事件
家族の話によると、朝起こそうと父親が彼女の部屋へ行ったところ娘の姿がなかったらしい。
部屋は暖房がついたまま、まるですぐ帰ってくるつもりで出かけた様子だったそうだ。
どうやら彼女は明け方急に出かけて行き、そのまま帰らなかった。
部屋には鞄や教科書なども置いたままで、ただ制服だけがなかったそうだ。
学校に行く為に制服を着て出かけたらしい。
この不可解な出来事はあっという間に学校中の話題になった。例に漏れず怜奈もその一人だ。
しかも今回はたちの悪いことに失踪したクラスメイトが怜奈の友人だったのだ。ただの噂好きな女の子でいられる状態ではない。
もし、この事件がほかのクラスの子の話だったらきっと今までのように騒いだだけなのだろう…と考えるあたしは酷いヤツだと自分でも思う。
しかし彼女は震えていた。
「私が…あんな噂信じて話して回ったからこんなことになっちゃったんだわ…」
「そんなことないよ」と声をかけてあげられない。怜奈が騒いで回ったのは事実だし、それに振り回された子がいたというのも事実だとあたしは思ったから。
怜奈はとてもかわいいし、友達思いの子だと思うけれど噂や占いに関しては若干向こう見ずで突っ走る部分があると思っていた。
「確かに怜奈はこの手の話になるとはしゃぐけど、それだけのせいじゃないと思うよ。実行するかしないかは本人が決めることなんだから。」
本当は「そうだよ、怜奈はしゃぎすぎだよ。」とズバッと言ってしまいたいのに言えないのもあたしの嫌いなところだ。
「そうかもしれないけど…でもどうしたらいいんだろう。」
半べそ状態でうなだれたまま悩む怜奈に
「とりあえず、今後は少しはしゃぐのを控えるように気をつけたらいいんじゃない?」と声をかけた。
実際あたしたちが何か動いたところでクラスメイトが戻ってくるわけではないし、できることがあるわけでもないと思う。あたし達にできることは、クラスメイトの帰りを待つこと。それだけなのだから。
そんな中、あたしは怜奈の言っていた〔モウヒトリの自分に遭遇する〕という言葉が心の中でずっと引っかかっていた。怜奈からこの噂を聞いたとき自分で言った「心の中で葛藤するのは誰にでもあること」。これは自分に言い聞かせている部分もあった。
誰にも打ち明けたことのないあたしの悩み。
誰にも言えない悩み。
自分は二重人格なのではないかと思うほど、心の中に凶暴なあたしが存在している。
時々他人に対して極度の不信感や酷い時など殺意までも抱く瞬間がある。
それがあたしの中の〔モウヒトリの自分〕なのではないかと考えた回数は両手では足りないくらいだった。もしもそんな自分が目の前に現れたら…間違いなく〔アタシ〕はあたしを殺すだろう。
そんな悩みを持っていたからこそ、あたしは今回の噂に少し反応してしまったのだ。
自分的にはとても納得がいかない。噂を信じないあたしと、もしモウヒトリの自分に会ったら…と考えるあたし。この時点ですでにあたしの中で葛藤が起きている。
だけど、このレベルはまだ良い方。過去に数回、学校の先生から不本意なお叱りを受けた時は自分がおかしくなるのではないかと思うくらい心の中で凶暴なあたしが暴れていた。
そして初代の校長、この学園の創設者が二重人格だった…と。
噂を信じないあたしでも、「何の因果だよ…」と思ってしまった。
―――もし、本当にモウヒトリの自分に会えるのならばいっそ殺してもらいたい。
―――それは逃げなのかもしれないけれど、そうすればもう悩むことはないから…。




