第三話 パステルブルーのジャギュアに乗って
屋根のないオープンカーは、ドライブの醍醐味を体感するには最適だ。
駆け抜けるのは、初夏の森に覆われた丘陵地帯の絶景。
気候は初夏で風が心地よく、道はなだらかにカーブを繰り返しながら下って行く。
……とまあ、ふつうなら爽快であるはずの車内の空気はかなり微妙だった。
執事のアルネヴはウルトラ仏頂面でハンドルを握っている。
後部座席ではサングラス姿で鼻歌まじりの美少女が、エルメスの新作サファリスーツ(ショートパンツスタイル)を着こなしいた。
優雅にくつろぐ様はオシャレ雑誌の見開き広告かのようである。
午後の「お昼寝」をきっかり20分00秒00(執事計測)で切り上げ、街へ「妖精を見に行く」ところだった。
クルマはパステルブルーのジャギュア・オープンカー。乗り心地も外観も上質な高級車。
女主人との対面からまだ2時間。
助手席におさまるダイナの目は白黒していた。
どこからなにをつっこんでいいのやら。
まずは無難そうな話題から、
「あの、お嬢様はオカルト好きなのですか?」
隣のアルネヴに、恐る恐る切り出す。
「ただ騒動に首をつっこむのがお好きなだけです」
あああ、なんだかイヤな予感がする。
さっきのヤクザとか沈没とか、まさか、まさか……。
不安を振り払う、というより今のは聞かなかった事にして、質問を変えた。
「えっと。……執事さんは妖精やブラックビーストを、信じているんですか?」
「妖精やブラックビーストがいたとしても、お嬢様ほどには危険ではないでしょう」
恐ろしい答えが返って来る。
逆に、
「それよりマイトさんはどうなのです?」
と水を向けてきた。
「ダイナでいいです。
わたしは科学的じゃないものはちょっと……。
ただ、科学もつきつめると魔法的なところもあるので、妖精も科学的に証明されたら信じますけど」
「科学が魔法的?」
「わたし、素粒子物理をやっている学生なんです。
だからそっち系の話になっちゃうんですが。
そもそも世界って、ざっくり言えば元素でできているんです。元素は原子核と電子からできている基本的なもの。電子なんてかなり古くから馴染みなモノなのに、これがそもそも不思議で、見てなければ波動、見てれば粒子のふりをするという。<ふり>ですよ。意志があるみたいじゃないですか、ふつうありえないでしょう? 科学というより魔法みたいです。さらに元素よりもっと根本的な構造にせまろうとすると量子的な世界になるわけですが、そうするともっとたくさんの謎が生まれてしまうんですよ。それで……」
ここまで、3倍速でまくしたてたダイナは、次なる章のために息つぎ。
そのタイミングでアルネヴが遮った。
「わかりました」
「ちょっと説明しただけで理解してもらえるなんて、執事さん、すごいです」
賛同を得られた喜びに、キラキラした眼をダイナがむけると、
「違います。
わかったのはダイナさんの人柄です。
マニアックで、多少の不可思議も自分で納得すれば受け入れる方ということですね。
さすがマッカン氏の選定です」
「あのっ、それってほめてませんよね?」
「ええ、ほめていません。喜んでいるのです。
なにしろお嬢様づきのメイドはすぐにやめてしまいますから。
今まで一番長くて14日。
あなたなら長続きしそうです」
14日しかメイドがもたないお嬢様って? そしてわたしなら長続きって? ダイナが言葉の意味を考えていると、目前に小さな湖沼が垣間見えた。
さらに先に進むと風景がひらけ、ミルバートンの街が見えて来た。
中世からの歴史を誇るこの街は元々鉱石の採掘で栄え、現在では国立公園の外れに面するため、シーズンになると観光客も多く訪れる。
軒のない石造りの家々が並ぶさまはオモチャの町のようで、海外からの人気も上々だという。
そろそろシーズン序盤。そこそこの賑わいを見せる町中を進み、メインストリートの一角、オシャレなカフェや雑貨屋、アンティークショップ、レストラン等がならぶ路肩に、ジャギュアを停車させた。
「まずは妖精が現れた場所に行ってみたいのだけどぉ。
ダイナ、どこの防犯カメラにうつっていたかわかるかしら?」
アリスはサングラスを外して、あたりをキョロキョロした。
ジャガーじゃなくて、ジャギュアなんですよ。
動物のときにはジャガーなのにね、クルマだとジャギュアと表記するという話。
発音は確かにジャギュアなんですけどね。
同じ綴りなのに。
そういえばクラブという言葉もですよね。
学校の時にはクラブ→→↓ 踊れる店ならクラブ→→→
字面が必殺技みたいになってきました。
ってことで、次回はいよいよ黒い野獣との対決!?