表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自作小説倶楽部 第18冊/2019年上半期(第103-108集)  作者: 自作小説倶楽部
第106集(2019年4月)/「新天地」&「スーツケース」
17/26

02 奄美剣星 著  スーツケース 『藪睨みの男』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「妄想探偵」




 首都圏K電鉄の対面式になった駅ホームだ。

 日本の線路を挟んだ向こう側に、スーツケースを足元に置いた、藪睨みの男が立っているのが見えた。

 私が、男を、食い入るように見つめていたので、横にいた娘の紗理奈が怪訝そうに、「どうしたの」聞いてきた。

 ――奴だ! 奴は人を殺しているかもしれない!――

          *

 私・奄美は、東北の田舎町I市に住んでいる。だが平成のまん中ごろの私は、単身赴任続きで、家を空けることが多かった。

 ゴールデンウィークに合わせて、家内が娘を連れて、私の住むアパートを訪ねてきたので、最寄り駅から上り列車に乗って、浦安市のディズニーランドへ行くことになったのだ。

          *

 ――男はクレーマーだった――

 アパートに越して来た朝七時過ぎだ。藪睨みの男がアパートの一階から出てきたので、私は儀礼的な挨拶をした。

「俺の奥さんがまだ寝ているんで、静かにしてくれ」

 七時といったら、最も忙しい時間帯だ。私もライトバンの荷物を部屋にぶち込んだら、とっとと出張所へ行って、たまった書類を片したいと思っていたところだ。

 アパートは、木造モルタル二階だ。昭和四十年代につくられたもので、上下階に、四世帯分の部屋が並んであった。私の部屋は外付け階段を昇った二階にある。真下が例の男の部屋だ。私は男の話など無視して、部屋に荷物を運びこみ、それから出張所に車を走らせた。

          *

 それから数週間が経過した。

 私は、残業で遅くにアパートへ帰ったのだが、早く寝たくて、思わず小走りして階段を昇った。このとき、カンカンと自分の足音が聞こえた。――木造モルタルはよく響く。そのあたりの配慮が足りなかったのは認めるところ。――だが、テレビとか音楽とは、かけない。

 部屋に入るなり、下の部屋から、ガンガンと激しく襖を柱へぶつける音がした。

          *

 翌日、大家が訪ねてきた。

「いやあ、実は、奄美さん部屋の下の階にいる部屋の人から、不動産屋を介して、電話があって様子を見に来たんですよ」

 私はこっちの言い分を述べた。

 それからまた、数日後、大家が訪ねてきた。

「上の階の奄美さんが、そんなにうるさいって言うんなら、確かめる必要があるから、中へ入れてくれないかって言ったら、駄目だって答えたんだ。――それじゃあ、話にならない。問題があるのは、奄美さんじゃなくてアンタだ。――そんなに音が気になるなら、出って貰うしかないねえって言ってやったよ」

          *

 翌週、藪睨み男は部屋を出て行った。

 ところで私は、アパートに入居してから、男の奥さんという人に、一度も会っていない。

 線路の向こう側にある下りホームに、電車が入線して来て、男が乗った。その際、やたら重たそうに、スーツケースを運び入れた。

 ――藪睨みの男の引っ越し先は市内なのだろうか。すでに引っ越したというのに、あんなスーツケースを持ち歩くのは、どうみても不自然だ。……こう考えてはどうだろう――奥さんは私が引っ越してきたとき、すでに殺されていた。大家さんが部屋に入ろうとしたとき、入室を拒んだのは、奥さんの死体が部屋にあったからだ。殺害の動機は、神経質で暴力的な男の性格からくる一時的な激情。妻殺しのニュースでよく聞く、妻に何か言われて、カッとなって首をしめたってヤツに違いない。

「――なるほど、それでパパはあの小父さんが、奥さん殺しの犯人で、スーツケースの中にはバラバラにした死体が詰まっている。下り列車に乗ったのは、街から離れた森に埋めるためってわけね」

 娘がそう言うと、妻と一緒に首をすくめてみせた。

 私は、嫌いな奴を殺人犯に仕立て上げたり、完璧なトリックで完全犯罪を遂行したりする。

 ――もちろん、私が嫌いな奴は実際のところ殺人犯ではないだろうし、私自身も犯罪など冒さない。

 遊園地のアトラクション前は、数百メートルにもなる行列になっていた。私は、妻や娘と一緒に並んでいるとき、そんな話をして暇つぶしをしていた。 

 妻は私を「妄想探偵」と呼んでいる。

          ノート20190430

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