11.遠足って、家に帰りつくまでが遠足なんだぜ
「いらっしゃい!」
ギルドメンバーの集まる酒場。今日も女性店員が僕たちを迎え入れてくれた。いつも同じ笑顔と同じやり取りであるとはいえ、やはり明るく迎えられると嬉しいものだ。店の中を見渡すと、これまたいつも通り 楽しそうに話しているメンバーの姿が目に入った。今日もこの店は大盛況と言ったところか。
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「ナツ!こっちだ!」
僕は店内を見渡すのをやめて、呼びかけてきた奴のほうを注視する。すると、タクが立って 大きく手を振っているのが見えた。そして、その隣にはタクと対照的に ハツサが座ったままで恥ずかしそうに手を振っていた。
「タク、やめろよ。そんなに手を振らなくても、ちゃんと分かるって。それに、ハツサが恥ずかしそうだ」と言いながら、僕は二人の座るテーブルに近づく。すると、「それは俺たちが通じ合ってるってことか?照れるなあ、相棒」とタクが、都合のいいところだけを上手く解釈してきた。その後ろが大切なんだよ、ハツサが恥ずかしそうだから本当にやめてやれ。
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他愛の無い会話を続け、ある程度店の売り上げに貢献した所で、タクがふっと真面目な顔になった。
「さて、昨日俺たちが受けたクエストのことだが」
ハツサが隣で息を呑むのが分かった。僕も思わず緊張してしまう。酒場の空気も変わった。話し声が一切聴こえなくなり、皆がタクの言葉の続きを待っている。
「お疲れ様!報酬の山分けだ!」というタクの言葉を聞くや否や、酒場が賑わいを取り戻す。僕たちへ向けての祝福の言葉が次々とかけられ、頭からは酒がかけられる。「やめろって」と笑いながら、僕はタクの次の言葉を待った。
「今回の一番の功労者はナツ!お前だ!」
全てが救われた気がした。諦めなくてよかった。もう一度立ち上がって、戦おうとしてよかった。クエストを受けてみようと思ってよかった。タクとハツサに、今までのお礼と これからもよろしくという旨の言葉を伝える。
さらに嬉しいことに、どうやら活躍した者には報酬を上乗せしてくれるらしく、タクやハツサよりも僅かに上乗せされた報酬を得ることが出来た。とはいえ、やはり僕一人では倒せなかった敵だろう。僕は、タクとハツサにもう一度心の中でお礼を言った。
その後は、「お前、本当に立つのに一週間もかかったのかよ?」と驚いたり、もう一度「おめでとう」と言って喜んでくれたりする ギルドメンバーの対応に追われた。質問には丁寧に答え、祝福には礼をして、時にはふざけて、時には一緒に笑いあった。
それにしても、僕のクエスト成功を心から喜んでくれる他者が居るというのは、なかなか嬉しいものだ。一人用のゲームとは全く違う。オンラインゲームだからこそ、周りの人と共有できる喜びがある。一緒に笑ってくれる仲間がいるのだ。
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かなり遅くまで、初成功祝いと称された会は続き、そろそろお開きにしようかという頃だった。何かがおかしい。僕は、自分の目に微かにではあるが、異変を感じた。視界が悪いというか、なんだか物がぼやけて見える気がする。そして、目にチクチクと刺すような痛みがあるようだ。
「おい、どうしたんだよ」と周りにいたギルドメンバーの一人が、目を手で押さえる僕を心配しているのが分かった。
「いや、なんてことは無い。少し目が痛くて。何かごみでも入ったかな」と僕が返事をすると、そいつが「そんなわけねえだろ。ここはゲームの中だぜ。ごみなんて浮遊しているわけが無いに決まってるだろう?」と反論した。
「ごみが浮かんでいることなど無い」……?それもそうか。では、この痛みはなんだ?さっきよりも明らかに鋭くなっている、この刺すような痛み。ごみではないとしたら、これは―――?
「ナツ、どうしたんだよ?」と僕の異変に気がついたタクが、僕に駆け寄ってきた。酒場に残っている数少ないメンバーが、なんだなんだと騒ぎ始める。
「ああ、少し目が痛くてな」と笑う間にも、ますます痛みは増してきていた。
「大丈夫なのかよ!?ハツサももうログアウトしちまったし、俺には原因も分からないしな……」と頭を悩ませているタクに、本当に大丈夫だからと念を押す。
と、その時だった。今までの刺すような痛みとは異なり、目を抉られているかのような痛みが僕を襲った。なんとも名状しがたい叫び声が、僕の口から漏れる。そして、そのまま酒場の床に倒れこみ、のた打ち回った。
回復系の魔法が使える人はいないのかという声や、どうなっているんだとうろたえる声が聞こえる。何が起きたのか分からないというような顔のタクと、僕を囲んで焦りを見せるギルドメンバーの顔を最後に、ただただ暗闇が視界を覆った。
『遠足って、家に帰りつくまでが遠足なんだぜ』
意味:教師が大好きな言葉。生徒に向かって頻繁に使用する。どう考えても何か起こせよ、というフラグにしか思えない。
類義語:社会見学って、家に帰りつくまでが社会見学なんだぜ。修学旅行って、家に帰りつくま(以下略)