No.5 溢れだす涙
秋斗が先輩だったら、きっと口の悪い先輩だったんだろうな。
けど実は優しくて、重いもの持ってくれたりして。
部活友達だったら、きっと色んなこと話せて楽しいんだろうな。
たまに怒られるけど、怒られた日でも、一緒に帰ってくれたりして。
塾友達だったら、たくさん勉強教えてくれるんだろうな。
スパルタだけど、ちゃんと解けたら「よくできました」って言ってくれたりして。
__この先、一生、地球がひっくり返っても、ありえない事を想像して、なんで悲しくなってるんだろう。
なに馬鹿みたいに、泣いてるんだろう。
「...馬鹿って言われるなぁ」
次々に溢れ出す涙に、正直笑えて来る。
自分の境遇を変えることはできない。
母を拒むことは許されない。
なのにこんな想像して、妄想して。
泣いて、目を腫らして。
「くそだな、ホント...」
ゴロンとベットに横になり、去年秋斗に貰ったミッフーのクッションに顔をうずめる。
__何度、このクッションを抱えて泣いただろうか。
私の塩水に漬されて、かわいそうだな。
...ミッフーの宿命なんだよ、ごめんね。
『お嬢様、お茶をお持ちいたしました』
不意に秋斗から声がかかって、ビクッと肩が飛び上がる。
「...今日はもういいです」
泣いてるこのタイミングで来るなよ、馬鹿。
何時に行くかとか、そのぐらいLINEでも何でもしたらいい。
...泣いてるところを、見られたくない。
『...どうかなさったのですか?体調が悪いとか...?』
「そうじゃないの。大丈夫だから!!」
いつもより強い口調で言ってしまったからだろうか。
鼻声に気づかれたからだろうか。
__直後、ドアは音を立てず開かれ、静かに閉じられた。
ドアの前には、お茶のセットを持った秋斗。
「...何で入ってくるのよ。もういいって言ったでしょ」
「そう言うわけにもいかない。誰が鼻声のおまえを放っておける?人がやったミッフー、塩漬けするやつ放っておける神経なんざ、俺にはない」
お茶のセットをテーブルに置いて、ベットに腰を下ろす秋斗。
制服は脱いで、寝巻き姿の秋斗が、妙に色っぽくて困る。
「秋斗に見られたくないから言ったのに」
「馬鹿か。どうせ明日の朝、目腫れてんだから分かるだろ。...んで?何で泣いてるんだよ」
「これ没収。顔見せろ」とミッフーを没収され、強制的に秋斗の隣に座らされる。
「...自分のしょうもない妄想に泣けてきただけ。・・・叶うはずない、無縁の妄想」
「どんなけ泣くんだ」
知らない間に、また泣いていたらしい。
「ごめっ...ん...??」
自分の手で拭う前に、秋斗が自分の袖で、私の涙を拭う。
「全部を叶えられるわけはないと思う。けど、少しだけでも、俺が叶えてやれる」
__力強い光を宿した秋斗の瞳は、私を強く見つめた。
「だから、泣くな。...笑って、「秋斗」って呼べ」
いつもより、いっそう優しい声音は、頭に甘く、じんじん響いて、おかしい。
「...秋斗って、なんで私に優しいんだか...と言うか、その声頭に響くから...いつもと、同じよう、に___」
甘い声に吸い込まれるように、まぶたが重くなる。
「あきと...」
「泣きすぎだ。...おやすみ、私鶴」
優しく甘い声を耳に、銀髪が私の視界から消えた。