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第5話 花が綺麗に生けられていた件

「いまさらだけど、いきなり先制攻撃で殴り飛ばすのはまずかったんじゃにゃいか?」

「ふむ、たしかにあまり賢くはなかったかもしれんのう。じゃが、あやつにいじめられていたというお主はあの掌底をどう感じたんじゃ?」

「……正直痛快だったにゃ」

「かかかっ、ならばそれでよかろう。いずれ世界を統べる者が細かいことを気にし過ぎても仕方あるまい。だいたい世界を征服しようという者がわがままでないはずがないじゃろう」

「これまでに色々と悩んだ末に世界を統一しようとした偉人たちを、シーゼルと同じようにわがままで一緒くたにするのはどうかにゃ。いや、まあその体はもう私のじゃないんだから、どう行動しても文句言えないけれど、学校に入った途端に敵をたくさん作ったんじゃないかと心配にゃ」


 肩に乗せている黒猫のぬいぐるみと楽しげに会話しながら歩く女子高生。しかもつい先ほど彼女は学校でも指折りの鼻つまみ者をKOしたばかりだ。これで注目を浴びない方がおかしい。

 シーゼルが靴箱の前に立ち止まっただけで周りにちょっとした人垣ができたが、


「ふむ、同じような棚ばかりじゃな。いったいどこがワシの場所じゃ?」

「あっちにゃ」


 などとおそらく腹話術を使って猫と会話している少女に声をかける勇気のある人物はまだ現れなかった。

 しかも肩の黒猫はぬいぐるみのはずなのに「あっちにゃ」という言葉に合わせて、ひょこっと前足で彼女の靴箱がある方向を指示するのだから「本当にあれはぬいぐるみなのか?」という疑問がその場にいる全員に湧いてしまうのだ。

 そこでついに好奇心に耐えかねた者が出現する。


「あのー、ちょっといいかな?」

「駄目じゃ」

「にゃにかにゃ?」


 勇気を振り絞った男子生徒が話しかけると、二重音声で正反対の答えが返ってきた。

 断ったシーゼルと同意した綾はお互いに視線を交わすと、予想外の返答に動揺している男子生徒にもう一度答えた。


「仕方ないのう」

「ダメみたいにゃ」

「どっちだよ!」


 また逆になった答えについツッコンでしまった彼は悪くない。

 だがついさっき行われた不良相手への光速の先制攻撃を目の当たりにしていた彼は反射的にツッコミを入れた後、自分の口を手で押さえ「しまった」と身を震わせる。

 これからヘビー級の不良を三回転させたあの一撃が自分の身にやってくるのが脳裏にはっきりと予想できてしまったのだ。

 目を固く閉じて歯を食いしばり、「せめて命だけはあるように」と祈る。

 軽い気持ちで声をかけたが、これほど戦力差があるとそれだけでも命懸けになってしまう。声をかける、それだけなのに人食い虎に対して遊び半分で猫じゃらしを振っていたのと変わらない危険な行為だったことにようやく気がついたのだ。

 眉間にしわが寄るほど強く目を閉じ、自分の肩を抱いて歯の根があっていない少年に対してどうするか迷ったのはシーゼルと綾も同じだ。


「こやつなんで立ったまま痙攣しておるんじゃ?」

「たぶんさっきシーゼルが不良を殴り飛ばしたを思い出して震えてるんだろうけど、いくらなんでも怖がりすぎにゃ」

「うむ、だいたいワシがさっきやったのはたかが虫を一匹踏み潰しただけじゃぞ。しかも、殺すどころか怪我一つさえ残さない特別なサービスつきじぞゃ。むしろなんて博愛主義じゃと褒められて然るべきじゃがなぁ」

「あんたが住んでた所はどんな危険地帯だったんにゃ~!」

「あ、あの、忙しそうだからもういいよ。話しかけてごめんなさい」


 二人が言い合いをしてるうちに精神的再建をはたした少年はさっさと戦略的撤退を図る。


「あ、逃げたにゃ」

「ふむ、追いかけるまでもなかろう。じゃが結局なんでワシラに話しかけようとしたのか分からんかったのう」


 黒猫がちょっと面白くなさそうに前足で顔を拭う。今逃げ出した少年は彼女がいじめられている時には目を逸らしていたクラスメイトだと思い出したのだ。

 

「きっと大した用じゃなかったにゃ」

「ふむ、お主が気にならぬならそれでいいが」


 おそらく不良少年を殴り飛ばしたり肩に黒猫をのせたりとインパクトのある出来事がなければ、ずっと彼とは話をする機会はなかっただろう。


「私の場合は話しかけてくれる人はそんなにいなかったからにゃ……」


 この学校にはほんの数人しかいない綾の友人を脳裏に浮かべる。彼女たちに迷惑をかけないように気丈に振る舞っていたけれど、せめて自殺しようとする前には相談するべきだったにゃあと。

 マズイにゃ……だんだん思考までもが猫に近づいていく。引っ張られすぎないように警戒しなければと綾は気を引き締めた。


「まあよかろう。それよりワシが赴くべきクラスはどこじゃ?」

「こっちにゃ」


 将軍が凱旋するように胸を張り、周りでこっそり様子を伺っている生徒たちは眼中にないように悠然と彼女は歩いていく。

 これまでの綾と姿形はそう変わらない。だが今までに比べおそらくは歩幅も相当に伸び、丸まっていた背筋がピンとしているだけで周囲にはまったく違う印象を与えていた。

 スターがパパラッチを引き連れていくように、これまではスクールカースト最下層に押し込められていた少女がちらちら横目で伺っている生徒を従えているような威風堂々とした行進だ。

 ただし先導するのが黒猫のぬいぐるみといういささか可愛らしすぎるものだったが。


  ◇  ◇  ◇


「この教室がわた――シーゼルのクラスにゃ」


 シーゼルは余裕たっぷりに見せながらもさりげなく気配を探りつつここまで歩いていた。

 たとえ魔法使いでも戦場へ出るのなら、周囲に対する警戒技能は必須である。危機に陥れば魔法障壁が自動で張られるからといって油断していいわけがない。綾によるとすでにここはもう「敵地」なのだから。


 ドアを開け――シーゼルが百科事典で目にして、密かに警戒していた黒板拭きが挟まっているという古典的罠はなかった――教室に入る。

 シーゼルが姿を現した瞬間にざわついていた空気が凍った。

 これまでにクラスメイトが子猫と思いいじめていたのが、実は人食い虎だったと判明すればそれは顔色が悪くもなるだろう。

 だがこれまでの習慣はそう簡単になくならない。


 そのせいでシーゼルは綾に質問することなく、以前は綾で現在は自分の席がどこかを発見していた。

 そして唇をわずかにつり上げる。

 助言もされずにどうしてそこが綾の席だと判断したのかは簡単だった。

 隅にある机には床がびしょびしょになるまで水がかけられ、故人を悼むように花瓶に入った花が生けられていたのだから。



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