第六話 お嬢様、自家用ヘリで出撃!
え? 撃たれる? と思った直後、轟音。
ホワイトアウト。
……ワタシ死ンダ?
硝煙の匂いが遅れてやって来た。
風景が甦った。
……生きて、生きて、いるーっ。
「何をするんですかっ!」
さすがに叫ぶ。
お嬢様が可愛らしく微笑んでダイナの後ろを指し示した。
尻尾を吹き飛ばされて、走り去るダチョウもどきの怪物が目に入った。
アタマの中がぐわんぐわんして何も聞こえないけれど、状況は理解した。
耳元で猟銃をぶっぱなされたってことは。
「やっぱり今すぐやめますっ。違約金は払えません。来世で払うのでツケにしておいてください。
ってゆうか、わたし、お嬢様に殺されそうな気がするんですけど」
「そこは大丈夫です。
万が一に備えて、ロイズに多額の保険金をかけていますので」
「全然大丈夫じゃありませんっ。死んじゃったらお金なんて無意味ですっ!」
メイドキャップをむしりとりドアに手をかけると、ぎゅん、ジャギュアが加速した。
ダイナは振り落とされないよう、シートとシートベルトにしがみついた。
「みつけました。あそこにいますっ」
タイヤをならしながらジャギュアは停車した。
観光客や地元の人々が、我先にとこちらにむかって走ってくる。
50メートルほど先。湖沿いのパーキングエリアで、置き去りにされた観光用の馬が悲鳴をあげて暴れ回っていた。
黒い獣がそいつを狙っているのだ。
舌なめずりをするように。
身体を低くし。
尻尾をゆらしながら。
一歩一歩、馬に向かって間合いをつめていく。
タイヤの鳴る音がして、ダイナたちの背後にロリーナたちのミニバンが停まる。
さらに、パトカーが数台。後追いでパーキングエリアの入り口に並ぶように停まり、手に銃をもった警官がぱらぱらと降りて来た。
ものものしい気配に獣は馬を狙うのをやめ、こちら側に向き直った。
ぐあお。
空気を揺らす咆哮。
警官達は銃を構え、
「機動隊に連絡入れろ」
「こんなヤツ相手に、どうすればいいんだ」
と怖じ気気味。
無理もない。相手はクマサイズの黒豹みたいな猛獣だ。
後から追いついたロリーナたちは、クルマから転がるように出て来て、
「ジャスティン!
急いでカメラ回してっ! 3、2、1、いくわよ。
――この光景、信じられるでしょうか?」
と、さっそく報道をはじめている。
カメラマンが構えているのは、予備のものらしく家庭用のハンディカメラだ。
アリスはといえば……、
「さあてと」
と優雅な動作でクルマを降り、警官たちの所に歩み寄っていった。
避難するように、という警官の言葉をさえぎり、
「お疲れさまですぅ♪ あのね、それをちょっと貸してね」
と、とっておきの笑顔つきで、その警官のホルスターから何やら妙なかたちの銃を抜いた。
警官達があっけにとられていると、
「これってぇ、ワイヤーを打ち込むタイプの電撃銃よねぇ」
「ちょっと、あんた、何をするんだっ!」
アリスお嬢様は素早い身のこなしで銃口を黒い大猫に向けた。
我に返った警官が、お嬢様の肩をつかむ。
その拍子に照準がずれたワイヤーは馬にあたり、火花が散った。
馬が悲鳴もあげずに、大きな音をたててその場に倒れる。
黒い獣はひとっとびでアリスの頭上を飛び越え、カメラマンをひっかけ、パトカーの屋根をふんずけて逃走した。
警官たち、ロリーナたちの悲鳴が上がる。
「ああ〜〜ん!
余計なことするから馬がかわいそうなことになっちゃった」
アリスは頬を膨らませて、銃を警官につきかえした。
獣はさらに先の道へ走り去って行く。
「あ、あんたねっ……」
警官たちはお嬢様に何か言いたそうにしたが、事態が事態なので、パトカーに乗りこんで獣の後を追って行った。
残されたのは、ジャギュアの3人に、テレビクルーの二人。
「大丈夫?」
ロリーナが倒れたカメラマンを引き起こす。
「僕は大丈夫です」
「違うわよっ、カメラよ、カメラっ!」
それはロリーナとカメラマンの足下に転がっていた。
地面にたたき落とされたカメラをこわごわ確認する二人を横目に、
「ジャックがきました」
とアルネヴが空を見上げた。
頭上から押し寄せる爆音と爆風。
見上げると、尾翼にキティちゃんのイラストをつけたパステルブルーのヘリコプターが降りてくるところだった。
「ヘリ? ラドウィッグ家のヘリねっ!」
ロリーナは興奮した声をあげ、
「これくらい派手な映像がなくっちゃ。
えっ? カメラが動かないっ? うそっ! 信じられない!」
舌打ちしながら、スマホを取り出し撮影しはじめた。
ヘリの中から身を乗り出して手をふっているのは、人のよさそうな青年だった。
この青年がさきほどアルネヴと通話していたジャックなのだろう。
「ジールさぁん、お嬢様ぁ、頼まれていた品物ですぅぅぅ」
機上からスピーカーで越しのジャックの声が降ってくる。
アルネヴがスマホを取り出して時間を確認。
「惜しいですね。
あと2分20秒17早ければ30分を切れたのに」
銃の調達にビザ屋なみの配送力を求めていたというのだろうか!?
