4.最近のNPCが進化しすぎて怖い
とりあえず着る服を無事にゲットした僕たちは、アエラの首都であるテラというところに来ていた。なんでも、そこにある役所で住民票のようなものを作らなければならないらしい。
役所の中は多くの人で溢れかえっていた。リアルが長期休暇中ということもあって、住民登録は勿論のこと、様々な相談にやってきているものもいるようだ。列にきちんと並ぶ奴もいれば 割り込む奴もいて、役所内はかなり騒がしかった。
「おい、お前さん。テラは初めてか?」
割り込むことなく列に大人しく並ぶことにした僕とタクは、突然後ろから声をかけられて少し驚いてしまう。後ろを振り向くと、見覚えのない人だった。少なくとも、知り合いではない。
「ああ。僕は初めてだが、こいつは違うな。タク、お前いつからこのゲームやってたっけ?」
「えっと、1年前くらいからかな」
そんな話をしている間にも、列は少しずつ前へ進む。
「俺も丁度そのくらいに このテラに越してきたんだが、ここはなかなかにいい所だなあ。前はもっと小さな所に住んでいたからな。あの長閑さも、少し恋しくはあるんだが」
列の後ろに並んでいた人の話を頷きながら聞いていると、タクが小脇で僕を突いてきた。
「なんだよ」
「ナツ、分かってるのか?こいつ、NPCだぞ」
NPC……?こんなに会話が成立しているのに?訝しく思って、話しかけてきた人をもう一度眺める。外見的にも人間と変わりないくらいの出来だ。動きも悪くない。
「おい、気づいてなかったのか?」と、さっきまで話していた相手が、僕に尋ねてきた。
自分がNPCだと理解しているNPC……。底知れぬ恐怖を感じずにはいられなかった。このまま談笑など、とても出来そうにない。そう思っていたときに、丁度前にいた人が全てはけた。
「ナツ、俺たちの番だぜ」
僕はNPCに軽く別れの挨拶をし、住民登録のために前に進んだ。
*
「こんにちは!ようこそ、テラへ。住民登録ですか?」
カウンターを挟んで、女性が微笑む。肩の辺りまで伸ばした黒髪が、身体の動きに合わせて軽やかに揺れた。目は大きく、光の具合によって微かに色が変わる。
「あと、ロール登録も」と、女性の言葉にタクが付け加えた。
「承知いたしました。では、お名前をどうぞ」と、再び女性が微笑んだ。
「おい、ナツ。お前が答えるんだよ」とタクに言われて、意識を女性からはずして 受け答えに集中する。
「えっと、名前はナツです」
「ナツ様。では、どのロールをご希望ですか?」
ロール。ロールって、なんだ?
「ああ、悪いな。説明してなかったかも」と、タクが申し訳なさそうに笑った。「どうせだから、綺麗なお姉さんに説明してもらえよ」
僕が待ったと言う前に、目の前の女性の説明が始まった。
「承りました。ロールというのは、戦闘においての職業のようなものです。アエラでは、ウォーリアと呼ばれる耐久力の高い戦闘要員、メイジという魔法を主とする要員、ヒーラーという回復特化型の要員、そして、サマナーという特別なロールがあります」
一息ついて、何か質問はありますかと、女性が聞いてくる。今の所はないと言うと、よろしいと頷いた。
「現在は、サマナーの募集は行われていません。サマナーはショウタイムというイベントのときのみの募集になります。ですので、ウォーリア、メイジ、ヒーラーの三つから選んでいただくことになります」
かなり親切な説明に、僕は感動さえ覚えた。なにせ、タクは感覚型ゲーマーで、説明書を読まないタイプということもあって、かなり雑な説明をしてくれる。その点、この女性は役所仕事をしているだけあって、かなり詳細に説明してくれた。ありがたい以外の言葉が出ない。
「うーん。その三つからだったら、ウォーリアかな。タクは何にしているんだ?」
「俺?俺はメイジだぜ」
なるほど、魔法を使いたかったのだろう。まあ、役割が被らないのならば丁度いい。初めは別行動をと思っていたが、ここまで来たら色々と教えてもらおうじゃないか。
「では、ナツ様。ウォーリアで登録させていただきました。ウォーリア専用の服をご用意いたしますので、あちらでお待ちください。それと、ロールはいつでも変更できますので、その際は是非またいらっしゃって下さいね」
女性はそう言って、手を振った。
「ほら、行くぞ。ナツ」
タクに声をかけられて、再び意識を戻す。そのままタクにつれられて、別の窓口で制服を受け取った。
*
役所を出ると、すっかり日が暮れていた。
「あの女の人、すごく美人だったな」
僕は、ついさっきまで話していた女性を思い起こして、誰にというわけもなく呟いた。
「お前、やっぱり分かってなかったのか」と、僕の呟きを聞いたタクが声をかける。
「さっきの女の人、NPCだぞ?」
お父さん、お母さん。僕は人間不信になってしまいそうです。
初恋とは儚いものなのです……