No.4 __父の、「おやすみのキス」は。
「あ、お父様」
秋斗が自室に戻った後、こっそり部屋を抜けてお父様の部屋に顔を出す。
「私鶴?どうした」
ふわふわのバスローブに身にまとい、右手にワインを持って、煌びやかなシャンデリアの下でくつろいでいる父。
これぞ、大 富 豪。
「あの、学校祭のお話なんですが...」
「なにかあったのか?あぁ、そこは寒いだろう。こっちへおいで」
ひょいひょいと手招きされ、父の部屋に足を踏み入れる。
夜に誰かの部屋に出入りすることがないからか、変な感じである。
「それで、なんだい?」
「あ、えっと...実は__」
秋斗との話をまとめて父に話すと、父は笑顔で「それはいいね」と頷いた。
「確かに、少しばかり危ないと思っていたんだ。それに良い機会だ、あの子もきっと窮屈な思いをしているだろうから、一緒に行って来なさい」
父は机の引き出しからチケットをぺらりと出してきて、私の手にひらりと置いた。
「ありがとうございます」
「あぁ。秋斗の休みは私が許可をするから、気にしなくていい」
そう言ってニッコリと、満足げに笑う父。
「はい」
「妻に見つからないように、そーっと帰るんだよ」
言われなくてもそうしますよ、お父様。
お母様に見つかったら何を言われるか分かったものじゃない。
「おやすみなさい、お父様」
「おやすみ、私鶴」
優しいキスを、私の額に落とす。
__父の「おやすみのキス」は、小さい頃から大好きで、...いつだって、安心する。
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鮮やかな日常はすらすらと流れて、もう、明日は日曜日。
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『お嬢様、少しよろしいですか?』
「構いませんよ、どうぞ」
ベットに寝転がったまま、ドアの向こう側に返事する。
ゆっくりドアが開き、ふわりと銀髪が覗く。
「失礼します、私鶴様」
ぱたりとドアを閉めてから、銀髪の主、秋斗が上品に頭を下げた。
...ん?いやまって。
いつもなら「ふう...」とか「はぁ...」とか凄い不幸せそうなため息をついて入ってくるのに...何事?
「あきtぐぬぬぬううう!?」
「お茶をお入れしようと思って来たのですが、余計...だったでしょうか?」
秋斗は私の口をふさいだまま、丁寧な口調でそういった。
そして、私の耳元に顔を近づけ、「お母様が廊下で俺を見てた。だから今は執事とお嬢様だ」とささやく。
なんだそう言うことか...なるほどね...って
『先に言えよ。』
『仕方ないだろ。とにかくそう言うことだから」
小声のやり取りの後、秋斗はふさぐ手をどけて、私をベットに座らせた。
いや、そこまでしなくていいと思う。ってか今重かったと思う。
全力でごめん。
「ええ、丁度ほしいと思っていたの。今日はカモミールティーをお願いできますか?」
「はい、大丈夫ですよ。かしこまりました」
秋斗はスッとすばやく立って、一度頭を下げてから部屋を出た。
「はぁぁぁ....」
...秋斗とまで、こんな風に会話するのが、辛くて仕方がない。
__秋斗と私が、執事とお嬢様の関係じゃなくて、普通に、先輩と後輩の関係なら、どれだけ楽しかったんだろうか。
...部活友達だったら?塾友達だったら?
思うだけで、楽しい。
けど、思うだけじゃ、現実にならなくて。
「...寂しい」
結局、この答えが私の元に、返ってきてしまう。