03 柳橋美湖 著 新天地 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが実は祖父一郎がいた。手紙を書くと、祖父の顧問弁護士・瀬名が夜行列車で迎えにきた。そうして北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町は不思議な世界で、さまざまなイベントがある。……最初、お爺様は怖く思えたのだけれども、実は孫娘デレ。そして大人の魅力をもつ弁護士の瀬名、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩の二人から好意を寄せられ。さらには、魔界の貴紳・白鳥まで花婿に立候補してきた。季節は巡り、クロエは、お爺様の取引先である画廊のマダムに気に入られ、そこの秘書になった。
クロエは、マダムと、北ノ町へ行く夜行列車の中で、少女が死神に連れ去れて行くのを目撃した。神隠しだ。……そして異世界行きの列車に乗った鈴木一家は、少女救出作戦を始めた。――そんなオムニバス・シリーズ。
挿図/Ⓒ 奄美剣星 「呪文」
59 新天地
クロエです。吸血鬼・白鳥さんのお話によると、浮遊体トロイの別名は「パンドラの箱」で、それが解き放たれたとき、情報ウィルスがまき散らされ、世界がフリーズしてしまうのだとか。これまでは、紅子お婆様が制御していたのですけど、体力的な限界から、私と交代する必要があるのかもしれません。
◇
お爺様が、お婆様から頂いたマフラーを宙に放り、呪文を唱えると、浮遊体トロイの入口が開き、吸い込まれていきました。
「なるほど、呪文って、考えてみたらパスワードなんだな」
浩さんが感心して見ていると、尖った底にある入り口から、四角いトレイが降りてきました。お爺様はそれに乗り込むとトロイの開閉口に入って行きました。
先に行ったお爺様の後を、私が、瀬名さん達と追い駆けようとしたとき、若さを保ったままのお婆様・紅子と幼女姿になった母・ミドリは、動こうとしません。
母は、「これは、クロエ、あなたがトロイを制御するために、乗り越えるべき『壁』よ。私とミドリは、ここ、龍の墓場で、あなた達の帰りを待つことにするわ」と言いいました。
さらにお婆様が、トロイのマップを私に手渡すと、こう付け加えました。
「見ての通りトロイは、ダイヤモンドのような形をした八面体の浮遊建造物で、全十三階層からなっています――最上層の尖ったところにあるのが制御室、対極にある最下層の尖ったところが出入口。つまりそこが最もフロアが狭くなっている。逆に、中間にある第七階層は最も広いフロアで、多くの部屋があり、通路も迷路のように複雑、第七階層とその前後にあるフロアは、通り抜けるのが最も困難です」
IT企業の社長をしている浩さんは、「まるでゲームのダンジョンみたいだ」と目を丸めていました。
◇
お婆様に教わったパスワ……というか呪文を唱えると、浮遊体の底部にある、尖ったエレベータが再び降りてきました。私に続き、再び下りて来たのは、鴉画廊のマダム、瀬名さん・浩さん・白鳥さんの三人組、そして護法童子達・御三方の各守護者たちでした。
母のミドリは、ピンク色をしたポシェットの中から、キャラメルを取り出して、「あげる」と言って、私にくれました。
その厚意は、素直に受けることにしておきます。
宙に浮いたリフトは、浮遊体の入り口で、尖った最下層フロアに入りました。
マップによると、第十三階層と並び最も床面積が小さい第一階層。そこのリフト降り場はフロア中央にあります。リフト降り場から「口」の字に一回転した、壁の向こう側に、上階フロアへの昇り階段があるらしい……文字通りの回廊です。
第一階層の四角くなったフロアにある四つの角のうち、第一の曲がり角のところに、魚眼人三体が待ち伏せていました。それから第三の曲がり角を曲がったところで、二頭の狼に出会いました。けれどもなんということもありません。「テレポーテーション」の呪文で、万年雪の山へ弾き飛ばしてやりました。
浩さん、瀬名さん、白鳥さん、そしてマダムが先頭を小走りする私を追い駆けてきました。瀬名さんは怒った口調でこう言ってきました。
「これから、どれほどのモンスターが出てくるか分からないん
だ。雑魚は俺達に任せて、クロエは通力の『弾数』を温存しておけよ」
言われてみればその通りです。まだ私は、自分の限界というものを知らない。だから素直に謝ることにしました。
白鳥さんが肩をすぼめて言います。
「それにしても、『ストレイ・シープ』の中身がダンジョンで、要所にモンスターなんて、ゲームのお約束そのものじゃないか」
マダムがそこに突っ込みを入れました。
「『ストレイ・シープ』って、夏目漱石の『三四郎』の第一ヒロイン・美禰子が呟く言葉よね。――白鳥君って、吸血鬼のくせに、文学青年なんだから」
「吸血鬼が文学青年と同義であるということに問題でも?」
――ストレイ・シープは、よく牧師さんが俗人を例えておっしゃるところの「彷徨える子羊」それを直訳すると浮遊羊になる。だけど、ここにいるのは浮遊するトロイの木馬――ちょっと違うと思いますが……。
瀬名さんがあきれ顔です。
「これが映画の場面なら俳優達がピリピリしている場面だよ。ああ、なんて緊張感がないんだ」
確かに。
それから私が思うに、ここのところ、マダムと白鳥さんは、漫才コンビ化しているのではないでしょうか。
そして……。
私達が、第三の角を過ぎたとき、第四の角に寄ったところに上り階段があるのを見つけました。
さあ、昇りましょう!
◇
それでは皆様、また。
by Kuroe
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。母は故ミドリ、父は公安庁所属の寺崎明。大陸に棲む炎竜ピイちゃんをペット化する。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。妻は故・紅子。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住みクロエに好意を寄せる。式神のような、電脳執事メフィストを従えている。ピアノはプロ級。
●瀬名武史/鈴木家顧問弁護士。クロエに好意を寄せる。守護天使・護法童子くんを従えている。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。魔法を使う瞬間、老女から少女に若返る。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。一つ目コウモリの使い魔ちゃんを従えている。
●神隠しの少女/昔、死神にさらわれた少女と思いきや、実は若返った母親ミドリ。