10.何もしないで死ぬよりは、マシな気持ちで終われると思うんだ
主人公が主人公してる。クラ○なのに……
「おい、ナツ!諦めんな!」というタクの声に、ナツはハッとした。閉じていた瞼を開く。
このまま、一度攻撃しただけで死んでしまっていいのか。僕は、このクエストで生まれ変わるのではなかったのか。そう自分に問いかける声が、脳内で響いた。
ダメだ。このまま、このまま終わってはいけない。終わっていいはずがない。僕はまだ何も成していない。成し遂げていないではないか。手放していた剣を、もう一度手に取る。まだ諦めちゃダメだ。
「お前には当てねえって、さっき話してただろうが!そのまま攻撃し続けろ!」
そうタクが叫ぶのが、遠くで聞こえた気がした。
*
ナツは、剣を再び振り上げた。
例えここで死んだとしても、少しでも仲間の役に立って死ぬほうがいい。死に、良い死も悪い死も無いかもしれない。それでも何かして死んだほうが、何もしないで死ぬよりは 少しだけマシな気持ちで終われると思うんだ。
振り上げた剣を 勢いよく振り下ろして、標的への攻撃を続ける。ナツはもう、タクの放った魔法の様子を 気にしなくなっていた。敵の攻撃をかわしながら、次の攻撃のことだけを考える。安物の剣では、威力が足りない。数を打ち込まなくては。
そんなことを考えながら動き回っていると、タクの放った水の玉が敵を横殴りにするのが分かった。思わぬ方向からの攻撃に、標的がよろめく。そして、押し殺すような鳴き声が、僅かに紫のくちばしから漏れた。
なるほど、タクは浮遊の魔法を同時にかけていたらしい。だから、僕が避けずとも玉の威力を殺すことなく、思っているところへ魔法を打ち込めたというわけだ。ナツは、頭の片隅で思考しながらも、攻撃の手を休めない。
不利な状況にあると思ったのか、標的は羽を広げて飛び立とうとした。まさか、逃げる気か……?このまま逃がすわけには行かないが、飛び立つ敵を止めることはできない。ナツは、僅かながら焦りを覚えた。
しかし、敵は空へ舞い上がっただけで、逃げていく様子はない。少し上空で ナツたちを見下ろしているようだ。随分となめられたものだ。
と、その時、敵の口から僅かに炎が漏れ出ていることに ハツサが気がついた。
「ヴァーディアナ!」
ハツサが、すかさず唱える。タクもその意図に気がついたように、同じように詠唱した。初級の水系統魔法の二つ目。次は玉ではなく、杖から次々と水が生み出され、そして標的に向かってレーザーのように一直線に伸びていく。止め処なく流れる水。これが当たれば、敵は間違いなく地面に落ちるだろう。
水が、標的へと近づく。しかし、その水も 標的に届く前に 勢いを失った。
飛距離が足りないのだ。
ハツサだけでなく、タクも届かないようだ。ハツサが今までにないほどの焦りを見せているのが、容易に見て取れた。
「プラーヴチ!」
どうしたものかとナツが思案していると、タクが突然魔法を唱えた。これは、浮遊の魔法……?物を運ぶ時に使っていて、さっきも水の玉を操作した、あの魔法だ。
ハツサが意味の分からないというような顔をしている間に、タクが自分の水のレーザーにその魔法を施す。すると、僅かに飛距離が伸びて 標的へと攻撃が届いた。
「ハツサ!お前も早くさっきの魔法を!俺が何とかするから!」
タクの叫びに頷いて、ハツサがもう一度同じ魔法を使う。そして、タクがハツサの魔法に 浮遊の魔法を組み合わせた。
二人の生み出した水の柱が、敵に直撃する。敵は、驚いたように口の中に溜めていた炎を吐き出しながら、再度地面に落下した。吐き出された炎も、ハツサたちの魔法により一気に消し止められる。
地面に落ちてきた標的を、ナツは 力に任せて斬り続けた。芸のないことだが、まだ何のスキルも持っていないのだから仕方がない。
視界の隅で、タクが膝をつくのが、ナツの目に映った。もうマジックポイントが切れたのだろう。中級魔法である浮遊の魔法と他の魔法の併用は、かなりのポイントを消費するようだ。
一方、敵は混乱しているようで、もう一度空へ飛び立とうと羽を広げた。砂埃が視界を覆う。このまま逃げられては、元も子もない。もう少しで、クエスト達成できそうだが、タクはもう魔法を使えない上に、ハツサもあと一度 魔法を使えば限界が来るだろう。僕は、どうすれば―――。ナツは手を休めることなく、再び考え始めた。
*
と、そこで ある考えが ナツの脳内に浮かんだ。
この敵に、弱点はないのだろうか。弱点の無い敵など、いるはずがない。思い出せ。何か……何か今までにおかしな所はなかったか。何か違和感のある行動はなかったか―――。
突然 ナツは、勢いよく空中へと舞い上がる標的の真下を 走リはじめた。
「ナツ!?何してんだよ!」とタクが叫んでいるのがナツには分かったが、砂埃のためにその姿は確認できない。しかし、多少視界が悪くとも、自分の前と後ろくらいは判断できる。
今さっきまで、僕がいた位置から計算すると―――。
ナツは構わずに、ある方向へ向かって走った。
「ハツサ!」と僕は叫ぶと、事態を瞬時に理解した様子で、ハツサが目くらましの魔法を唱える。光が辺りを包み込み、標的が落下した。そう、丁度僕の真後ろに。
ナツとて、何の意味も無く走っていたわけではない。考えてみれば、今回の標的は ナツたちに一度も背中を見せることが無かった。ナツが縦横無尽に動きながら攻撃しても、敵は必ず正面を向いていた。
そこに、タクの魔法攻撃。これが最大のヒントだったように思う。偶然にも横腹辺りに当たった水の玉に、敵は反応をみせまいとしていた。それは、自分の弱点を隠そうとしたからではないのか。
*
敵の背後に回りこんだナツは、敵のいるほうに向き直って 剣で 敵の背中を切りつけた。悲痛な鳴き声がこだまする。
青紫の体液が鮮やかに飛び散り、微かに自身の目に入ったのが分かった。僅かに痛む目から意識を外し、ナツは更に追い討ちをかけるように攻撃する。
標的は、背後の負傷を隠すようにナツに向き直った。そして、最後の力を振り絞って、くちばしで攻撃してくる。
遅い。
瀕死寸前の敵の動きは、ナツの目にはスローモーションのように映った。上手く敵の攻撃をかわしたナツは、もう一度 標的の背後へ回り込み、力の限り剣を振り下ろした。