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第四話 不思議な世界のアリス一行

 町並みには何の異変もなく、車道にはクルマが、歩道には人々が平和に行き交っている。


「あ、はい。え〜とですね」


 タブレット端末で動画サイトをチェックするダイナのすぐ脇に、立ちはだかる人影があった。

「このオモチャみたいな水色のクルマ、じゃま! 

 画面にはいっちゃうじゃない! 

 こんなファンキーなクルマが画面にはいったら、せっかくのオカルトの香りがふきとんじゃう!」

 まくしたてたのは、栗色の髪をきりっとまとめたスーツ姿の女だった。


「これはぁファンキーというのではなくて、キュートなキティちゃんジャギュアなのよ」

 アリスがおっとり優雅に指す方向、超高級車ジャギュア・カブリオレのボンネットの先には、銀色二頭身のキティちゃんが、ちまりん、と鎮座していた。

 名車ジャギュアのカブリオレ(オープンカー)。そのキティコラボ特注品なのだ。


「んなこと、どーでもいいわよ」

 スーツ女が一蹴した。

 その手にマイク、背後に隠れるように顎ヒゲのカメラクルーが控えているところを見ると、取材中のテレビクルーといったところのよう。

「ジャギュアでも子猫(キティ)でも、トムキャット《Fー14》でも関係ないわ。

 わたしはBBC 放送のアナウンサー、ロリーナ・リデル。

 顔ぐらい見た事あるでしょ。

 わかったらどいて、さっさと映像をとって本社に送りたいんだから。

 そもそも、パステルブルーのカブリオレに二頭身のネコキャラをつけるなんて、どんなセンス?

 っていうか、そんな妙ちくりんなクルマ、偽ジャギュアってことで摘発モンだわ。

 ほら、通報されたくなければ早くどけてっ!」

 一気にまくしたてて追い払おうとする。

「偽ではございません。

 正真正銘のジャギュア・カブリオレ・ラドウィッグ特注車でございます。」

 銀髪の執事アルネヴが、運転席からどうでもいい反論をする。

「ラドウィッグ家!? 

 ということは、世界5大アホセレブお嬢のひとり、破壊令嬢(クラッシャーレディ)危険なアリス(デンジャラス アリス)!!」

「その、アリス様でございます」

 誠に遺憾といった神妙な顔。

 アホを否定されない、デンジャラスって言わせっぱなしの嬢様って、と助手席でダイナは不安のどん底に真っ逆さま。

「なぁによぉ、そのデンジャラス・アリスって」

 さすがに、当人が声を上げた。

 つややかなピンクの唇をつんと尖らせたアリス。

 だがこちらもアホという単語はスルーしている。

 本当にアホなんですか、お嬢様?

「ハロッズ半壊、輝ける英国号沈没、赤鷲組の壊滅、他にも空港でゲート破壊とか、ロンドン動物園ペンギン奪還事件とかっ! やってれば、そういうあだ名がつくってもんよ。

 お騒がせ令嬢はそこをどいて。わたしたちには国民に正確な情報を素早く報道する義務があるんだから」

 ロリーナの鼻息とは裏腹に、背後のカメラマンは美少女お嬢様を激撮している。

 アホでも危険でもとりあえず美少女だし、セレブだし。

 ひとまず撮影しておこうという感じなのかもしれない。

「旦那様がもみ消した事件までご存知とは」

 妙な感心をする執事に、

「ニュースキャスターの情報収集力をなめないでよ」

 ふふん、と鼻をならさんばかり。

「で、あなたは?」

「執事のアルネヴ・ジールと申します」

「アルネヴ《野うさぎ》? アリスの執事にウサギなんて出来すぎ! 

 『不思議な国のアリス』って訳?

 たしかに不思議ちゃんのデンジャラス・アリスだけどね」

「いえ、わたしのアルネヴは『海』というヒンドゥ語から……」

 執事が言いかけるも、ロリーナは聞いちゃいない。

「それより、こんな町おこし目的のやらせ事件、とっとと取材して終わらせたいんだから、早くクルマどけてよ」

「妖精や黒い獣って、やらせなんですか?」

 ダイナが思わず声を上げた。

 アリスもきょとんとした顔。

「決まってるじゃない。妖精なんておとぎ話。

 この21世紀にありえないったら!」

 そう言い切ったロリーナの鼻先を、何かが通り過ぎて行った。

 小鳥サイズの。

 羽のはえた。

 ほのかに光を帯びた。

 人間型の。

「妖精〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 ロリーナが、メッシのゴールに興奮した実況中継のごとくに。

