No.3 …どこにも、行かせてくれない。
「んで?お前はなにしてんの」
ここのお嬢様である私のベットに転がる秋斗。
ねぇねぇ、いいと思ってんの?
やっていいと思ってんの?
別に構わんけどさぁ...。
「今度の日曜日、お父様の学校の学校祭に行くの。そのための洋服選び」
「ふーん...そういや、私鶴の普通の服、見たことないや」
秋斗は1年前、私が中学3年生になったばかりの頃に、母に連れられてきた執事だ。
もちろん、私が黒のミニスカートを穿いてる姿も、花柄のワンピースを着ている姿も見たことがない。
「ねぇ、秋斗」
「ん?」
「普通の高校の、学校祭ってさ、どんな服着ていけばいいかな」
「はぁ?」
「なに言ってんのこいつ」みたいな顔で見られ、少しばかり落ち込む。
事実...普通の学校以前に、商店街や、普通のお店に行ったのは、今から何年前だろうか。
...3年前ぐらいだろうか。
「いつもドレスしか着ないから、わかんないの。制服の方がいいのかな、学校祭だし」
「あー・・・まぁ、確かに他校の奴らは制服で着てる率が高いかもな」
「そっか。じゃぁ、制服にしよっと」
タンスからガサゴソと、白のカッターシャツと、青いネクタイ、青のミニスカ、黒のブレザー風ジャケット、黒ニーハイを取り出す。
「これで制服っぽいかな」
秋斗を端に追いやって、ベットに出した服を並べる。
校章がないから、そこを見られると制服じゃないってばれるけど、パッと見れば普通の制服だ。
「ほー・・・こんなの持ってたのなぁ」
「いつもドレスしか着てないけど、こういう服にもちゃんと興味あるんだから」
お嬢様も通常一般の女の子に憧れるんだよ。
「今度の日曜日、か...」
「ん?」
「いや...私鶴一人で行かせるの、危ないなって思って」
「はぁ?」
今度は私が「何言ってんのこいつ」という目を秋斗に向ける。
一人で行かせるのが危ないとか...。
「秋斗までそんなこと言ったら、私もうなにもできないじゃない」
ぐっ...と、唇を噛む。
__秋斗だけは、お嬢様じゃない私を理解してくれると思ってるのに。
周りの執事・メイドは、「お嬢様、危険です」「お嬢様、お供します」「お嬢様だけでは...」「お嬢様」「お嬢様」「お嬢様」___
そう言って、いつまでたっても、私をひとり立ちさせてくれない。
...どこにも、行かしてくれない。
けど、秋斗だけは違った。
1年前ここへ来て、どの執事、どのメイドより、私に優しく接してくれた。...そして、どの人より、私に近い存在だった。
執事と言う立場に疲れて、家の屋上で体を休めていたらしい秋斗。
お嬢様という立場でに疲れて、家の屋上で休もうと屋上に足を踏む入れた私。
そこで、秋斗のすべてを知った。
帰国子女であること、その頃は高校1年生であったこと、執事をやめたいということ、母の注文が多くて死にたくなるということ、...もう疲れたということ。
私も秋斗に、たくさんのことを話した。
自分はいいとこの坊ちゃんと結婚しなければならないこと、母の言うことには誰も逆らえないと言うこと、社交界に疲れたと言うこと、...外へ出たいということ。
たくさん話したからこそ、秋斗は私を理解してくれた。
『俺の前ぐらい、そのまんまでいいんじゃないか?俺は構わない。...むしろ、気楽でいい』
...そう微笑んだ秋斗は、私を救った。
__なのに。
「いやっ、違うって!!私鶴、俺の話を聞いてくれ」
「...なに」
秋斗まで私の道をふさぐ気なら、もう絶対話さない。
一生苦しんどけ、バーカ。
「お父様の学校って、聖洋学校だろ?」
「うん」
「あそこ、たまに変な虫がわくんだよ」
「はぁ?虫?」
...確かにこの季節は虫が出るけども。
確かに虫は嫌いだけども。
「草むらに行かなきゃんなの出ないでしょうが」
「はぁぁ...お嬢さん、あのなぁ?」
秋斗は銀髪をくしゃくしゃしながら、淡々と話し始める。
「変な虫っていうのは、一人で歩いてる私鶴に『今暇~?俺たちとあそばねぇ?だいじょぶだいじょぶ!!あそぶだーけー』とかって声かけて連れ去るんだよ」
「そ、それは...」
「...連れ去られた後は...どうなるだろうなぁ?」
ニヤッと笑って、ぐっと顔を近づけてくる秋斗。
驚きと寒気が背中をズズズッと駆け抜ける。
「そ、それじゃぁ、秋斗が休みもらって付いてきてよ!!それ以外無理!!」
「元々そうするつもりだったけどな」
「じゃぁ先に言えよぉぉお!!」
「ごめんごめん」と笑いながら謝る秋斗。
珍しくその表情は妙に穏やかで、楽しそうで。
高校2年生らしい、無邪気な表情でもあって。
最近、こういう表情をすることが多くなったように思う。
「はぁ...。あ、じゃぁ学校祭のチケットはお父様に頼んでみるよ。秋斗は休みもらえそう?」
「あー、まぁなんとかなるんじゃないか?わかんないけど」
「ま、まぁ...うまく休んできてください」
__じゃないと、久々の外へ行けないからね。
「りょーかい。んじゃ、そろそろ自室にもどるな」
「うん、おやすみ」
立ち上がって伸びをする秋斗を見上げて言うと、伸び終わった秋斗はシャッと背筋を伸ばして、上品に、私に礼をした。
「おやすみなさいませ、私鶴様」
「...ふふっ、うん」
突然のギャップに思わず吹き出す。
秋斗は切り替えが早いから、お母様にも好かれているんだと思う。
冗談話、真面目話、世間話。
葉つめ財閥のトップの妻と軽々やってのけるのは、秋斗ぐらいなものだろう。
「あぁ、私鶴様」
「ん?」
扉に手をかけた秋斗は、私の方を振り返る。
...そして、にやっと笑う。
「お嬢様の制服、胸元が大胆でとてもそそられます。...ふっ」
「...ふぁ?」
「では」とさっさと部屋から出て行く秋斗。
...は、
「はぁぁぁ?!何言ってんだお前ぇえええ?!」
ていうかアイツ鼻で笑ったよね!?お嬢様を鼻先で「ふっ」って笑ったよね!?
ったく!!思春期の高校2年生そのまんまだな!!あの野郎!!