庶民の女の子に喧嘩売られた令嬢はとんだ鈍感娘です。
自分の事が好きですか?――いいえ。
何故ですか?――自分の事を優先してしまうから。
それは皆そうなのではないのですか?
――いいえ。彼女は違ったの。
彼女とはだれですか?
――王立魔法学校の転入生の庶民の子よ。
では、彼女となにがあったんですか?
――彼女と言うか、彼と少し。私には婚約者がいるの。時期公爵家の跡取りで幼馴染み。政略結婚なのは知っていたから。彼が彼女に引かれているのを見て見ぬふりをしていたの。そしたら、彼女が突然私にこう言ったの。《私、彼の事が好きなの。貴女がなにもしないのなら、私がもらっちゃうんだからね》って。私、彼女に言われて気づいたの。何も行動を起こさないで悲劇の少女みたいに何も出来なかったのは傷付くのが怖かったから。だから、私。彼が彼女といるときに今までのありったけの思いを告げて、婚約破棄の書類を彼に手渡して逃げてきたの。
では、何故貴女はここにきたのですか?
――何故って? だって貴方はウィズとは仲が悪と聞いたの。だから、貴方といれば彼に会わなくてすむと思ったから。
面倒を持ち込まないで下さいませんか。ミス、キァスウェル。
――貴方が言ったんじゃない。先日の夜会で、何か困ったことがあったら、私のところに来なさいって。だから、来たの。世辞を言う相手を間違ったわね。
君は何年たってもお人好しだね。まだ、私とウィズセルがどうして仲が悪いのか気付けないのかい? 幼馴染み殿。
――知るわけ無いでしょ。あの子が来てから元から悪かった仲が悪化したのくらい知ってる。
ねぇ、そろそろさこの筆談は無意味だと思うんだけど。
――なら、話せばいいでしょ。
「なら、そうするよ。ソフィア・キャスウェル。まだ、婚約破棄出来ていないのに一人で男の家に来るのは不謹慎だよ」
「貴方くらいしか、惨めな私を慰めてくれないんだもの」
「よく言うよ。ウィズセルの返事も聞かずにここまできたんだろう? 相変わらずのバカだね」
「貴方だって、相変わらずの減らず口じゃない」
赤錆色の髪を控えめに結い、淡い黄色のワンピースを纏っているのがソフィア・キャスウェル。白銀の髪をした、どこか澄ましているこの男がレノン・ツェルバ。二人は幼馴染みで仲はそこまで悪くないとソフィアは思っている。彼はもう一人の幼馴染み、ウィズセル・アルバートとすこぶる仲が悪かった。単に馬が合わないといっていた。
「不謹慎ね。不謹慎なのはあっちよ。好きな子が出来たのならもっと早く言ってくれないと。困るわ」
だって。私まだウィズの事、どうしようもない位好きなのに。そう言って彼女はぼろぼろと大粒の涙をこぼした。レノンはソフィアの涙を指で優しく脱ぐってやると。徐に窓の外を見て彼女に言った。
「ソフィア。ウィズセルにあったら、次はないと伝えてくれ」
ソフィアはレノンの言葉に理解出来ずにただ、彼の顔を見た。すると扉があき、彼はそれを見計らっていたかのようにソフィアの唇を見せつけるように奪った。彼女の婚約者の目の前で。そのあとレノンはなにかウィズセルに囁いて部屋から退出していった。
ソフィアは焦った。子供みたいにぼろぼろに泣いている自分に。そして、婚約者を目の前に他の男性に唇を奪われたこと。でも、彼女はそこまで考えて一つ気付いたことがあった。私は今誰とも婚約していないことを。破棄したばかりであることを。
「お前、自分がなにをしているのか分かっているのか」
金髪に碧眼。普段は王子様のような見た目のウィズセルだが、美丈夫なだけに凄まれると随分迫力がある。ソフィアは分からなかった。何故、自分は怒られているのか。
「私が聞きたいです。そんなの。……私の事が用済になったなら、もっと早くいってください! 」
「俺がいつお前を嫌いになったと言ったんだ、このバカ。よりにもよって頼ったのがレノンなのも気に入らねぇ」
ソフィアはもうヒステリックをおこしていた。あれだけ、あれだけ毎日私に浮気現場を見せたくせに!!
「私なんかよりセリエのところに行けばいいじゃない。いつもいつも、目でおっていたくせに‼ ウィズなんかより、レノンの方が優しいもの! ウィズがその気なら私だって―――んぅ」
まだ、言いたいとこはたくさんあるのに。何時もより荒々しくウィズセルはソフィアの唇を奪い、話を中断させた。
「お前を手放すなんて誰が言った。レノンになんて渡してたまるかよ! このバカ。なに一人で空回ってるんだ。何時俺がミス、ジェンキンスが好きだと言った! 」
ウィズセルの気迫迫る話にソフィアは呆気にとられた。かれは弱々しく続けた。
「俺はお前がいないと困るんだよ。何時にもなく饒舌に愛を囁くから何事かと思ったら、婚約破棄書をよこすバカがいるか! 天に上げといて地に落とすなんて最悪だぞ」
「なら、セリエはなんだったの?」
彼はさらっと爆弾をおとした。
「あぁ、あの女なら複数の男にすり寄って社交界追放された。つい、さっき。俺は王子に頼まれてスパイしてたんだよ。くそ、こんなことになるんなら、レノンみたいに断っとけばよかった」
真実を聞いて安心したソフィアは涙が止まらなくなった。えんえんと子供の様に泣いた。そもそも、レノンは真実知っていたのに教えてくれないなんてあんまりだ。
「ウィズ、私の事好き?」
「愛してるよ。だから、何かあってもレノンじゃなくて俺を頼れ。次、他の男にその唇奪わせたら、俺どうなるかわからないから」
最後の方は聞こえなかったけど、全部私の勘違いだったみたい。
めでたし、めでたし。
「あとね。レノンが後は無いからなって」
「肝に命じとくよ」