第七話 爆弾娘と破壊令嬢
5度目の爆音が響いた。
軒のない石造りの家が立ち並ぶ湖畔沿いをパステル・ブルーのオープンカーで走る事、数分。
フェンスに囲われた広い施設前で、パトカーや乗用車が道ばたに乗り上げたり、ひっくり返ったりしていた。
警官たちに誘導された一群がこちらに向かって逃げてくる一方、出入り口付近では、命知らずの野次馬と、それを退避させようとする警官がカオス状態。
黒い獣vs.金髪美少女のバトルはそこで繰り広げられているらしい。
フェンスに鈴なりの野次馬の最前列では、先ほどのカメラマンがスマホをつきだし撮影中。
興奮状態のロリーナはその脇で実況中継していた。
「6発目の手榴弾が投下されました。
ああっと、黒い獣がこれを避けて中央部分に追いつめられるっ!
そしてグラウンドにはまたしても大穴っ!
輝ける英国号沈没、赤鷲組の壊滅で悪名高い、破壊令嬢こと危険なアリスが、今度はミルバートン高校のグラウンドを、手榴弾でぼっこぼこにしています。
まだまだ壊します。さすがデンジャラス・アリスっ!」
学校のグラウンド上空にパステルブルーのヘリが旋回し、機上からお嬢様が、下のグラウンドに向かって手榴弾を投げ爆音がすると、歓声と大喝采があがった。
あと一時間この調子なら、「タ〜マ〜ヤ〜(!?)」の声があがり、ポップコーン売りやら屋台が並ぶに違いない。
「グラウンドの穴だけとは、いつもよりは少しはマシです」
野次馬をかき分け、出入り口からグラウンドに鼻先を突っ込むようにジャギュアを止めると、執事は少しだけほっとした表情をみせた。
「これでいつもよりマシ?」
ダイナの顔がひきつった。
そんな二人を上空から見つけて、
「アルネヴ〜、ダイナ〜! やっほー♪
あと少しって感じ〜〜」
アリスはヘリごと近寄って来た。
たたきつけるような風圧と爆音の中で、
「どっちか、手伝ってくれるぅ?」
とヒモの先に袋をついたものを降下してきた。
「手榴弾をそこから投げてぇ。丸いフックをひいて投げればいいだけだからぁ」
「執事の仕事ではありませんから」
執事は端麗な身振りで、しかし確固たる拒絶をもって助手席のダイナに手榴弾投擲権を譲った。
手榴弾が10個ほど入った袋はダイナの手元に下がってきて、すとんと膝の上に。
「いやいやいや、そんなのメイドの仕事でもありません。
っていうかありえませんっ!
ゼッタイ、無理無理無理〜〜〜ぃぃぃぃ」
「大丈夫ぅ、ピンを抜いてから3秒あるからぁ♪
そこからあのコが逃げないようにねぇ。」
おろすものをおろしてしまうと、ヘリはまた大黒猫を追い込みにかかる。
その動きから察するに、黒いヤツをグラウンドの中央に足止めしたいらしい。
グラウンド周囲は、球技用にぐるりと高い金網で覆われているので、逃げ場は校舎か、出入り口しかない。
校舎側から追い立てられて、黒大猫が出入り口めがけて走って来た。
牙むき出しの猛獣が真正面からダッシュでくるのに、
「やらなければ、あなたが一番にかじられそうですね」
英国流のユーモアか本気なのか、運転席の執事はそんなことをいって傍観を決め込む。
流されるまま、押し切られるまま、ここまで来たダイナである。
しかし、ここでぷっちんと何かがぶっちぎれた。
「ああ、そうですかっ!
わかりました!
やればいいんですよねっ!」
ぶちっとピンを抜き、
「元バスケ部をなめんな〜〜※ォ∇リャ⌘ゥ」
意味不明な言葉を叫びながら黒い獣に向かって投げた。
素晴らしい速度と放物線を描き飛んで行く手榴弾。
ドォ〜ン。
腹に響く音とともにグラウンドにもうひとつ穴があいた。
「さすがダイナマイト」
執事に一番呼ばれたくないアダナを呼ばれて赤毛の鬼が振り返る。
「あ? 何かいいました?」
座った目のダイナに、さすがにまずいと思ったようだ。
「失礼。女性に失言でした」
と素直に謝罪する。
「ふぅっむーっ」
けれどバーサク状態収まらず、鼻息を雄牛のように吹き出すダイナ。
その頭上から、
「ダイナってばステキ〜。
その調子でよろしくぅ」
お褒めの言葉をいただいたので、続けざまに投げる、投げる、投げる。
「誰が、ダイナマイトだぁ!
ぅわったしは、ダイナ、マイトだってーのっ!!!
これで本物の爆弾娘になっちゃったじゃないかあぁぁぁーーーーっ!!!」
と泣き叫びながら。
ダイナの迫力に押されたのか獣は走るのをやめ、地面にふせるように様子をうかがっていた。
「いいわよぉ、そのままでぇ」
アリスが機上でAK47を構えた。
さすがのダイナも一瞬シラフに戻る。
……ライフル銃ぐらいであの獣をやっつけられるの?!
果たしてどれくらいの人がこのあとがきを読んでいるのか、はたまた誰一人読んでいないのではないか、という不安はさておき。
作中で爆発を賞賛すべく上がった「「タ〜マ〜ヤ〜(!?)」の声。
これは江戸時代に花火大会で上がったと言われる「た〜まや〜、か〜ぎや〜」の掛け声がオリジナル。
古いマンガや時代劇で目にした、耳にした人もいるかも。
かつては花火が上がるたび、人々は賞賛のために花火師「玉屋、鍵屋」の掛け声をかけたそう。
玉屋は火を出した(火事になった)ため江戸を追放、鍵屋は「宗家花火鍵屋」として未だに続いています。
掛け声に未だに「たまや」が残るのは、玉屋の方が技術的に優れていたからとか、言葉が言いやすいから、とか諸説あるよう。
ところで花火は英語でファイアーワークス fireworks 。
イギリスでは単数形のfireworkは(夜間の)対空砲火、照明弾の投下にも使われるそうなので、爆発を讃えるのに使ってもあながち間違いではない!?
そんなこんなで次回は最終回。ガンガン行きます!!