30.また、会えると思う?
僕は、自分の耳を疑った。僕は、アイリスを守れなかったということか―――。
「本当にごめんなさい。気づいたときには撃たれていて……」
アイリスは、こんなときでも笑う。
「もう、お別れですかね。あの時、探してくれて嬉しかったです。私が突き放しても、探してくれて」
―――やめてくれ。そんなこと言わないでくれ。
「本当にびっくりしちゃいました。どれだけ逃げても、追いかけてくるんですから」
アイリスの身体が、赤い光に包まれる。そして、何発も銃弾を撃ち込まれた僕の身体も―――。
「ナツさん、私たちって結構頑張ったと思いませんか?」
絶望しかけている僕に、アイリスが突然そんなことを言い始めた。
「ナツさんは人型モンスターも倒せるようになって、それに こんなイベントにも私のために参加してくれて。あまりこういうこと言うのも何なんですが、戦うナツさんはとても格好良かったです」
―――それは、全部アイリスのためだ。僕自身も驚いたくらいで……だって、まさかあんなに人を抵抗感なく斬るだなんて、普段の僕ではありえない。あの時は、ただ必死だっただけだ。
「最後も、私のために戦ってくれて……ああ、でも、あれはダメです!ちゃんと自分の身体を大切にしないと」
アイリスの身体は、みるみる淡い光に包まれていく。
「あと、言わないといけないことありましたっけ?ちょっと待ってください。今思い出すので」
僕は何も言えなかった。もう、何も声に出ない。自分も消えかけているというのに、そんなことに構う余裕も無かった。
「ああ、思い出しました。一つお願いがあるんでした、ナツさんに」
アイリスの願い。これが、最期のお願いかもしれない。アイリスがまたこのゲームにログインできるという保障は、どこにもないのだから。
「ナツさん、私にキスしてくれませんか?」
*
時が止まった。僕の思考は完全に停止した。こういっては何だが、彼女いない歴イコール年齢の僕には、その「お願い」はエベレスト並みのハードルの高さだ。
「ハツサさんが、教えてくれました。仲のよい男女は、別れ際にキスをするのだ、と」
ハツサ……何を教えているんだ、お前は……。
「だから、どうぞお願いします」
未知の世界に心を躍らせている所申し訳ないのだが、僕は本当にそんなこと……しかし、「さあ!さあ!」と期待のまなざしを向けるアイリスを見ていると、しない訳にはいかないだろうという気になる。
*
漫画で見たようなロマンチックさも、小説で呼んだような耽美さもない。そんなキスをした。なんだか気の抜けるようなものだったけれど、実に僕たちらしいんじゃないかな。
すれ違いもあったし、言い合うこともあった。沢山のものを一緒に見たし、いろいろな人に出会った。笑い合うこともあったし、一緒に喜ぶこともあった。ちぐはぐで、いつも上手くいったわけではない。そんな僕たちらしいキスだった。
*
僕とアイリスは、もう一度笑いあった。少しの恥ずかしさを、噛み締めるように。
僕たちの身体は、みるみるその色を失っていく。最期に僕は、一つアイリスに質問をした。
「また、会えると思う?」
アイリスはその質問に、何を言っているのかというような顔をし、そして微笑んだ。
「勿論ですよ。ただ中身は中年男性かもしれませんので、その点に関しての保障はしませんけどね」
*
辺り一帯を眩い光が包み込む。その光に包まれて、僕とアイリスは粒になり、あの赤い月へと上っていった。
もうすぐ完結です。別に鬱にしたいわけじゃないんだ。そうなるだけで。そうなるだけで。(大切なことなので二度ry)




