刻まれし名前
小説家の集い、夏のキーワード小説という企画で作成したものです。お題は夜、お墓、ロッカーの3つ。
ホラーとか初めて書いたので怖くないかもしれませんが、感想いただけると嬉しいです。
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「それじゃお先でーす」
定時をそれなりに過ぎた時間、やっと交代要員が出社してきてラインを離れることができた。あいつの遅刻癖は知っていたが、まさか3時間も遅れてくるとは。夕方には帰れる筈だったのに、すっかり夜中じゃないか。
独りブツブツと愚痴を垂れ流しながら、ふと妙案が閃いた。あいつのロッカーに悪戯でもしてやろう。ただ、それで俺が怒られるのは勘弁だし、俺が実害を被ったのはこれが初めてだから少しビビる位でおさめておこうか。
適当に何か挟んで、開けたら落っこちる、そんな程度で十分だろう。確か鞄にルーズリーフが入っていたと思うし、呪術的な紋を書いてみるか。
どんなものを書けばいいのか考えながら、ロッカーにしまってあった自分のカバンを漁るが、それっぽく書ける筆記具が何もなかった。あるのはボールペンとシャーペンのみ。
「これはあれだ、やっちゃいけないって事だな」
わざわざ買ってきてまでやるほどの意味はないし、何よりも億劫だ。それにもしかしたら、悪質な悪戯なんて判断されて大目玉をくうかもしれない。
アホな閃きはなかった事にして、さっさと着替えて帰ることにしよう。そして家でのんびりと独り酒でもするかな。
ロッカールームを出る時、なぜだか急に異様にあいつのロッカーが気になった。誰かに見られているというか、何かの気配がするというか。
初めての感覚だが、その表現がやけにしっくり来る。そんな感じが離れない。目を離してはいけない気がして、動きを止める。
そのまま数秒、もしかすると1分以上固まっていたかもしれないが、いつの間にかその感覚はなくなっていた。
背中にじっとりと汗が染みていて気持ち悪い。いったい何故ここまで緊張していたのか分からない程、いつも通りの部屋だ。
バカバカしい。そう呟くが不安が残る。このまま帰って明日、皆の前でビビらないように、今開けて勘違いだと証明しておこう。
誰かに見られれば確実に笑われるだろうという自覚はあるが、この時間は誰も来ないだろうし臆病だと笑われる事もない。
あいつのロッカーに手をかけるが、それ以上進まない。自分の鼓動がうるさい位に主張してくる。
だがいつまでもこうしている意味はないし、何より自分がみっともない。深呼吸を一つして、意を決して
開けた。
「………………っははは…………はぁー、なんもねぇ」
当然そこにはあいつの私物が入っているだけだった。何か潜んでいる訳はないし、ただの勘違いだった訳だ。この光景を誰かに見られなくて本当に良かった。
目を閉じ、ため息を盛大につくが、先程の感覚はいったい何だったのだろうか。思い込みとは考えられないほど強烈だった。
まぁ考えても仕方がない。帰ってシャワーでも浴びてさっぱりしてから独り酒としゃれ込もう。
「あーあ、ばから………………し…………い……?」
目を開けたら暗闇が広がっていた。気付かぬ間に停電でもしたのか?しかし蛍光灯が消えても、夜とはいえ窓から何かしら明かりが入ってくる筈だが。
首をかしげながら、スマホの画面をオンにして辺りを照らし――――――
部屋が空っぽになっていた。いや、あいつのロッカーは残っているが、それ以外のロッカーや窓のすべてがなかった。何があった?どうしてこれ以外全部なくなっているんだ?
「そ、そうだ!ドアは!?」
嫌な予感がして、部屋の出口を照らす。
よかった。出口のドアはちゃんと残っていた。異常事態だが、少なくとも部屋から出られないということはなさそうだな。
そっとノブを握って回してみれば、きちんと動いて開いてくれる。
隙間から光が洩れてこないし、暗いのはこの部屋だけではないな。よし、ここから出入り口は近いし、外の様子を確認してこの異常がどういうことなのか調べないと。
ドアを開けて照らし、戦慄した。無機質なコンクリむき出しの廊下があるはずなのに、木製の古びた廊下に変わっている。
何が何なのか、異常が起こりすぎていて混乱してきた。うまく息が吸えない。
他の人は?建物の外は?家は?
グルグルといろいろな考えが浮かんでは消えていく。それを確かめるために、足を踏み出す。
――――ギシッ……ギシッ――――
古そうな見た目通り、床は一歩ごとに悲鳴を上げるが、腐っていそうな雰囲気はなさそうだ。
それに、怯えながら少し歩いてみれば、構造は前の廊下と変わりなさそうな気がする。ドアや窓の類は何もないが、分岐の位置は記憶通りにある。
外に通じるドアはあるのかという不安はある。だが、ひとまず思いつくことが、外に出るという事しかないのだから進むしかないだろう。
床が軋む音がやけに響くような気がして、雰囲気と混ざり合い不気味になっていた。そんな雰囲気のせいで、後ろから何かが襲ってきそうな気がして、短い距離なのに何度も後ろを振り返ってしまう。
曲がり角の先にも何かが居そうで、恐る恐る覗き込み照らせば、明かりに木製のドアが映り込む。
そこは、本来、従業員用の出入り口がある筈の場所だと思うと、安堵のため息が出てきた。
外はいつも通りなのか、そもそも外に通じているのか、いろいろと考えながらノブを回す。
「…………あれ?」
ノブはピクリとも動いてくれない。まるでもともと動かない物の様に、音ひとつ鳴らなかった。
そのまま押してみても、引いてみても、物音ひとつ鳴らないし、微動だにしない。
と、ここで、スマホで連絡を取ればいいことに気が付いた。電話でもすればこの状況がどういうことなのか、多少でも分かる気がする。
早速、母に電話をかける。
『……プルルル……プルルル……』
2回、3回と数えていき、5回目のコール音でつながった。
「もしもし!母さん!」
『どうしたのー?…………あれ?もしもーし…………もーしもーし…………あんたの声聞こえないんだけど……一回かけ直すわね』
「ちょっ待って、もしもし!?」
切られてしまった。けれどかけ直すと言っていたし、少し待ってみようか。出社前に通話した時はちゃんと話せたのだから、きっと偶然の不具合だろうから、かけ直せばちゃんと話せるはずだ。
だが、数分待っても着信はなかった。流石に遅いと思い画面を見てみれば、圏外になっている。
内心で悪態をつきながら、仕方ないので一旦引き返して他の場所を探すことにした。
分岐をロッカールームとは逆方向に、来客用の出入り口の方へ歩き出すが、相変わらず床の軋みが主張してきて、恐怖を煽られる。
それでも進んで行くと、途中で行き止まりになっていて、また木製のドアがあった。
本来ならこの先にまた分岐があって、その先に来客用のドアがあった筈。
不安を抱えながらゆっくりとノブに手をかければ、今度はきちんと動いてくれた。
その先にあったのは、和風の墓石だった。
先のロッカールームのように、墓石が一つだけポツンと置いてあり、それ以外は何もない。
そして名前は――――――――――――――――
7月3日:筈、程を多用しているとのご意見を頂いたので修正