7.逃げていても始まらないっていうのは、僕が一番分かっている
心地よい海風の中、僕とタクは木箱を運び続けていた。初心者用のお手伝い系クエスト。商店の店長からの依頼だ。港に船が着いたとかで、荷物を店に運び込まなければならないらしい。
港の船と商店の往復。両手には、重い荷物。何を入れたらこんな重さになるのやら。立つことさえ出来なかったあの一週間を思い出すと、これほどの荷物を運べるようになったというのは、かなりの変化だと思う。
「なあ、ナツ。俺たち、これからどうするんだ?このまま毎日、絶対に死なないようなクエストばかり受けるのか?」
ここ数日、僕たちは薬草収集や、店番、そして今回のような運搬ばかりをしていた。
「お前が一回失敗したことで どういう心境でいるのかなんて、俺には分からないぜ」
タクは、手際よく荷物を一箇所にまとめて魔法をかけた。浮遊の魔法で、一気に荷物を運ぼうとしているようだ。
「でもな」と、タクが荷物を上手く誘導しながら続ける。「一回の失敗くらい、誰にだってあるじゃねえか。俺だって、ゲームを始めてすぐは死にまくったしな」
最初から上手くいく奴なんていない。それは、僕だって分かっている。しかし、焦げた匂いとうめき声、そしてこちらを見つめる目が忘れられないのだ。
「俺の尊敬するローリー・レイエスはこう言った。『俺の人生は、99パーセントが挑戦だった。残りの一パーセントだけが、出来ると分かっていてやったことだ』ってな」
「珍しく分かりやすくて、しかも最高に良い台詞をここで選んでくるんじゃねえよ」
「つまり、冒険はこれからだぜ?相棒」
タクがローリーの言葉を引用して、僕がそれにツッコミを入れる。そして、二人で笑いあう。いつも通りだ。
*
タクの魔法が上手く作用したこともあり、手際よく依頼をこなすことが出来た。依頼が終わった僕たちは、ギルドメンバーの集まる酒場へと今日も向かう。
「なあ、タク」と、僕は前を行くタクに向かって、そっと呟いた。聞こえているか、そうでないかは定かではない。そのくらいの小さな声だ。
「僕、ちょっと頑張ってみようかな。まだまだ剣も上達していないし、冒険はこれからなんだろう?」
タクの背中を眺めつつ、僕は決心した。
僕は、お前みたいに自分に自身を持てないし、ゲームも得意ではないかもしれない。でも、お前と同じくらいには 色々なことを楽しめるよな?
同じくらいに強くなることは、無理かもしれない。役職も違うし、一年もこのゲームにおいては経験差がある。でも、もう少し強くなって出来ることを増やせば―――。
*
ギルド内は、相変わらずの賑わいを見せていた。僕たちがやってきたことに気がついたハツサが、席を立って手を振ってくる。僕たちは、ハツサのテーブルに近づいた。
「やっほ!久しぶりだね!」ととても元気な様子のハツサに挨拶をして、同じテーブルに着かせてもらう。
「突然で悪いんだけど、一緒にクエスト受けない?」
話を聞いていると、ハツサは僕たちと一度クエストを受けて以来、なかなか他のクエストに参加できずにいたそうだ。なんでも、結構強いモンスターや、大人数で挑まねばならないくらいモンスターの数が多かったそうだ。さっきとは一転して、落ち込んでいる様子のハツサに、どのクエストを受けようと思っているのか尋ねると、すぐに依頼書を見せてくれた。
「なになに?『助けてください。大きな鳥が、畑を荒らすのです。農作物が荒らされ……』とな。ふむ。なるほど!取り敢えずは、俺を呼んでいる文面だな」
タクの超解釈には、本当にうんざりするばかりだが、鳥か……。ドラゴン退治やアンデッドの殲滅といった難しいクエストの中に紛れていたのを、偶然にも発掘できたのだと、ハツサは嬉しそうに笑った。
「ナツ。俺は行くぜ、このクエスト」
少しの間、ハツサと話をしていたタクが、僕に向き直って言う。さっきとは違って、真面目な口調だ。
「お前は、どうする?」
「僕は―――」
ゲームを始めて、既に二週間。僕がしたことといえば、立って 死んで、そして死ぬことのない依頼をこなしただけ。このクエストが、何かを変えてくれるかもしれない。何かが勝手に変わるのではなく、自分で何かを変えるのだといったのは、タクの尊敬するローリーとやらだったか。
「受けるよ、このクエスト」
僕のこの決断で、何かを変えることが出来ると信じて―――。
応援したくなるクラ○系主人公