No.6 心の違和感
「そんな、ご主人様のお車でなんて...」
「いいんだ、遠慮しなくて。それに、車のほうが安心だろう?」
「...確かに、そうですが...」
少し遠くから、誰かの会話が聞こえる。
その声に、うっすらと目を開ければ、窓からは明るい光が差していた。
「...寝てたんだ」
ボソッとつぶやく。
__昨日、あの後疲れて寝たんだ。
死ぬほど泣いた気がする。
しまった、完全に黒歴史だ。
「私鶴、おはよう」
「っ、あ、おはようございます、お父様」
突然声をかけられ急いで振けば、ドアにもたれ掛かる父と目が合った。
そして、その隣で、秋斗は眉毛をハの字にしている。
「おはようございます、私鶴様」
ハの字の表情を緩めて、丁寧に腰を曲げる秋斗。
私と秋斗の仲を知っている父の前であっても、秋斗は執事として私を相手するのだ。
なんとも言えない気持ちではあるけど、父の前なのだから、仕方ない。
「えーっと...何のお話をしていたんですか?」
車がどうとか言ってた気がする。
「あぁ。今日の学校祭、電車で行くと私鶴がはぐれてしまうだろうから、車でいかないかと、秋斗君を説得していたところなんだ」
そういって父は、ちらっと秋斗を見る。
秋斗はまた、眉毛をハの字にして「う、うーん...」と唸っている。
「た、確かに、私が電車に乗ると迷子になる確率は100%だと思います...」
自分で言って恥ずかしいんだけど。
父は少しあきれたように笑って、「小さいころ、よく迷ったものだ」と懐かしそうに目を眇めた。
「秋斗、車でいこう?学校の手前に止めてもらったら、変な目も向けられないしさ」
「秋斗くん、私鶴もいいと言っていることだ。ここは厚意に甘える、ということを覚えるべきだと思うぞ」
にこりとやさしく笑う父を見て、秋斗は少しばかり申し訳なさそうに、腰を曲げた。
「それでは、ご厚意に甘えさせていただきます」
やっと納得した、というように、ひとつコクリとうなずく父。
「では、10時頃に迎えがくるから、そのつもりでな」
「はい、わかりました」
「ありがとうございます」
そろってまた頭を下げて顔を上げれば、父はもう部屋からいなくなっていた。
「と、いうことなので。準備しよう」
「そうだな。...んじゃ、後でな」
秋斗が出る寸前、ふと昨日のお礼を言っていないことを思い出した。
__あんなけ話聞かせておいて、泣きまくった末に何もなしとかだめだ。
「あ、秋斗!」
「ん?」
ドアの前で振り返った秋斗は、不思議そうに私を見る。
「あ、っと...昨日、は、ありがとう。...秋斗が叶えてくれるって、...信じてみる」
秋斗は、ふわっと、マシュマロのように甘くやさしい笑顔で笑った。
「あぁ、俺が叶えてやる。もう塩漬けにするなよ」
そういって、手をひらりと振って、音無く私の部屋を去っていった。
「...違和感」
なんの違和感だろうか。
心に、心臓に、よくわからない、ギュンッてする、違和感...。