12.このおっさんが女神ポジションだなんて、信じたくないし信じない
デスペナ三回目を経て。
目を開けると、そこは床だった。何の変哲も無い床が、僕の頬の熱を奪うだけだ。両手をついて起き上がると、ゲームを始めた頃の僕を彷彿とさせる光景が目に映った。床をのた打ち回る人たちの固まりだ。
その初心者たちに心からの応援の言葉を呟きながら、床に転がる人を踏まないように飛び越える。初心者を敢えて踏んでいく鬼畜な奴もいるが、あれは身体的なダメージこそ受けないものの、精神的にはかなりの大打撃だ。焦って余計に立てなくなってしまうということを、僕はなによりも身をもって知っているからな。踏んで行ってやろうという気には、到底なれない。
*
「お前さん、また来たのか?」
初心者を見物しに来ている人の中をくぐりながら 神殿の出口の方へ向かっていると、突然声を掛けられた。誰かと思い、その声の人物を確認すると、他の見物客と同じように初心者をからかう為に この太陽の神殿にずっと居座っているおっさんだった。
このおっさんは、ゲームを始めてから一週間 ずっと僕をからかい続けていた奴であり、僕がやっと立てたことを一番喜んでいた奴でもある。その時以来、僕の姿を見つけてはこうして話しかけてくる、というわけだ。
「僕だって、ここに来たくて来ているわけじゃない」と、僕はおっさんに
軽口まで叩けるようになったのも、おっさんがずっとここにいて、さらに僕が何度も死んでここに舞い戻ってくるからこそだ。実際には、ここに来たのはこれで三度目なので、そんな回数では覚えられるはずがないと思うかもしれないが、如何せん 期間が短すぎた。
ゲームを始めて、今日で丁度三週間。一週目はずっとこの神殿にいたし、それ以外で考えても一週間に一度はこの太陽の神殿に出戻っているという計算になる。これでは顔を覚えられていても、仕方がないかもしれないな。
「それで?今回の死因は何だったんだよ。どうせ また阿呆なことでもしでかしたんだろう?」と、おっさんがニヤニヤと笑いながら尋ねてくる。
このおっさんの中では、僕は全く立てなかった印象がかなり強いようだ。まだ死んだのは二回目だというのに、「『また』阿呆なことをしたのか」などと言ってくることから、明らかだ。
「うるせえよ」と笑いながら、今回は自分がなぜ死んだのか分からないと言う旨を伝えた。すると、おっさんは「そんなこともあるんだな」と少し驚いたように言った。
それにしても、本当に理由が分からない。ギルドメンバーと話していたら、突然目が痛くなって……。周りにいた人が回復魔法もかけてくれていたような気がするが、間に合わなかったようだ。そうおっさんに伝えると、それはおかしいと指摘された。
「お前さんよ、このゲームでは基本的に痛覚のフィードバックはないはずだぞ」
痛覚のフィードバックがない?それはつまり、痛みを完全に感じないということか……?しかし、あの時 確かに僕は痛みを感じた。しかし、痛みの概念がこのゲームにはないということを考えると、死ぬ間際に見たタクとギルドメンバーの顔にも説明がつく。
ということは、僕だけが痛みを感じている―――?このゲームの中で、唯一僕だけが―――?
「おっさん、僕以外にそういう奴はいないのか?何かあれば痛そうにしている人」
「痛そうにしている人って言ってもなあ。お前さんは、アエラ側の人間だっけか?」
おっさんの問いに僕が頷くと、「そうか……」となんともいえない呟きが漏れた。
「お前がアエラじゃなくて イーオン側の人間だったら、多少は情報が得られただろうがな……。もしかしたら、システムの障害かもしれないし、お前の使っている機材の問題かもしれない」と、おっさんが続けた。
なるほど。機材、か。イーオンはSF的な世界だったか?そうなれば、確かに アエラよりは機械系に精通している者は多いだろう。というよりは、機械に精通している者ほど、イーオンのほうに流れてしまうという言い方が正しいのかもしれないが。
「しかし、アエラにも機械に詳しい奴がいるかもしれないからな。アエラでそういう奴が見つかるのならば、それに越したことはない」
おっさんのかなり消極的な言い方に違和感を覚えて、僕はその真意を尋ねた。
「ああ、なんて言えばいいか。アエラとイーオンって、基本的にあまり仲がよろしくないわけだ。イベントやら何やらで、戦う機会も多くてな。だから、お互いの世界に違う世界の人間がいると 格好が違って悪目立ちしてしまう上に、あまり良い顔はされないな」
この世に世界が二つしかなかったら、争い合うのが宿命なのだろうか。たった二つしかないのだ。仲良くすればいいものを。しかし、今はそんなことをグダグダと考えていても仕方がない。取り敢えず、機械に詳しそうな人をなんとか探し出さして、どういうことなのかを聞いてみなくては。
「じゃあ、取り敢えずはアエラで情報収集だな。おっさん、サンキューな」
僕がお礼を言うと、おっさんは「もう死ぬんじゃねえぞ!」と僕を笑顔で送り出してくれる。それに「うるせえよ!」と笑顔で返して、僕は神殿を後にした。
*
僕は再びアエラに向かって歩き始める。三週間前に、タクと歩いた道だ。あの時と同じ風景を辿っていく。それだけのはずだった。
しかし、今日だけは違った。いつもの風景にはなかったものが転がっていた。いや、転がっていたというよりは、倒れていたという表現が正しいだろう。
前だけを見て歩いていた僕は、躓いてから やっとその存在に気がついた。そして、僕はその物体の正体を確認して驚くことになる。
そこに倒れていたのは、布切れ一枚だけを身にまとった一人の女の子だったのだから。
クラ○にも、そろそろヒロインが必要だよね。