り、とある囚人を訪ねます。その人物こそ前国王リチャード二世陛下でありました。


「やあ、ハル、会いたかったよ」

 ハル少年とリチャード陛下との会談は、分厚い扉にあけられた覗き窓越しのもの。

「陛下、貴男は我が父の領地を召し上げ、国外追放にした。母はこの世にいない。オクスフォード大学一年生だった僕は路頭に迷った。保護者を失った僕を、貴男は気の毒に思い、宮廷に部屋を用意して迎え、『甥』と呼んで住まわせてくれた。あのときの恩を忘れはしない」

「陛下? ――君の父上との戦に敗れた余は、議会から廃位を宣言された、一介の虜に過ぎぬ。今は君の父上こそがこの国の王だ」

「申し訳ありません」

「謝ることはない。私は権力を悪用した暴君だ。しかし君の父上は簒奪者として悪名を残すだろう。けれども息子の君は違う。きっと善政に励み、名君となり、父上の汚名を返上するに違いない」


 新国王の命により、リチャード二世陛下は各地の牢獄を転々と移送され、三十三歳の若さで獄死いたします。新国王がランカスター公爵であったころ迫害を受けた報復として、前国王を餓死させたとも、毒殺したとも、はたまた自死に追いやったとも、巷ではまことしやかに噂されたものです。ともかくも、これでプランタジネット王朝は断絶し、ランカスター王朝が取って代わりました。


          *


 ハル少年の父王ヘンリー四世の治世は、続発する前国王派反乱の鎮圧に明け暮れました。

 王太子となったハル少年は、ときどき、父王に諫言してはばかりません。

「父上、貴男の前国王派貴族への苛烈な報復こそが、憎しみの連鎖を呼び、情勢をいっそう悪化させているのです」

「倅よ、顔をみせればその物言い、権力とは綺麗ごとではすまぬものだ。ときに自らの手を汚すことも必要なのだ」

 親子の仲は険悪となり、父王は御前会議の席にハル王太子を呼ばず、当てつけに弟君を呼んだりしました。けれども、父王は、度重なる行軍で体調を壊し病床に臥するようになると、結局のところ、王弟二人に補佐させて、王太子に政務を委ねるようになりました。


 一四一三年三月、ヘンリー四世が崩御なされますと、ハル王太子が跡を襲いヘンリー五世となられました。


          *


 二十五歳になったランカスター朝第二代君主が、真っ先に行ったのは、かつて路頭に迷った少年を自らの宮殿に招いて養ってくれた前王朝最後の国王の供養でした。没した牢獄近くに葬られた粗末な墓から、リチャード二世陛下の亡骸を歴代英国王が眠る霊廟ウェストミンスター寺院に移し改葬なさりました。それから、父ヘンリー四世陛下が取り潰した諸侯たちと和解し、爵位と門地とを返還していきます。


 善政によって国内が安定するといよいよ、我らがハルは英軍将兵とともに軍船に乗って英仏海峡を渡り、前王朝がフランスで失った領地の奪還に向かいました。遠征は一四一五年、一四一七年、一四二一年の都合三度に及び、英国軍は、エドワード三世以来、お家芸となった長弓戦術を用い、仏軍騎士団を翻弄し連戦連勝します。

 一四一七年から一四一九年にかけての遠征で英軍はパリ近郊まで迫り、ハルは、講和に応じた仏王シャルルに次期仏王の座を承諾させるとともに、仏王女カトリーヌ(キャサリン)を王妃として迎えることに成功します。しかし栄光は一四二一年、英雄王ハルの死によって突如終わりを告げます。


 再びパリに迫ったハル麾下の英軍が、森に設けた野営地で疫病が蔓延。王も感染して崩御なされたのです。享年三十四歳。

 ハル亡き後、百年戦争時代の英国にハルのような英雄王は二度と現れず、フランスによってじわじわと追い詰められていくこととなります。

 それでは紳士・淑女の皆様、今宵の舞台はここまで。次回のご来場を団員ともども心よりお待ち申し上げております。


          ノート20190802

シェークスピアは、ここに挙げた主人公を、ハル王子と呼ばれていた即位前と、ヘンリー五世となって即位した後の二部構成にして描いた。前者が『ヘンリー四世』、後者が『ヘンリー五世』だ。『ヘンリー四世』で描かれるハル王子は不良で、父王ヘンリー四世を心配させる。それでも王子は敵対勢力をやっつけ、英雄の片鱗を垣間見せた。そして、ラストの父王の崩御を前にしてハル王子は、それまでの行状から一変して名君ヘンリー五世に変貌する。『ヘンリー五世』は、聖王の英雄譚にまとめられているため、『ヘンリー四世』で描かれた王子時代の彼と相棒を組んでいた悪友の騎士は登場してこない。

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