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自作小説倶楽部 第18冊/2019年上半期(第103-108集)  作者: 自作小説倶楽部
第108集(2019年6月)/「天気雨」&「逆転」
23/26

01 らてぃあ 著  天気雨 『雨を呼ぶ殺人者』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 『雨少年』




〈証言1〉


 いやあ、ひどい雨だねえ。大外れだ。気象庁は何をしているんだろうね。お役所でもおたくらとはえらい違いだろうねえ。で、俺に何を聞きたいんだ?

 事件のすぐ後に根ほり葉ほり聞かれたからもうネタ切れだよ。え? マスコミの取材に答えたこと? あの男の子がナイフを握っているのを俺が見たって報道されたの? うーん。そう言えばテレビ局の美人な姉ちゃんが『何とかですよね』って流し目で話しかけて来るからいい気分でうなずいたかな。面目ない。証言は最初の事情聴取の時と変わりませんよ。はい。すいませんでした。

 え? 俺があの男の子を殴った? ほかにそんなことを話した奴がいるんですか? いや、逃がしてなるかと無我夢中だったからね。少しは乱暴なことをしたと思うよ。でも、子供とはいえ相手は人殺しだよ。下手すりゃ俺が殺されていたかもしれない。だから正当防衛ってやつさ。

 Aのこと? まさか見ず知らずの子供に殺されるなんてね。夢にも思わなかったよ。Aを恨んでいる奴なんてほかにもたくさんいたからね。大抵女だよ。世間知らずの女の子を騙してさ。少し顔がいいと人生楽なもんだ。まあ、死人の悪口はやめとこう。

え? 俺とAの関係? 飲み友達かな。いや、お金の話をしたのは事件の前だけだよ。本当ですって、しかも、詳しい話を聞きに行ったらAは死んでいた。女の話? いや、何も知らないよ。

 あの日のこと? じゃあ、もう一度話しますよ。

 夜の7時前だったかな。突然雨が降りだしたんですよ。少し早かったけどAのマンションへ向かった。入り口から3階の部屋まで停電で真っ暗さ。屋上に雷が落ちたんだってね。階段を上がって足元はびしょびしょだったね。誰にも会わなかったよ。居ても暗いし、雨の音は大きいし気が付かなかったと思うけどね。急に明かりが点いた。そしたらAの部屋のドアが開いているのに気が付いた。覗き込んだらAが倒れていて傍らにあいつが立っていたんだ。顔色? 真っ白だったな。人を殺してみたかったって感じでも無かった。弱っちい。背ばかり伸びて痩せた子供だったよ。子供なんて何を考えているかわからんけどね。

 靴? 掃いていたよ。俺が『何をしているんだ』って怒鳴ったら俺を突き飛ばして逃げたんだ。ほら、俺が奴を傷害で訴えてもいいわけだ。出来ますよね。刑事さん。




〈証言2〉


 あの子がそんなことをするはずはありません。きっと何かの間違いです。人付き合いは苦手だけどとても優しい子ですよ。昔住んでいたアパートでお隣さんだったんです。私が引っ越してから10年くらい会っていなかったけど、あの子が悪い方向に変わるとは思えません。三か月前に再会した時も全然変わっていなくて、具合が悪かった私を気遣ってくれたんです。そして昔と変わらず私をお姉ちゃんと呼んでくれました。

 小さなアパートと狭い町。それでも、あのころのほうが幸せだったような気がします。片親なんて当たり前で、親が仕事で何日も家を留守にすることはよくありました。私は当時、13歳で子供の中で最年長だったから平気でしたけど、あの子はまだ5歳でした。自然と私が小さな子供たちの面倒を見たんです。まるで家族みたいでした。

 あの子は、その頃から周囲とは違った雰囲気の子供でしたね。理由? 魔法が使えるって言ってましたね。楽しそうに。私はそういうあの子が好きでした。知っているのは雨を降らせる魔法だけだって言うんです。じゃあ、雨を降らせてみてって言うと何分もしないうちに天気雨が降りだして、空に虹が架かりました。とてもきれいな。

 ごめんなさい。とても懐かしくて、悲しくなってしまったんです。

 おかしいですよね。ただの偶然なのに、あのころは本当に世界を変えるような力があるんだって信じられたのに。

 被害者の男のことなんてしりません。でも、そんな死に方をするなんてきっと悪い男だったのでしょうね。神様が真犯人を逃がしてしまったのかもしれません。そうじゃないと停電なんて起きませんよ。停電のこと? 偶然です。人づてに知りました。

 ああ、嫌な雨ですね。いつまで降るのかしら。こんな雨、私があのアパートを引っ越す前の日以来ですよ。



〈考察〉


「ああ、もう、署の前にまだマスコミが貼りついてますよ」

 若い刑事は恐る恐る窓の外を見下ろして吐き捨てた。マスコミ関係者らしい合羽姿や傘がカバーをかけた機材とともにうごめいている。未成年者が見ず知らずの男の家に侵入し、住人を刺殺したというショッキングな事件にもかかわらず、警察からの発表がないため、ワイドショーは好き勝手な憶測が飛び交っている。

「まだ、真犯人と断定してないのにね」

 黒くほっそりとしたスーツを着こなしているのに、ぬるま湯のような空気をまとった先輩刑事はコーヒーをすすっている。

「鑑識の言うことを信じていいのでしょうか?」

「僕も鑑識の意見を支持するね。指紋は少年がふき取った。少し握っただけで人を刺す時のように強く握ってはいない」

「じゃあ、犯人は誰なんですか?」

「少年の周辺人物さ。少年の幼馴染の女性なんてどうかな。被害者を『悪い男』だと断言している。なかなか赤の他人をそんなふうに断定できるものじゃないよ。被害者はいくつも詐欺や障害の前科がある。彼女はそのことを知っているか。自分の身を持って体験したのか」

「じゃあ、少年は彼女の身がわりになったのですか?」

「はっきり意図したわけではないと思うよ。彼女を犯人と告発出来ない。そして現場にはいかにも悪人そうなAの仲間がやって来た。逃げるしかなかった。で、逃げたんだ」

「じゃあ、無実の罪をかぶったまま黙秘しているのでしょうか」

「いろいろなことに絶望しているんだろうね。幼馴染の彼女に揺さぶりをかけよう。彼女も後悔しているだろうから。それに、一度彼の能力を信じた身としてはこの雨は洒落にならないだろう」

「まるで世界を押し流してしまいそうな勢いの土砂降りですね」

 事件の日から降り続く雨はいよいよ激しくなり、昼だというのに外は真っ暗になっていた。

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