No.2 『お嬢様、少しよろしいですか』
リビングへ降りれば、雇われの腕利きシェフが作った上品な料理が並んでいた。
今日も洋風か...。
「私鶴ちゃん、食べましょう」
一番遠い席に座る母は、にこりと上品に笑う。
きっと、今日の夜ご飯に父がいないからだろうか。
...いや、真っ赤な唇が、穏やかにカーブを描く日は、父がいない日と決まっている。
母は、父本人も聖洋学校も、心の底から嫌っているのだ。
「はい、お母様」
母と向かいの一番手前の席へ腰掛ける。
「笹山さん、今日は白ワインをお願いしますね」
「かしこまりました」
銀髪の帰国子女、笹山秋斗さん。
母が用事で海外へ飛んだときに、気に入って連れて返ってきた執事である。
「私鶴様は何になされますか?」
「アップルジュースをお願いできますか?」
「はい、大丈夫ですよ。かしこまりました」
秋斗さんはいつでも、上品に頭をさげる。
さらさらと銀髪が流れて、ふわりと起き上がるのだ。
「私鶴ちゃん」
「はい?」
母は真っ赤な唇を動かして、ゆっくりと私に話しかける。
「婚約のお話。受け入れる気になったかしら?」
__少し前から、母に持ちかけられている「婚約」の話。
葉つめ財閥とトップを競うもうひとつの財閥、花むろ財閥の次期トップとの婚約話だ。
「あ...あ、いや、その、まだもう少し考えたくて...」
「そう...来週の今日までには、決めて頂戴ね」
「・・・わかり、ました」
...決める、と言っても、選択肢は一つだけなのに。
「アップルジュースです」
「...ありがとう、秋斗さん」
絶対に変えることはできないのに。
「どうかなさいましたか?」
「いいえ、なにも」
「さようでございますか・・・」
選択肢は、一つ...。
「いただきましょうか」
「はい、いただきます」
婚約をして、嫁いで、葉つめ財閥に貢献することだけ。
******
「はぁ...」
自室に戻ってすぐ、ベットへ飛び込む。
「あーやってらんない、ほんとやってられない」
...どうして、高校で結婚しないといけないんだ。
確かに、もう17だから、結婚はできる。
けど、普通しない。こんな歳で婚約なんてしない。
「・・・別に好きな相手がいるわけでもないけどさぁ」
マリアーナ学園は女子校で、隣には男子校があるけど、マリアーナの生徒は一塊も興味を示さない。
「あ、そういえば学校祭何着ていこうかな」
ふと立ち上がり、クローゼットを開ける。
そして、そのクローゼットのまた奥のタンスに手をかける。
...クローゼットには、ドレスしかないのだ。
寝る時用、お出かけ用、家用...様々な種類のドレスが、ざっと30枚ほど並んでいる。
「ドレスなんて着ていかんがな」
だから、そのクローゼットの奥のタンスをあけるのだ。
奥のタンスには、普通の女子高生が着るような、花柄のワンピースや、黒のミニスカが並んでいる。
「学校祭ってことは...制服で来る人って多いのかな」
そうなら、私も制服で行ったほうが目立たなくていい。
考えている最中、不意に声が聞こえた。
『お嬢様、少しよろしいですか』
ドアの向こうからの、秋斗さんの声だ。
「はい?なんでしょう」
『少しお話したいことがあります、お部屋へ入ってもよろしいですか?』
「ええ、構いませんよ。どうぞ」
そう言うと、ゆっくりとドアをあけて、顔出す秋斗さん。
お風呂にもう入ったのか、銀髪が少しぺたりとしている。
そっ...とドアを閉めて、秋斗さんは「ふう...」とひとつため息をこぼした。
「ため息つくと幸せ逃げるよ」
「うるせぇ、仕方ないだろうが」
いつもの口調とは打って変わって、普通の男子高校生のような口調になる秋斗さん...いや、秋斗。
「お母様に何か言われたの?」
「別に...俺は言われてねぇよ。けど、春がまた色々いわれてた」
__まだ高校2年生の男子高校生は、むすっと顔を歪めた。
学校に通わず、勝手にここに雇われた、帰国子女の男子高校生。
「まぁ...仕方ないね」
「たっく...面倒な人だ」
銀髪をかきあげて、やれやれと首を振る秋斗。
気の毒に思うが、私にはなにもできない。
私でさえ、母に口答えはできない。




