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「疲れた」


 帰りついて放ったこの一言が、今の全てを表している。


 青春なんて遥か昔に通り過ぎて久しい晩秋。甘酸っぱい季節も熱く猛る季節も終わりを迎えて、紅葉だなんだと誤魔化して答える枯れ始めの三十五歳。


 高卒が最終学歴なので一従業員として働き始めて十七年。年収は七百万そこそこ。家族を悠々と養うには足りないが、一人暮らしなら何も問題がない。趣味に食事にお金を掛けられる。


 彼女の一人でもいたのなら、見栄と下心にお金を使ってきたのではないかと思うのだが、あいにくとイナイ歴イコール年齢だ。つまり頭は大人、下半身は(こども)といった感じで生きてきた。


 三十を越えて凝り固まってしまった性格や生活が今更変わる訳もなく、貯金が貯まっていく一方で、家庭なんてものが出来る兆しすら見えず。


 一人暮らしのアパートに帰りついて出る言葉も、『ただいま』なんかではなく『疲れた』だ。最近は夢も見ない。(こむら)返り で起きる。


 終わっている。全くもって終わっている。


 しかしどこで終わったのか分からない。灰色の青春時代も黒が混じる社会人時代も、そもそも始まっていた時期などないのだから。


 生きるってなんだろうなあ。


 ぼんやりと考えながらモソモソと着替える。食事して風呂に入り、明日の為に早く寝る。疲れていても、いつものルーティーンをこなすために体は動く。


 なんだかんだと残っている冷静な部分が、働かなければ生きてはいけないのだからと答えを出す。


 コンビニで買った食事をテーブルに放り、先に風呂に入ることにした。


 ポケットから鍵やら財布やら携帯やらを取り出して浴室へ。洗濯物は洗濯機の中に放り込む。週末にまとめて洗うのでそそくさとシャワーだけ浴びる。湯船に最後に浸かったのはいつだったか……。


 さっぱりしたところでご飯だ。今日もあと一時間と少し。この一時間だけが希望だ。ああ、何をしようかな? 一時間早く寝るのも捨てがたい。それとも布団の中で瞑想でもしようか。


 コンビニで買ったお握りやサンドイッチの包装を取りながら考える。弁当を買った方が安く済むのだが、いつも食べる弁当がなかったので、好きな具のお握りとサンドイッチを適当に放りこんだ。健康感はゼロだ。


 昔は考えていたかもな健康、もしくはアンチエイジング。


 しかし圧迫される生活にゆとりを持った考えなんぞ生まれる筈もなく、今日も今日とて好きな物。偏った食事。お供は炭酸飲料。


 ビールを苦いと感じる子供舌はこの歳までのジュースの愛飲を可能とした。でもそのせいか飲み会などに呼ばれることもない。ああそうさ、きっとそのせいだ。気を使ってくれているんだよ。


 ビールに焼き鳥がおじさんの晩酌などと誰が決めたのか、コーラに焼き鳥が今風だ。


 包装を取り終え、ペットボトルの蓋を回す。キッチンに置いてあるコップなんか使わない。ペットボトルから直だ。この習性が来客の皆無さを表している。彼女が出来た時とか気をつけよう。


 ゴクゴクと炭酸が喉を通り抜けていく。この糖分でまた頑張れる。


「……ゲフ」


 まさしく一息ついて、ようやく込み上げてきた食欲のままに手を伸ばそうとした時。


 ヴンというテレビのスイッチを入れた時に出るような音と共に広がる幾何学的模様。直径一メートルぐらいの光る円の中に収まるそれが、ちょうどテーブルの上に浮かぶ。


 魔法陣だ。


「おう、ファンタスティック」


 とりあえず呟いてみるものの反応なんぞ返ってくる筈もなく。思わず周りをキョロキョロ、原因を探す。


 しかし何らかのファクターが見つかる前に、止まることなく事態は進む。


 耳だ。黒い獣耳が円から重力に逆らって生えてきた。


 ゆっくりと耳が持ち上がるにつれ全身が露になる。


 猫だ。後ろ肢で立つ尻尾の長い黒猫が、やけに人間的な表情でこちらを見てくる。


 ニヤニヤと。猫だけに。


 思わず距離をとったために負けている感が凄いある。悔しい。無駄に迸っていた紫の光の奔流にも原因がある。なんか毒々しかったので危険を感じたのだ。


 光は消え去れど猫は消えず。未だ人間的な表情でこちらを見つめている。


 すると猫が前肢を広げて、


「パンパカパーン! おめでとニャ! あなたフニャ?!」


 演説を始めようとしたのでインターセプト。頭蓋骨に響けとばかりに掴んで吊り上げる。


「二十年はおせえええええええええええんだよおおおおおおおおおお!!」


 メキョり。



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