おとぎ話
初めまして。よろしくお願いします。
昔々あるところに、齢十六にも満たぬそれはそれは美しいお姫様がいました。
お姫様は生まれながらにして、勉学、魔術、作法、どれをとっても非の打ち所がありませんでした。容姿端麗、頭脳明晰。その美しさ故、成人である一六歳を待たずしてお姫様への縁談は後を絶ちません。貴族は勿論のこと、大臣、将軍、隣国の王子、果ては遠方の国王までもが求婚をしました。
しかし、お姫様は誰の手も取りません。そんなことを不思議に思ってか、様々な噂が駆け巡りました。
男に興味がないのでは?同性が好きなのでは?巷ではお姫様の存在すら怪しむ声も。
そんな中、痺れを切らした隣国の王子が軍を挙げて国へと攻め込んで来たではありませんか!
宣戦布告も無しに、突如仕掛けられた戦争でお姫様の国は成すすべなく攻め込まれていきます。それもその筈。隣国には天災と呼ばれる魔術師が付いていたのです。
お姫様の登場を待つかのように、じわり、じわり、と城を目指し進軍していきます。そして民衆は勝手なもので、あろうことか全ての責任を隣国ではなくお姫様に押し付けてきたのです。
お姫様は悲しみに暮れました。お姫様が一生懸命愛を注ぎ、共に歩んできた国民たちに恨まれてしまったのです。
こんな状況になるまでお姫様が求婚を拒み続けたのには理由がありました。
ですが最初に持っていた決意も空しく、国民の批判を受け続けたお姫様はついに、その身を差し出すことにしたのです。
隣国の王子は極悪非道で、何人もの奴隷を従えているとの噂。中々姿を現さないお姫様に対して苛立ちを募らせていました。そんな王子の下に行けばどんな扱いを受けるかわかりません。
それでも国民の為、自分の気持ちを封じ隣国へと向かいます。
城からお姫様が姿を現すと城下に押し寄せていた国民達の怒号や罵倒の数々。
お姫様はただ、静かに馬車へと足を運びます。そして、姫が馬車に乗り込んだ瞬間。怒号は歓声へと変わっていきました。
国民達は口々にこう言います。
『最初から生まれてこなければ良かったのに』
その声が届いた瞬間、お姫様は泣き崩れました。
私が何をしたというのでしょう。国のために、するべきことはしっかりとやってきました。だというのに、私の望みは誰も叶えてはくれない。こんな結末を迎えるだなんてあんまりじゃないか。
悲しみによって零れる、初めての涙が頬をつたり床へ落ち———
その時です。馬車の進路を塞ぐように巨大な稲妻が走りました。天気は快晴、落ちるはずのない雷に国民は驚き口を閉じました。
そこにはいつの間にか少年が立っていました。
少年は馬車の入り口へと進みドアを開け、お姫様にこう告げます。
『このような国など見捨て、私と共に遥か遠くの楽園へと参りましょう』
しかし、お姫様の返事は、
『貴方が目にしているこのような国でも、私はこの国で産まれ育ち愛を育んできました。その恩を返さなければいけないのです』
少年は眉を顰めます。国民からこれほどの仕打ちを受けてもなお、国に対する愛情が消えていない。それはもはや洗脳に近い思想だと。お姫様を無理やり連れていく事も出来ますがそれは少年の望む結果にはたどり着きません。
それならば、と少年はこう告げます。
『私が敵国の軍勢を払いましょう。さすれば姫の懸念も晴れ、この国には平穏が訪れるでしょう』
その言葉に反応したのはお姫様ではなく国民でした。
勝手なことを言っていないで早くそこをどけ。お前みたいな子どもに何ができるんだ。
しかし少年は耳を傾けません。ただお姫様の返事を待つばかりです。そして、
『わかりました。この国の危機が去るのなら私は喜んで貴方について行きましょう』
その返答に国民の怒りはヒートアップ。ですが少年にはそんなこと関係ありません。少年はお姫様の返答に満足した様子で、懐から淡いアメジスト色の花を取り出し姫に差し出しました。戸惑いながらもその花を受け取った姫、そこには紛れもない恋のかけらが芽生えていました。
手を引き馬車からお姫様を降ろすと少年は空に向かって指笛を鳴らしました。すると彼方の上空から白い竜が現れたではありませんか。
国民は混乱し、怒りなど忘れ、我先にと逃げ出してしまいました。白い竜が地上に降り立ち、少年はお姫様を抱えると竜に跨りどこかの空へと飛び立っていきました。
後日、攻め込んできていた隣国の王城が何かに襲撃され跡形もなく消えてしまったとの情報が入り隣国の軍は撤退を余儀なくされました。
さて、遥か遠い昔のお話だが少年の言った『楽園』には、淡いアメジスト色の花が一面に咲き誇っており、そこでは仲睦まじい少年と少女が今でもおりますとさ。
「めでたしめでたし」
そっと絵本が閉じられる。私は疑問に思っていたことを質問する。
「おかあさま、おひめさまはどうなっちゃったの?」
「少年と一緒に『楽園』に向かって今でも幸せに暮らしてるのよ」
「しょうねんって、おひめさまのピンチにきたおうじさまのこと?このひとはだれなのー?」
少し悩む顔をし、それからお母様は、
「その人はね、渡り人だったのよ」
「わたりびと?」
「そう、すごーーく遠くから来た人のことをそう呼ぶの」
「すごーーく?ぅーん」
あまりイメージが出来ない。どのくらい遠いのだろう?
「前に絵本で海をみたでしょう?あれよりもーーーーーっと遠くよ」
「えぇー!?そんなにとおく?わたりびとさまってすごいんだね!」
「そうよ、きっと渡り人様に見つけてもらえたお姫様も幸せに暮らしているわ」
私はそれが気に入らない。まだ私が幼く、姫という立場をあまり実感できていなかったからだろう。そのせいでつい、こんな事を言ってしまった。
「でもわたしはこんなおひめさますきじゃない!」
「あら、どうして?」
「だってわたりびとさまがいなきゃなんにもできないんだもん!わたしはそんなよわくなりたくない!」
「…そうね。弱いお姫様は嫌いよね」
「あーあ、わたしのところにもわたりびとさまがきてくれればいいのに」
お母様は複雑そうな顔をしていた。何故そんな顔をするのかその時の私にはわからなかった。
今では、とても後悔している。
見ていた映像が夢だと気づくのにそう時間は掛からなかった。カーテンの隙間から光が差し込んでいて朝が訪れていたことを知る。
「ふぁ~、ん、ん~!」
寝ぼけ眼を擦り、ベッドを這う。
これから一日が始まるというのに嬉しくない夢を見てしまった。だけど、元気は出さなきゃ!
「おはよう、今日もよろしくね」
私は一人きりの部屋で挨拶をする。他の人が見たら変な人に認定されてしまうかもしれませんが、そこには私にしか見えない『彼ら』が居るのです。
返事はしてくれませんが声をかけると点滅をして反応してくれているように見えます。私が声をかけてその程度しか反応しないなんて、お城の人だったら大変な事になりますよ?まぁ、私にしか見えないのですが。
「よしっ!今日も頑張ろう!日課の転移魔法も練習しなくちゃね。良いことあるといいなっ」
彼女はまだ知らない。今日、世界にとっての転機が訪れる事を。
拙い文章を読んでいただき、ありがとうございます。