「いろいろ積んできましたぁ。
ビッグベン(ロンドンの時計台)でも壊せますよぉ〜〜」
「破壊が目的ではないと、あれほど……」
眉間にしわをよせるアルネヴ。
「ジャァック〜〜! わたしを乗せてぇ」
アリスがヘリにむかって声を張り上げたが、爆音にかきけされる。
「コレ使ってください」
と青年がヘッドギアを示す。
アルネヴがスマホを取り出して
「縄梯子があったら下げてお嬢様をピックアップしてください。ついでに今この道を北に走って行ったパトカーの先に黒い獣がいるので、そのそばまで運んでください」
さすが執事。
お嬢様のやりたいことがわかったらしく、テキパキと指示を出した。
そしてヘリの青年も同様、それだけで意図を悟ったようだった。
「了解ですぅぅぅ」
上からするすると縄梯子が降りて来る。
アリスはジャギュアの後部座席から直接、縄梯子によじのぼりはじめた。
その光景を少しでも近寄って撮ろうと、ロリーナがスマホをつきだしたところに、アリスの足がぶつかる。
ちょうど梯子が揺れたこともあって、反動でぽーんと飛ばされたスマホは、柵を越えて湖に飛び込んだ。
「ぅぎゃぉおおおーーーーーっ!」
放送禁止レベルの変な悲鳴をあげるロリーナ。
「ごめんなさぁい〜〜♪ あとで弁償しますぅ。」
アリスは爆音とともに彼方に飛んで行った。
呆然とたたずむアナウンサーに、壊れたカメラを調べていたカメラマンが
「ハンディカメラ、ダメでした」
死亡宣告する。
その時、離れたところで爆発音がして地面の揺れが伝わって来た。
「やだっ! デンジャラス・アリスが何かを吹っ飛ばしたのかしら。
早く追わなくちゃ。特ダネをのがしちゃう。
あなたのスマホで撮るわよっ!」
二人はあたふたとライトバンに乗りこんで去って行った。
「あわただしい人たちですね」
とダイナが振り返ると、執事は倒れた馬のかたわらから、こちらに戻ってくるところだった。
トラックが突っ込んだかのようにメチャクチャになっている土産物屋も、先ほどの黒い獣の仕業だろう。
奥に隠れていた年配の女性が恐る恐る出て来てダイナと目が合い、泣きそうな顔をしてへたりこんだ。
「……自分の眼で見たのに、まだ信じられません。
妖精に小鬼に、半魚人にブラックビースト。まるでファンタジーの世界。
でも現実なんですよね。
パトカーの屋根が凹んだってことは、幻ではなく実在するということ。
彼らはどこから来たんでしょう?」
「その辺りは専門の方にお任せしたいと思います。
今はやるべきことをやるだけです」
ですよね、と相づちをうちながらもダイナは納得がいかない。
何しろ理系女子。納得がいかない現象は追求したくなる。
「説明しがたい現象を説明するために別次元を仮定するという説があった筈……」とひとりブツブツ。
「獣医に連絡しましたので、我々も後を追いましょう」
執事は運転席に収まり、助手席で別世界にすっとんでいるダイナに頓着せずエンジンをかけ、急発進。
シートに押し付けられる急加速で、ダイナは現実に引き戻される。
「あ、あのっ!?」
「ジャックだけにお嬢様を任せるのはすごく不安です。
なにしろ、ヘリですから。
上空からやりたい放題じゃありませんか」
その場面を思い浮かべたらしい憂鬱な面持ちに、少しばかりの罪悪感をおぼえつつ、譲れない交渉に戻る。
「そうじゃなく。先ほどの辞めさせていただく話の続きなのですが……」
「爆音が聞こえませんか? 緊急時なのです。後にしてください」
とりつくしまもない。
爆音が聞こえるから辞めたいのに〜〜。
ところで拳銃って撃ったことがありますか?
もぉね、手の中の大爆発って感じです。
22口径なんて可愛いもので32口径なんてグホォとか声が漏れそうになるくらいの反動がきます。
タイプが違う猟銃ですが、あんなのを耳元で撃たれたらと思うと、恐ろしい。
ダイナさん御愁傷様です。
今回出てきた電撃銃はイギリスの他にアメリカでも普及しています。
電撃銃にはいくつか種類があって、作中にあるワイヤー針を飛ばすタイプ(テイザー社のものが有名なのでテイザー銃と呼ばれる)、電圧をかけたもの(針や水)などを飛ばすタイプがあるそう。
射程距離が短い、(普通の拳銃とともに携帯するので)取り違え事故を起こしやすい、コストがかさむなどのデメリットもありますが今回のように、対象物以外に実弾が当たってはいけない場合などに有用だそうです。
なぁんていううんちくを傾けつつ。あと二話で完結。
アリスお嬢様、ジャックの運んだ爆薬だって使っちゃいます!!