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自作小説倶楽部 第18冊/2019年上半期(第103-108集)  作者: 自作小説倶楽部
第107集(2019年5月)/「青葉」&「庭」
21/26

03 らてぃあ 著  庭 『理想の家』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「夜の庭」




 すっかり疎遠だった伯父から家を相続するなんて晴天の霹靂でしたよ。でも私は仕事を定年退職して暇をもて余していて、さらに住んでいたアパートが老朽化のために取り壊されることになった時だったから渡りに船で引っ越すことにしました。下見してみて庭があるのと階段の踊り場から一階を一望出来るのも決め手でしたね。すっかり気に入ってしまったんです。ずっと狭いアパート暮らしだったからこんな家でパーティを開くのが夢だったんです。売却の話を蹴って直ぐに引っ越しました。まずは引っ越し祝いと友達とご近所を誘ってパーティを開きました。

 お隣のおばあさんは私が隣人になることを喜んでくれました。伯父は10年くらい前に中古で家を買って住んでいたものの、気難しい性格で、あまりご近所付き合いはよくなかったらしいです。友達も口々に家を誉めてくれました。建築に詳しいある友人はグラスを片手に台所を覗き込み、人々が最新のものを求めるあまり古くなったからという理由で多くの優れたデザインの建築を失って来たことを解説し、この家が残っていたことはひとつの奇跡かもしれないと言ったくらいです。大げさですがうれしかったですよ。そして台所の敷物を贈ってくれると申し出ました。「ここにこの家の唯一の欠陥がある」と言って。私も気にはなったんですが、そこだけ分厚く不格好にコンクリートで塗り固められていたんです。

 それでも新生活は楽しみに満ちていました。友人知人がよく訪ねて来るし、一人の時は庭に椅子とテーブルを持ち出して木陰で読書をしました。

 それが、こんなことになるなんて。

 最初に彼女を見掛けたのは引っ越してから2週間くらいでしょうか。もっと前から私を見張っていたかもしれませんが。

 二階の窓から庭を白い影が横切ったんです。さすがにぎょっとしました。昼間は青葉が茂る庭も夜は真っ暗で少し不気味です。

 それから、庭に面した窓に手形が付いていることがあったり、線香や何か腐ったようなにおいがすることもありました。白い影、彼女は度々庭をさ迷っていました。顔に血糊を塗っていたのも見ました。でも、すぐにわかったんですよ。足が無いのは絵の表現であって、幽霊にも足があるとは聞いたことがありますが、庭の柔らかな土の上にははっきりと人間の足跡があったんです。

 隣のおばあさんに探りを入れるうちに伯父に付きまとっていた人のことも知りました。

 彼女は幽霊に扮装して私を家から追い出すつもりだったんです。私が家を手放した場合、購入しようとしていたのも彼女でした。切羽詰まっていたとはいえ、非常識な話です。彼女の言い分もすぐには信じられません。

 まったく、人生どこに災いが潜んでいるかわかりませんね。私はどうしたらいいんでしょう。



 父と母の間に何があったのかわかりません。わたしはその時、4歳か5歳であまりにも幼かったから、彼らの口から飛び出す言葉の半分も理解できずに二階の子供部屋で震えて、耳を塞ぐことしかできなかったんです。

 母がいなくなってから、父はわたしを施設に預けて家は売りに出されました。それっきり会っていません。大人になってから母のことを聞きたくて父を探しましたが、すでにこの世の人では無くなっていました。借金を重ねて、お酒におぼれた結果でした。

 父がそんな死を迎えた原因には心あたりがあります。

 ある夜、怒鳴り声に続いて、母の悲鳴が聞こえたんです。急に静かになって私は両親の姿を探し求めました。そして遠く、ベランダから父が庭を掘っているのを見たんです。まるで風景の一部を切り取ったみたいに父が明かりの下でシャベルを何度も振るっていました。ただならぬ父の様子に、わたしは声を掛けることが出来ずその様子を見つめました。どのくらいそうしていたのかわかりません。やがて父は手を止めると地面から何かを持ちあげました。大きくて古いじゅうたんで巻いたものです。随分思いようで、父はふらつきながらそれを掘った穴の中に落としました。そして穴を覗き込むとその脇から何か拾い上げて、それも穴に放り込みました。母が大切にしていたハンドバッグでした。白色のはずのそれに真っ赤な染みが付いているのをはっきりと思いだせます。何度もあの光景の意味を考えていたんです。

 父は母を殺したのです。そして庭に埋めた。

 わたしのおかしな記憶のことは何度か施設の先生に話したことがあるのですが、本気にしてはくれませんでした。

 大人になってから家に戻って、住んでいた老人に庭を掘らせて欲しいと頼みましたが、怒鳴りつけられました。

 警察? 言いましたよ。でも個人の所有する土地を掘り返すわけにはいかないと言われたんです。それに、夜にそんな光景があったら近所の人が気が付くはずだとも言われました。

 結局自分で何とかするしかなかったんです。あの家を手に入れるためにわたしは一生懸命働いたんですよ。ああ、でも、あの老人がやっと死んだのに相続人が家を手放さないなんて。


「親切な今の住人は彼女に庭を掘らせてやっているらしいんですがね」

 若い刑事が調書を投げ出して渋面で言った。個人間のトラブルとして事件が処理され、調書はお蔵入りになる。

「死体は見つからないんだろう」

 季節感のない黒いスーツの相方は台詞を横取りするかのように言った。投げ出された冊子を拾いあげめくる。

「そうですよ。母親は行方不明、父親は音信不通の末に孤独死、不幸な生い立ちの女性ですけど、曖昧な記憶を頼りに必死で庭を掘り続ける姿は異様です。さすがに近隣の住民からも苦情が上がります」

「記憶違いがあるんだろうね」

「母親はどこかで生きているのでしょうね」

「いや、死んでいるという前提で家の中を掘ってみるといい。彼女の記憶のおかしな点は我々が正してやればいい」

「おかしい? どこがですか?」

「まず、子供が親を探すのは家の中からだろう。探して、居ないことがわかれば、外を見る。彼女が見た光景は家の中で行われたものだ」

「でも彼女は父親を遠くから見下ろしたと言っています」

「ベランダじゃなくて、階段からじゃないかな。小さな子供には見えるものも大きく、遠くに感じる」

「じゃあ、死体は床下? 家を壊すのはかなり難しいですよ」

「風景の一部を切り取ったみたいに、と彼女は語っているだろう? 一階の部屋のひとつさ。今の家主の証言によれば一階の広間と台所はひと続きだね。パーティ中に覗き込める。殺人者は台所だけ明かりを点けて、床を掘っていたと考えればいいんだよ」

          了

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