03 奄美剣星 著 逆転『人狼1/ 4家長』
挿図/Ⓒ 奄美剣星 「1/4家長」
僕の妹は魔法少女だ。
魔法少女というからには何者かと契約しているわけで、何者かと契約するということは、そいつに、自分の何かを代償に差し出すということだ。
気にはなっていた。
数年前に両親が事故死したので、長男である僕が家長になった。ゆえに、当家の全責任は僕が背負う。
嫁が、「朝食ができたから、朝寝坊さんを起こしてきて」と言うので、僕は妹の部屋のある二階に上がった。妹は女子高に通っている。
「おい、起きろ。早く食べないと遅刻するぞ」
しかし起きない。されば強硬手段の往復ビンタ――もちろん、嫁入り前の顔だから手加減はする。だが、妹は起きなかった。僕は嫁を呼んで、妹の急変を伝えた。
――何、魂魄が抜かれている?――
妹は意識不明というか、植物人間状態になっていたのだ。
嫁は言う。
「魔法少女が魔界の『契約』を結んだとしても、ここは人界だから魔界のルールといえども、未成年には適用できないはず。そのあたりから斬り込んでみたら、彼女の魂魄を取り戻すことができるかも……」
「どうやって?」
「魔界弁護士を雇うのよ」
人界と魔界で生じた法的トラブルは、魔界弁護士を雇うことで、あらかたは解決する。僕は人狼1/4のだが、嫁はネーティブだ。僕と違って魔界の事情にも明るい。
「それで窓口は?」
「ローレライ交差点」
あの雪女か!
昨年末、婦警姿の雪女は、何台もの自動車を衝突させ、谷間に突き落とそうとしていたのを、義兄がやっている「炎竜洋菓子店」のクッキーで吊って、懐柔した経緯がある。義兄というのは北欧の勇者で、留学生だった姉に惚れた弱みから、僕の町へやってきて店を開いたのだ。その店にある窯は炎竜の巣だ。炎竜はかつて義兄と敵対していたのだが、あるとき和解して友になった。義兄が町へやってくると、炎竜もついてきて義兄を手伝っているというわけだ。炎竜が焼いた菓子には莫大な量の生命エナジーがある。ヴァンパイアの一支族である雪女にとってそれは、一つで数百人分の生命エナジーを吸引することに匹敵した。
「雪女ローレライ、焼き菓子百個の箱詰めを持ってきた。魔界弁護士を紹介してくれ」
「了解」
婦警姿の雪女は信号機の上に腰かけていた。雪女が「印」を結んで天空にかざすと、梅雨時の小雨が雪になった。
すると、雪が積もった信号機下の交差点に、黒い雨傘をさした、スーツ姿の若い紳士が、立っているではないか。
「――なるほど、そういう事情でしたか。確かに人界の法律に従えば未成年につき、『魔法少女契約』は解約できる余地があります。では、魔界法廷へ参りましょう。出発は明日・皆既月食の夜」
そして……。
*
皆既月食になると、人狼はエナジーの大半を失う。人間3/4である僕は余力があるが、嫁はフラフラになっている。魔界法廷に一緒に行きたいと言ったのだけれども、無理なのは明らかだ。布団に横になった浴衣姿の嫁は、ハンドバックから、カードを出して僕に渡した。バーコードがついていて、まるでスーパーのポイント・カードのようだった。
「これはムーン・カード。私たち人狼一族は満月のときに余剰エナジーをこれに貯めるの。いざってときに役に立つわよ」
魂魄を抜かれた妹の身体は、年齢不明の女医・エルフ先生がやっている診療所に預け、学級担任のホビット先生にも事情を話して病欠扱いにしてもらった。後は法廷に行くだけのことだ。
*
魔界法廷は、魔王が住まう宮殿のある魔都に所在していた。その市門は皆既月食の夜に開く。
魔都城壁は魔法城壁で二重に囲まれていた。僕は「砂漠の蜃気楼工房」ブランドの自転車に乗っていた。魔界弁護士の乗った白馬に続いて、市門をくぐり、メインストリートを走った。
僕が乗っているのは、魔界と人界とを往来できる魔法をかけた自転車だ。それは以前、出張先のシャッター商店街自転車屋店主・ドワーフ親爺に、修理を依頼したものだった。
*
魔界法廷は王城の一角にあるゴシック式の大ホールだ。
傍聴人、裁判官、審判人が席を並べていた。
「――魔法少女の契約解除について。……申し立て人の口上はもっともなことだ。けれども兄君よ、貴卿の妹さんは、すでに魔法を使っている。すると契約は完全に解除することはできない」
魔界弁護士が、檀上に上がって聞き返した。
「完全解除できないということは、魔法使用分の違約金を払えば、解除できるということですね?」
「違約金五十ライフ……」
五十ライフ? もしかして五十人分の生命ってことか?
そこで僕は、出発前に嫁が貸してくれたカードを、会計窓口で提示して「違約金」を支払った。カード残高は三百五十ライフなのだそうだ。魔界弁護士費用も五十ライフだ。すると、残りは三百ライフ……。
なんてこった、嫁の持参金・四分の一も使っちまったよ。
人界に戻ってから、嫁に魔界法廷での審議経過を話すと、そのカードは、彼女の実家が何世代もかかって貯めたものだという。目頭が熱くなった。これでまた、しばらくは嫁に頭が上がらない。
*
魔法少女契約は解除されたはずなのだが、妹はまだ術をつかうことができた。そればかりか、以前よりも強力になっているくらいだった。というのも、妹には「ある者」が憑依していたのだ。魔界法廷の裁判官が、「完全には解除できない」と言ったのは、このことだ。
妹が診療所から帰ってきたその夜、シルクハットの青年と、燕尾服を羽織った下半身が蛇の中年男が並んで、茶の間に現れた。
「僕は魔界王子ダリウス、それから横にいるのが僕の眷属で魔界執事のザンギスだ。よろしく頼む。――おや、兄君ご夫妻は、魔界弁護士メフィストから聞いていなかったのかね? ――僕には、違約規則によって、三年間、君の妹に憑依する権利があるのだよ」
「妹に憑依して何をするつもりだ?」
ダリウスは顔を赤くして下を向いた。
「お兄さんってさあ、性格的に、ミ―(躬)の好みなんだよね」
BLの人だったのか……。
下半身蛇の一族をナーガというのだが、ザンギスはまさにそれだった。
「シャンパンを持参いたしました。今宵は我らの歓迎会といたしましょう、ワハハ、ワハハ……」
魔界執事ザンギスは、畳に尻尾をバンバン打ち付けて笑った。
誰が歓迎するか!
それから僕と嫁が、二階に上がって妹の部屋を覗いてみると、寝台の彼女は両の腕を天井に向けて宙を抱きしめ、「ホビット先生……」とうわごとを言い、口づけするそぶりをした。
おっ、おのれは……。
妹を絞め殺したい衝動にかられた僕を、できた嫁が羽交い絞めにした。
ノート20190620