2.史上最長記録ですが、何か?
焦る気持ちを飲み込んで、僕はせめて近くの様子だけでも把握しておこうと、首だけを動かしてみる。すると、僕の周りに何人かの人が這い蹲っているのが見えた。成る程、皆も立ち上がることも出来ない、というわけらしい。少し遠くには、僕たちを囲むようにして冷やかしか応援かもよく分からないような連中が大勢 たむろしている。
その後も、何度か挑戦してみるが、その頑張りさえも空しく、一瞬起き上がった体も地面へとすぐに引き戻されてしまった。磁石でも張り付いているんじゃないか、と疑うレベルだ。体にS極で、床にN極って感じでな。
こうなれば、この場で転がったまま 何か情報を集めるしかない。もしかすると、立ち上がるコツなんてものを誰かが教えてくれているかもしれない。そう考えて少し聞き耳を立てていると、どうやら殆どの初心者プレイヤーは立つことさえ出来ず、立ち上がるまでにかなりの時間が掛かるのだと話す声が聞こえてきた。
おい、友人A……。お前、楽勝だよこんなのとか言ってなかったか……。確かに、このゲームのアカウントを取ると最終的に決めたのは、僕だ。お前に責任はないだろう。なにせ、僕をこのゲームに誘っただけなのだから。それに異論はない。しかし、だ。一言だけ言わせて欲しい。
何だこれは。
そもそも立てないゲームだなんて、聞いてねえぞ……。せめて、最初は大変かもしれないくらいのことは教えておいてほしかった。これは、ゲームに誘ってきた友人Aを羽交い絞めにした程度では足りないな……。
そんな恨み言を呟いていると、誰かが僕の背中を踏んで歩いて行く。予期せぬ衝撃に、声が裏返って変な悲鳴が出てしまった。その直後、次はさっきよりも軽い奴が、僕の背中を踏みつける。これは……早く立ち上がらないと、ゲーム開始前から僕のライフがゼロになるのでは……。
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そんなこんなで、今日で一週間。僕はなんとか立ち上がることに成功した。
ずっと僕を見ていた奴に、ここまで立てなかったのはお前で初めてだとか、史上最長記録だ何だと騒がれながら、僕はついに立ちあがることに成功した。ハイタッチしてくる奴もいるし、泣きながら抱きついてくる奴もいるし……。やれやれだ、全く。
そして、やっとの思いで スタート地点の建物から外に出た僕は、僕をゲームに誘った友人Aこと、タクに出会うことになるわけだ。
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「まあ、そうカッカすんなって。お前は色々考えすぎなんだよ。あれって思考を整理しないと立てないんだぜ」
僕の苦労話をきちんと聞いていたのかも分からないタクが、僕に笑いながらそう言った。だからそれを早く教えろって話だよ、と話しながら、先導するタクに従って移動する。
「それに、お前がさっきまでいた場所では体力が削れることはない。安心しろ」
タクが、それにな と続ける。
「俺の尊敬するローリー・レイエスはこう言ったぜ。『自分で発見したことだけが、俺の人生において最大の意味を成した』ってな」
「またローリーか。そして、相変わらずお前の言いたいことは何一つ分からん」
タクは、そのローリーとやらを かなり気に入っているらしく、事あるごとにその人の名言を引用する。しかし、大抵は話に関係のないことだったり、かなり超解釈を加えた内容のものだったりするので、タクの説明なしでは 意味の分からないことが多い。ローリーとかいう人の名言そのものが分かりにくいというよりは、単純に、タクの名言のチョイスが悪いだけかもしれない。
「つまり、だ。お前が一生懸命頑張ったことは、お前の人生において一生役立つってことだよ、ナツ」
僕が一生懸命頑張ったことって、お前……「絶対、僕のこと見ていただろう?それも一部始終」
タクは何のことやら、と言うふうに肩をすくめた。しかし、肩だけすくめても、上がり切っている口角が隠せてない。やるなら、ちゃんと誤魔化せよ……。
「いや、面白くてついつい……。悪かったな。でも、良かったじゃないか。おめでとう、史上最長記録君」
もうそのネタはやめろって、と笑いあいながらも、僕たちは歩き続けていた。さっきから、かなり歩いているような気がする。僕としては、歩くのは一向に構わないのだが、一つだけ聞かせてほしい。
「僕たちはどこに向かっているんだ?」
クラ○系主人公。やっと立てたね!