第二話 アフタヌーンティーには妖精を
「あ、あのっ、大変恐縮ですが、わたしの名前はダイナマイト、ではなくダイナ・マイトです。
母国風にいえば、舞戸大奈といいます」
ノーベル氏の作った賞は憧れだが、発明した爆薬<ダイナマイト>の名は散々それでいじられてきたダイナにとってはトラウマだ。
最初が肝心。ここはきっちり説明しておかないと。
「ダイナマイトではなく、ダイナ、マイトなのね。どこの国の方?」
「日本です」
「キティちゃんの国の方なのね。うれしいわぁ」
子猫のようにするりとソファから立ち上がると、小柄なアリスはダイナを見上げるように覗き込んだ。
「ダイナ、これからよろしくお願いね」
白くてしなやかな手が差し出される。
メイドが握手をうけてもいいのかしら、でも目上の方から差し出されているのに断ったら失礼よね、とためらいながらその手を握り返した。
「こ、こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
天使のように微笑む美少女はこの上なく可憐で、さきほどからの執事とのアクション映画ばりの会話と一致しない。
だからやっぱり、なにかを聞き間違えたのに違いない。
「それでね、ダイナ。この辺りに、なにか面白いものはないかしら?」
用意ができたテーブルにつき、お嬢様は優雅な手つきでナプキンを膝にかけながら尋ねた。
「あ、えっと、下の町に雑誌に取り上げられた観光用の雑貨店とカフェなどがあって、なかなかオシャレな感じです」
自分がこの城づとめになって、チェックをいれた店をあげてみた。
「その雑貨店に、キティちゃんグッズあるかしら?」
「……それはなかったように思います」
「残念だわぁ。お兄さまにお願いして、キティショップを誘致してもらおうかしら」
お金持ちのお嬢様は、スケールが違う。
「ご自分のお部屋をシロネコのぬいぐるみだらけにしておいて、まだ足りませんか?
さきほど荷物の具合を見て参りましたが、足の踏み場も怪しい状態でした」
「この館の寝室は、ロンドンのよりせまいのかしらぁ」
というお嬢様のつぶやきの横で、ダイナはあることを思い出した。
「下の町といえば、ここ2、3日前から不思議なことが……」
「なぁに♪」
お嬢様が身を乗り出した。
目がキラッキラに輝いている。
「ようせいがでたそうです」
「ツベルクリン反応?」
「そっ、そっちの陽性ではなく、妖精です。
妖精騒ぎはこの国では珍しくないのかもしれませんが……」
英国では時々、妖精の目撃がとりざたされる。
「そ、それが、黒い獣とかいう伝説の獣も出たとかで、迷信深い年寄りや、オカルト好きが騒いでいるところです。ネットでも盛り上がっていて。
でもこのようなお話は……」
「続けて♪」
楽しそうな顔で美少女がうながすのを、拒否できる人間はそうはいない。
執事のアルネヴ氏が、余計なことをいうなという風に眉をひそめた。
この場合、お嬢様に従うのが正しいのか知らん。それとも執事さん?
一瞬迷って、ダイナはアリスお嬢様に従うことにした。
「目撃されただけでなく、町の各所にある防犯カメラにも撮影されたんです。
動画サイトは盛り上がっているみたいですけど。
黒い獣の方は羊が何匹かやられて……。
この城の外に置いてあったバケツもその黒い獣にやられたって……」
「この屋敷の? ぜひ見せて」
渋い顔の執事が少々気になったが、お嬢様の用命なので、裏庭までとりに行った。
戻ってくると、執事がスマホを見て一言。
「3分33秒11。足は速いのですね」
この執事、変かも?
けれど給料と待遇が破格の仕事。ほんのり湧いた疑問はなかったことにする。
お嬢様は先ほどのタブレット端末で動画投稿サイトを見ながら、優雅な手つきで紅茶をたしなんでいた。
見れば、テーブルの上の5つのティースタンドは、ほぼ空っぽ。
スコーンのひときれが、皿に残っているだけだった。
まさか3分33秒11の間に、あの量を!?
「それが壊れたバケツなの? ああらぁ、歯形がついてる」
お嬢様が、差し出すバケツの異様に気がついた。
「い、一昨日の夜、庭師のビル氏が言うには、犬が大騒ぎをするので見に行ったら、これがあったそうです」
「お嬢様、この館の防犯カメラの映像です」
といって、銀髪執事がスマホの画面を見せる。
そこには闇の中に走り去る大きな獣の後ろ姿が数秒、映し出されていた。
パケツにはひと噛み分の大きな歯形。
映像と合わせて考えると、小牛ほどの大きさだ。
「……イングランドには、犬より大きな大型の野獣はいないわよねぇ」
お嬢様の青い瞳が、キラリンと光った。
「おりませんね」
仏頂面の執事。
「アルネヴ、狩り用の装備一式は持って来たかしら」
お嬢様はティールームに漂う微妙な空気をものともしない。
「……レディのたしなみとして、当然用意はございます。が。
あやしげなコトに首を突っ込むのはいかがなものかと存じます」
「はむぅ?」
アリスお嬢様はジャムをこんもり盛った最後のスコーンを、うれしそうにほおばり、上品に顎をうごかしてから、優雅に飲み込み、そして言った。
「この城に一年いなくてはならないのでしょう?
ならば、ここでの生活を楽しまなくちゃ」
「わたしが旦那様より仰せつかった役目は、お嬢様の執事だけではございません。
お目付役もございますので……」
執事が全部言い終わらないうちに、アリスお嬢様は、にっこり顔から一瞬でとろんとした目つきになり、次にすごいイキオイでテーブルの上の、茶器につっぷした。
「きゃーっっっっ!
お嬢様っ!
大丈夫ですか! 死んじゃったんですかっ!?? じゃなくてっ!
き、救急車を呼ばなくちゃっ!」
パニックになるダイナに、
「大丈夫。あわてることはありません。お休みになっただけですから」
「へ?」
「食べたら寝る。起きれば台風並みに暴れる。
だからこのような辺鄙な城に閉じ込められるんです」
苦々しく言い放つと、執事はお嬢様を抱え上げてティールームを後にした。
ダイナは漠然とした不安とともに、その姿を見送った。
こんなニッチな小説を読んでくれた人、ありがとう!
エッチじゃないです。ニッチです。エッチなら別の需要もあるかもしれませんが。
ニッチとは今では隙間って意味らしいですが、元々は生物が生き残るために見出す他の種のいない場所という意味。
この小説の場合は元々の意味のニッチでオーケー。
ニッチすぎて生き残れるのかはまた別問題ですが。
ってわけで、次回は妖精あふれる街にGO!