18.我々には、彼女がどちらかの区別がつかなかった
「そんなこといって、その痛み自体が もしかしたらお前さんの幻覚かもしれないがね」
それは、どういうことだ?という僕の疑問に答えるように、長老が続けて説明してくれる。
「注射を想像すれば分かりやすいかもしれない。注射の実際の痛さは、ボールペンで皮膚に絵を描くくらいのものなんだそうだ。しかし、痛いと思うだろう?あれは、注射は痛いという意識が根付いているからだ」
幻覚という線もあるのか……。しかし、あの痛みは 幻覚の一言では片付けられない、確かなものだったように思う。あの時、突然目が痛くなって―――気がついたら、ペナルティでログインできなくなっていた。死んでいたわけだ。
「目が痛くなったとな。お前さん、その前に何かモンスターと戦闘になったかね?」
そうだ。目が痛くなる前日、僕はクエストでモンスターと戦っていた。
「それだな。体液でも目に入ったのだろう。あれはじわじわと体力を削る上に、早く気がつかないと死んでしまうからな。」
体液、か。確かに、あの時目に入っていたように思う。僕が納得したと言うふうに頷くと、長老が、「以上かな、ではそろそろお開きにしようか」とメンバーに呼びかけた。その呼びかけに応じるように、座っていた人が立ちあがって家に帰り始める。
酒場には、僕とアイリス、そして長老が残った。人が減って寂しくなった酒場には、店員の後片付けの音だけが響く。
「今日はなかなかに面白い議論ができた。最近はバグも改善されていて、なかなか白熱できるようなことがないのだ。有意義な時間を過ごせたぞ、礼を言おう」
僕が これからどうしたものかと思案していると、長老に握手を求められた。僕も「助かった」と礼を言い、握手に応じる。
「また、面白いものが見つかったら教えてくれ。この酒場で、この曜日に、そしてこの時間に。いつでも我々は多くの謎を待っている」
*
長老は、笑顔で僕たちを送り出してくれた。外は真っ暗で、人通りも疎らだ。これからどうしようか。取り敢えずは、昨日泊まった所にでも戻ろうか、と考えているときだった。
「ああ、待ってくれ!」と後ろから、さっき分かれた長老が声をかけてきた。長老のもとへ近づいた僕が話を聞こうとすると、「ちょっと耳を貸せ」と言われる。アイリスに聞かれては不都合なことでもあるのだろうか。ここで時間を食っても仕方がないので、長老の言うとおりに少しかがんで 耳元に口を寄せた。
「お前さんの彼女、あれは何だね。我々はNPCと人間の見分け方についても、いろいろと議論を進めているのだが、彼女はどっちだね。我々のNPC破りでは、見破れなかったんだが」
なんだ、そんなことか。えらく研究熱心な爺さんたちだ。
「彼女はプレイヤーだよ、NPCではない」
僕の答えは一つだ。何のことはない。真実を話すまでだ。
「なるほど。我々の技術と洞察力では、まだまだ事足りないと言うわけか。研究が足りんな」と、ぶつぶつ独り言を言う長老に、適当に挨拶をして僕たちはその場を後にした。
*
「さっきの内緒話。何だったんですか?」
帰り道の途中で、アイリスが僕に尋ねてきた。
「ああ、あの爺さん、すごく馬鹿らしい質問をしてきてさ」と僕は答える。
「アイリスがNPCなのか人間なのかを、僕に聞いてきたんだ」
今思い返しても、なかなかに馬鹿らしい質問だ。最高に面白い質問だよな、と僕がアイリスに笑いかけると、アイリスも「はい、とても面白い問いかけですね」と笑った。
僕は、アイリスと共に 昨日泊まった宿屋へと歩く。今日も部屋が空いているといいのだが、そんなことを思いながら。
朝起きたら隣で可愛い女の子が寝ているとか、最高のシチュエーションじゃないか?起こしてもらうのもいいけど、起こすのもいいし、同時に起きるのもいい。選べんな。一日に三回寝る必要がry