No.9
「ここにおられたのですね」
目の前に立ちはだかる、高くて、黒くて、恐ろしい壁。
また、私は、息苦しくて、窮屈で、死んでしまいそうな密室空間に閉じ込められる。
「帰りますよ、お嬢様」
__私のまえに立ちはだかった壁は、葉つめ家の執事だった。
藤堂...と言っただろうか。母の直接の付き人として、もう20年は働いている。
「...お母様の命令ですか」
「ええ。ですから、すぐ戻りましょう。心配しておられます」
心配?
なにふざけたこと言ってるの。
あなたが、私を、心配したことがありますか。
「帰りません。私は今日でかけると決めていたのです。私がどこへ行こうと私の勝手でしょう?どうして連れ戻されなければならないのですか?」
「あなたは、葉つめ家の大事なお嬢様です。無断で外へ行っては、危なすぎます。しかも、こんな地面に腰を下ろさなければならないようなところ...」
だめだ、この人にもお金持ちの風習が、私以上にこべりついてる。
何を言っても聞いてもらえない。
「こうやって、階段や地面に座って、何かを口にしたり、お友達とお話したりするのが、普通に生きている方々の楽しみの一つなんです。私は普通に生きたいんです。皆と同じように、こうやって、いろんなところへ行っ__」
「あなたは普通の方々とは違います。憧れるのはおやめになってください」
...どうしてなの。
どうして、どうして私は、普通に憧れてはいけないの。
「どうしても帰らないのならば、力ずくになってしまいます。さぁ、帰りましょう」
藤堂さんは、私の腕に手を伸ばす。
「いやっっ!!!!」
バッと払いのけて、身を縮める。
帰らない、絶対帰らない。
今日は久しぶりの外なの。
絶対、あんなところに帰らない。
「...気は引けますが、仕方ありません。申し訳ございません、私鶴様」
「いやぁっ、!!!あぁ...っ」
藤堂さんの手が私の首に伸びて、直後、酷い激痛に襲われた。
「い...や...」
遠のく意識の中、少し遠くから、叫ぶ声。
「私鶴!!!」
...秋斗。
ねぇ、秋斗。
私は、どうして、お嬢様になんてなってしまったの。
__助けて。