27.この戦いが終わったら
翌日ログインすると、ギルドメンバーが何やら慌しく準備を始めていた。何が起きているのかと尋ねると、なにやらオムニス内のイベントがあるということらしい。聞いてないぞ……。と、そこで通りがかったタクをつかまえて、話を聞くことにした。
このイベントは、ショウタイムと呼ばれているらしく、簡単に言うとアエラとイーオンの戦争イベントだそうだ。オムニス全域でダメージ判定がオンになり、アクティブプレイヤーの七割がログアウトした場合に終了する。このログアウトは、自主的にしても良いし、戦闘不能によって強制的にでも同じようにカウントされるのだ、とタクは言った。
ということは、イベント開始前にログアウトしておけば、このイベントには参加しなくてもいいということだろうか。しかし、アイリスがいる。アイリスは自主的にログアウトすることが出来ない。戦闘不能に追い込まれない限りは、このゲームを止めることが出来ないのだ。
僕に選択肢など残されていなかった。アイリスを守って、そしてこのイベントに完全勝利する。また皆で楽しい時間を過ごすために。僕も、イベントに向けて準備をするギルドメンバーに加わった。
*
月が赤く染まり始めた。開戦が近い。ウォーリアである僕とアイリスは最前線に位置している。メイジであるタクはその後ろで、ヒーラーのハツサは最後列だ。別のギルドのメンバーも多数集まっており、共同戦線を張ろうということらしい。
手に持っている剣を握りなおす。隣にいるアイリスをちらりと見遣ると、少し怯えたような顔をしているのが分かった。
「大丈夫。きっと守るから」
僕はアイリスに笑いかけた。いや、本当はアイリスに向けて言ったのではない。僕のために、僕自身に言い聞かせるために、言ったのだろう。
僕たちは最前線にいるのだ。言葉で「大丈夫」だなんて言っても、そんな保障はどこにもない。一番危険な場所に、僕たちはいる。でも、そう言わずにはいられなかった。アイリスをここで失えば、もう二度と会えないかもしれない。アイリスは、もう一度ログインすることなんてできないかもしれないのだ。
アイリスは、そんな僕の言葉を聞いて笑った。
「ナツさんは、準ヘタレじゃないですか。最近人型モンスターを倒せるようになったんですよ。今回の敵は、モンスターじゃないんです。人なんですよ。大丈夫だなんて言って、本当は大丈夫じゃないくせに。嘘つき」
確かに、僕は沢山死んだ。痛覚カットも、現時点で完璧なものではない。痛いのは嫌だし、何よりも怖い。その痛みを、そしてその苦しみを知っている僕だからこそ、人を倒すというのには抵抗を感じていた。いや、今でも それは変わっていない。それでも―――。
「それでも、君を守りたい。なんて言ったら、ちょっとくさいかな?」
少しぼかしてしまうのは、僕が臆病だから。やっぱり、色々考えてしまうから。
「お馬鹿さんですね。その嘘くさい笑顔も、さっさとしまってください。こういうのを、皆さんの間では『ダサい』って言うんですよね?」と、アイリスは鼻を鳴らした。
なかなかに酷い物言いだ。もう僕のライフはゼロだ……。そんな僕をよそ目に、アイリスは続ける。
「第一、大人しく守られているなんて、私がすると思いますか?守られるためにここにいるわけじゃないんです。私だって、一緒に戦いますよ」
アイリスが、今までで一番の笑顔を僕に向ける。僕もその言葉に笑い返した。今度こそ、本当の笑顔で。
彼女は、誰よりも強い女の子に違いないと僕は確信した。そんなこと言ったら、彼女はきっとまた、「中身は中年男性かもしれませんよ?」と言って、挑発的に笑うのだろう。
「この戦いが終わったら、言いたいことがあるんだ」と僕が言うと、アイリスは「それは楽しみですね。準ヘタレのナツさんでも、ちゃんと言えるでしょうか?」と返した。僕たちの間の約束だ。
空を見上げると、月が完全に赤く染まっているのが見えた。僕たちは顔を見合わせて、頷いた。
さあ、開戦だ。
お熱いですね。クラ○のくせに……そこを譲れ……(念)




