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自作小説倶楽部 第18冊/2019年上半期(第103-108集)  作者: 自作小説倶楽部
第103集(2019年1月)/「駒」&「リンク(つながり)」
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01 奄美剣星 著  駒 『猫鬼』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「猫鬼」




 偉丈夫が土手道を駆けてきて駒を停めると、大和国佐保川の河原に打ち捨てられた被害者遺体の群れを検めた。すると、そのいずれもが、手足を犬に噛まれたような痕があった。

 ――これはいかん――

          *

 後白河上皇の御代である。

 南都すなわち奈良で、猫鬼の怪異ありとの報を受けた京の検非違使別当・権大納言卿は、看督長(かどのおさ)・夏山茂樹と麾下十五名に実地検分を命じた。看督長は、赤狩衣、白衣、布袴に白杖といった、当時としては異形の装束をしていた。麾下にいるのは火長と下部だが、火長までが正規の官吏であるのに対し、下部は元罪人から採用した非正規職員だ。

 山城国にある都城の境は羅城門までである。だが、このころの羅城門は、荒れ果てていた上に、とっくに朽ち落ちてしまい、朱雀大路の町屋が途切れるところをもって、その名を残すのみとなっていた。

 夏山看督長の一行は、羅城門を抜ける少し前の朱雀大路で北面ノ武士とすれ違った。北面ノ武士は新設の官職で、ちょくちょく比叡山を降りて強訴にやってくる、僧兵の狼藉に備えた武闘集団だ。この北面ノ武士は検非違使と職掌が重なり、権限を争うことがしばしばあったのだが、最高権力者である上皇〈院〉の親衛隊という意識が強く、検非違使は押され気味だった。夏山は、連中とすれ違うとき、憤る部下たちをなだめつつ無駄な争いを避けて、道を譲ったものだった。

 京から南都までは十里強、馬だけなら一日で着くものの、徒歩で行くとなると、普通は三日、急ぎで二日の旅程となる。

          *

 三日後、一行は南都の駅舎に到着し、そこを拠点に捜査を始めることにした。当時の地方官庁は、国府の置かれた国衙、郡庁の置かれた郡衙があるのだが、関連施設として、街道を往来する勅使や伝令を饗応する駅というものがあった。

 かつて南都が都城であったころ、町屋の北には広大な内裏・大内裏、権門の邸宅が建ち並んでいたものだが、このころは、町屋を囲む高い土塀は崩れ落ち、町屋そのものも、散在する寺社の間にいくら拡がっているに過ぎなくなっていた。

 夏山たちが滞在している駅から三里南に下った国府から派遣されてきたのは、大宅世継という小目の官だった。当時の大和国府は、その昔に飛鳥の都が置かれた高市郡にあった。同国府にあった小目という官職は、四等級ある国司職の中では最も低いものだった。だが低いとはいっても大宅が貴族であることには違いない。地方豪族子弟出自である夏山との身分とは雲泥の差があった。

「夏山殿、遠路ご苦労であった。すでに南都の惨状は目にしたことだろう。ここ数日の怪異によって、百余の民が命を落としている。その旨、大納言別当卿には、しかるべき高僧・神官に御祈祷が頂けるように宜しく計らって欲しい」

「早速ですが、大宅様、猫鬼を見た者に合わせて頂けませんか?」

 大宅は夏山よりも十歳上で、官位が高い割に案外と慇懃に振舞った。「承知した」と言った大宅が早速、猫鬼を目撃した町衆たちを呼び寄せ、夏山に引き合わせた。

 夏山は、土間でひざまずく直垂ひたたれ姿の町衆たちを見遣った。直垂は、襦袢と袴とを組み合わせたツーピース姿だ。まずは白髭の年寄りに訊いてみた。

「して、その方、猫鬼とはどういう姿であった?」

「後姿は山犬のようで、狸のような尻尾でございました」

 次に大年増の女に訊いてみると、「何分、薄暗がりでしたが虎のような柄のある毛をしておりました」と答えた。

 夏山は、大宅がくれた南都町屋の絵図を床に拡げ、町衆が猫鬼を見た地点と日時、被害者宅と死亡日時を朱墨で記していった。

「――なるほど、図にして跡を追ってみますれば、猫鬼め、西から東に向かって動いておりまする。すると、次は最後に死人が出たところから、さらに町屋の東に行ったところに出ると推測されます」

 強面をした三十越しの偉丈夫は、不意に両手を打った。怪異を捕える算段がついたようだ。

          *

 その夜は新月であった。

 南都の町屋は長屋づくりだ。夏山は、切妻屋根の軒下に麾下を配置し、息を殺して猫鬼がくるのを待ち受けた。

 ――出た!

 闇に双眸が蘭と光った。

 山で狩猟をするとき、勢子が尾根に追い込み、弓手が仕留める。同じ要領で、下部が銅鑼を鳴らし、火長が弓矢を構えて袋小路へと猫鬼を追い込み、矢を放つ。矢を放った一人が手応えを覚えた。だが、猫鬼の黒い影は手傷を追いながらも、囲みを食い破って逃げて行こうとした。そこで騎乗の夏山が、太刀を抜き放って猫鬼を仕留めたのだった。

          *

 夜明けを待って大宅も駆けつけてきた。

「でかしたぞ、夏山殿。しかし、これをして猫鬼と言うには……」

「このご時世、希少な猫を飼えるのは、鼠害から経蔵を守らせる有力寺院か、あるいは子女を慰めるため紐でつなぎ置く権門公卿の方々かというところ」袈裟懸けに斬られた猫鬼の正体は大狸であった。夏山は続けた。「大宅様、それがしの親族で典薬寮に籍を置く者がおります。以前、私は、その者から――犬や狸は時として狂い死に至る病を得ることがあり、人も咬まれると同じ病となって狂い死にすると聞いたことがあります」

 早速、夏山は大宅を介して町衆を動員し、川辺に投げ捨てられていた遺体を集め焼いて埋葬し、猫鬼の病が他者に感染しないように施した。

 ――ここにきて賢明な読者諸兄はお気づきのことであろう、猫鬼とは病気のことであると……。

          ノート20190128

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