15.定例会を始めるっ!
睡眠がどういう感じか分からないって、どういうことだ……?意味がわからないと言う顔をしていると、アイリスは「ああ、違うんです」と慌てて首を横に振った。
そして、「そんな深刻なものではなくて、なんといいますか。睡眠障害と言うんですかね。上手く眠れないんですよ」と言って笑った。
睡眠障害。僕はばっちり安眠派なので分からないが、その苦しみは相当なものだろう。
「だから、上手く眠れない私よりも、ちゃんと身体を休められるナツさんがベッドを使ってください」
そこを譲る気はないのか……。仕方がない。
「じゃあ、僕は端のほうで寝ておくし、すぐにログアウトすると思う。だから、アイリスも眠くなったら寝てくれ。幸いこの宿のベッドは広い」
寝転がりながら、僕はぽつぽつとアイリスに話しかける。アイリスの「分かりました。では、また明日」と言う声を最後に、僕は深い眠りについた。
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ログインすると、昨日眠った体勢のままだった。隣を横目で確認すると、予想通りアイリスはいなかった。身体を起こすと、椅子に座ってぼうっとしている姿が目に入る。少しの間アイリスと眺めていると、こちらに気がついたアイリスが、僕に笑いかけた。
「おはようございます。と言っても、もうそんな時間ではないでしょうか」
確かに、今日は平日だったから学校もあったし、もう時計の針も大分進んでいる。アイリスは、僕より早く起きていたということだろうか。だとしたら、少し申し訳ない気分になる。
「今日は、昨日話していた酒場に向かうんですよね?」と、アイリスは続けて僕に問いかけた。
「そうだな。話にあった時間に間に合うように行こうか。少し何か食べていくか?」
僕がそう尋ねると、アイリスは「そうですね……」と少し悩んだ後、「いえ、酒場で何も頼まないとあっては、そちらのほうが粋ではないと思いませんか?」と聞いてきた。
なるほど。確かに、ここで何か食事をしてお金を使うよりは、酒場でお金を使うほうが合理的かもしれない。ただその場にいさせてもらうというのは、都合のいい話でしかない。何か注文しなければ、それこそ無粋というやつだ。
二人で話し合った結果、もう少しこの場に留まって、それから酒場へ向かうことに決定した。
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どこの酒場も、賑わいの度合いは変わらないものだ。喧しいとか煩いとか、そういう類のものではない賑やかさがある。
「いらっしゃい!」
声をかけてきた人を確認すると、勿論のことだが、僕の加入しているギルドとは違う女の子が迎えてくれた。
「適当に座ってー!そして、適当に何か注文してー!」
酒場の方針が迷子のように思うが、賑わい方を見る限りではそういうところもこの酒場の人気の秘訣なのだろう。予定していた時刻よりも早くついてしまった僕たちは、いくつか食べられるものを注文して探し人が現れるのを待った。
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暫く経つと、酒場内の人が疎らになってきた。もしかして、もう閉店か……?この酒場は確かに夜勤のNPCが勤務する規模ではないかもしれないな。どこの店でも、24時間開いているわけではない。NPCも、プレイヤー同様に睡眠をとるからだ。しかし、それにしても早すぎはしないか。まだ深夜と言うわけでもない。
少し気になった僕は、テーブルの片付けに邁進する女の子を呼び止めて この現象の理由を尋ねた。
「ああ、あんたらも外に出るなら出たほうがいい。なにせ、今からはまた違う賑やかさになる」
「ということは、別にここに留まっても問題はないということか?」と僕が尋ねると、女の子は「あんたたちもそっちの人か……。まあ、いいならいいんだ」と留まることを許可してくれた。
客が皆出て行ってしまうほど強烈な人だということだろうか。なんだか不安になってきたぞ……。そんなことを考えていると、酒場に入ってくる者たちがいた。
一人、二人と入ってきて、最終的には20人ほどが酒場の席を埋め尽くした。そして、近くに座った人と談笑しているだけのようだ。
僕とアイリスは目を見合わせた。見た目はごくごく普通。話の内容も、今日の天気だとか物価がどうだとか、そういう一般的なものだ。特に変わったところもない、普通の客に見えるが……。と、その時 座っていた人のうちの一人が、突然立ち上がって宣言した。
「では、これから定例会を始めるっ!各々、自分の成果を発表するように!」