 アリスが、皿から絶品イチゴムースを取り落としたかのように。

 ダイナが、ジェットコースターの頂上から一気下りしたかのように。

 3人そろって悲鳴をハモった。

 高音三重奏に、アルネヴもカメラマンも耳を押さえる。

 5人の前で、小さな生き物が風に漂うかのように飛んでいた。

 一匹だけではない。

 見ればそこかしこに、淡い光に包まれた妖精達が、建物の狭間や通りの木々の間を飛び交っていた。

 突然わいてでた妖精たちに、先ほどまでの風景は一転。

 歩道の人々、店先にいた人々も大騒ぎだった。

「ジャスティン! カメラまわしてっ、カメラっ!!!」

 ロリーナがすぐにアナウンサー魂を取り戻し、駆け出した。

 そこから妖精が流れてくる。どうやら騒動の中心地のようだ。

 カメラマンも後を追う。

 その前方、街の中心地にあるロータリー。

 どん、バスの屋根が凹んだ。

 子牛ほどもある、黒いモノがそこにいた。

 ゆっくりと立ち上がるのは、しなやかな体躯の大型の獣。

 ネコ科の獣のようだが、虎でもライオンでもない。

 強いて言えば黒豹に似ているが一回り以上大きい。

 黒い野獣は空気の底を揺らすような吠え声を挙げた。

 道行く人々が悲鳴を上げて逃げ出し、散歩中の大型犬が路肩で狂ったように吠えまくった。

 平和な観光の町が、一転して悲鳴や叫び声で覆われる。

 獣が吠えまくる犬をうるさそうに一瞥した。

 それに気づいたアリスが、今までの様子とはうってかわって俊敏に反応した。

「アルネヴ、猟銃をかして!」

と後部荷台をあけるように促した。

「他の人に当たります」

 執事の制止もきかず、アルネヴの手元にあるスイッチを押し、荷台をあけ、するりと回り込んで猟銃と弾薬を取り出す。

「大丈夫よぉ♪」

 と、軽く言ってアリスは銃に銃弾を装填し、野獣の元へと駆けていく。

 広場の真ん中で、犬は黒い野獣に押さえ込まれていた。

 飼い主はさっさとどこかに逃亡したようだ。

 金髪お嬢様との距離、およそ5メートル。

 野獣のサイズは子牛なみ。

 ひととびで襲われてひとたまりもないという距離。

「そのワンちゃんから離れて。

 あなたは身体が大きいんだからぁ、そのコがつぶれちゃうの」

 銃口は下に向けたまま、お手をしろと言っているかのような口調。

「お嬢様、おやめください。危険です」

 アルネヴが後を追いかけるが、間に合わない。

 野獣が牙をむき出しにして威嚇し、小娘一匹となめた風情で鼻息を吐き出すと、犬の頭にかぶりつこうとする。

「だめっ!」

 アリスが銃を構えてトリガーを引いた。

 威嚇射撃は、さきほど獣が着地して屋根が凹んだバスに命中。

 派手な音をたてて壁面が粉々のベコベコになる。

 獣は背後の家屋の屋根に飛び上がり、姿を消した。

「だから町が危険だと……」

 危険なのはお嬢様じゃなくて、そっちなのですねとダイナ。

 呆然と成り行きを見ていたロリーナが我に返った。

「ラドウィッグ家の破壊令嬢、デンジャラス・アリス!

 本物だわ。

 出会って3分後にバス破壊! 

 そうだ、カメラ! 今の、撮ってた?」

「ば、バッチリです」

 カメラクルーが言った瞬間、バスが二度目の爆発。

 先ほどの被弾でガソリンが漏れ、引火したらしい。

 飛んで来たサイドミラーが、カメラを直撃して粉々になった。

「…………えっと、バッチリでした、かな?」

「やだっ! 中身は大丈夫っ?」

 サイドミラーの破片を払うと、レンズ部分がぽろっと外れ、顔面蒼白の二人の足下に音を立てて転がった。


というわけで。

アリスお嬢様も言われていましたが「不思議な少女」と「不思議ちゃんな少女」で大きな違いですよね。

「キレ者」と「キレた人」

「名の知れた人」と「れ者で名高い」


「できる人」と「できた人」ほどの違いならまだしも、全く違う意味の言葉を誤用すると、危険な目にあいかねません。

 お気をつけください。

 

まぁそれはさておき、これから本番。

次回もお嬢様は撃ったり破壊したりとやっちゃいます。何しろ破壊令嬢ですからっ!

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