No.19 __あぁ、ずっといたい。
リビングの扉を開くと、楓くんがパッとこちらを向いた。
「私鶴さん!はやく食べましょう!」
「楓ちゃん、そんな急かしちゃレディに失礼だろ?」
「あ…えっと、じゃあ…」
朱羽さんの指摘に、困って眉毛をハの時にする楓くん。
その表情があまりにも可愛くて、思わず笑ってしまう。
「ちょ、ちょっとー!私鶴さんまで笑わないでくださいよっ」
「うふふ、ごめんなさい。あまりにも可愛くって。そうだよね、早く食べたいよね」
優さんとともに席につき、目の前の料理を眺める。
白いご飯、お味噌汁、焼き魚、煮物、サラダ、お漬物。
生まれてこの方、一度として葉つめの食卓に並んだことのないものが、鮮やかに並んでいた。
「それじゃあ、いただきまーす」
『いただきまーす』
秋斗のお母様に続いて、楓くんや朱羽さんが声を揃える。
秋斗と優さんも小声で「いただきます」と手を合わせた。
「…いただきます」
私も、笹山家にならって、手を合わせる。
はじめに、お味噌汁を手に取り、一口啜る。
啜った瞬間、はじめて和食を食べた時のことを思い出す。
__風邪を引いてしまった私に、父が自ら料理を振舞ってくれたことがあった。そのときに作ってくれたのが、おにぎりとお味噌汁だった。
それが、私が和食料理に触れた、最初で最後だった。
「…美味しい」
「あら、ほんと?嬉しいわぁ!少しお味噌が少なかった気がしたんだけれど、私鶴ちゃんは薄味が好みなのかしら?」
「いつもは濃い味なので、薄味が新鮮って言うのもありますが…でも、多分私には薄味があっているんだと思います」
そう。私に、きらめく濃いお料理は必要ない。
お父様や、秋斗のお母様が作る、愛情たっぷりの素敵なお料理がほしい。
「あらあら、美味しすぎたかしら?」
そう言って、秋斗のお母様はハンカチを私に手渡してくれる。
__知らないうちに、泣いていたらしい。
「まぁ母さんの料理は絶品だからね〜」
朱羽さんは得意げに言い、お味噌汁をすする。
__あぁ…この家には、愛が溢れてる。
いろんな愛が、そこらじゅうに。
「私鶴ちゃん、遠慮せずにたくさん食べなさい」
「はい!たくさんいただきます!」
どれもこれもが美味しい。
心にしみる。
体中の傷が癒えるような、美味しい夕食。心地よい空間。
__あぁ、ずっといたい。
でも、ずっといるためには、乗り越えなければいけない鉄壁がある。
そして、それを乗り越えるための力が必要だ。
…私に、あるだろうか?
「ねぇ、朱羽兄。やっぱ俺思うんだよ、鉄壁って言うのは自分がそう思い込んでるからそう見えるだけで、実は案外、ふにゃふにゃの壁かもしれないんだよ」
私の考えていることに答えるように話し始めた楓くんを、思わずじっと見てしまった。
しかし誰も気づかなかったらしく、朱羽さんは至って普通に受け答えした。
「楓ちゃん、また[どれ食え!?]の話してんの?ゲームもいいけど、勉強もしなさいよマセガキ」
「してるってば!俺ずっと学年トップなんだからな!」
「俺はずっとオール5だったけどね」
「バケモンだよそれは!!」
言い合う朱羽さんと楓くんをぼーっと見つめる。
…鉄壁と思い込んでいるから、そう見えてしまう、か。
もしかしたら、お母様という私の鉄壁は、そう思ってるだけで実はそうでもないのかもしれない。
「楓の言う通りかもな」
隣に座っていた秋斗が、私の耳元でささやく。
一瞬びくついたが、秋斗の言葉にゆっくり頷く。
「…私、お母様を鉄壁だとただ思い込んでるだけなのかな」
「そうかもしれないな。今日で分かっただろ?あの人、あれであんまり味方がいないんだ。自分で自分を追い詰めてる」
じゃあ、私は、お母様を越えることができるのかな。
もう、お母様のお人形じゃなくなれるかな。
「大丈夫だよ、私鶴ちゃん」
私の向かい側に座っていた優さんが、にっこりと私に笑いかける。
「君は必ず、本当の自由をつかめる」
__とても力強い声音。力強い言葉。
私に、大きな勇気をくれるようだ。
「さあ、そろそろかな、燈波」
「もう時間切れなのか?」
「あぁ。そう長くは続かないよ。…自分の手で打開しない限り、ね」
そう言って、優さんは席を立つ。
必死に、朱羽さんにゲームの話をしていた楓くんが、優さんがたった途端ピタッと話をやめた。
「父さんもう行くの?」
「ご飯の途中だけど、いかないとね。決着は早いほうがいい」
…決着?それは、私とお母様の決着?
ということは、お母様は私を連れ戻しに来た…?!
「さあ、私鶴ちゃん。行こうか」
「優さん…」
「大丈夫。僕達がついているよ」
優さんは、私に向かって手を伸ばす。一瞬手を取ることに戸惑う。
…お母様が、怖い。
私を閉じ込めた母が、恐ろしい。
少なからず、私の心は、そうやって母に怯えていた。
「行くぞ、私鶴」
「秋斗…。私、あの…」
「大丈夫」
怯える私の頭に手を置き、ポンポンと軽く叩く。
「必ず守ってやる」
そう言って、綺麗な顔を、不敵に歪ませる秋斗。
その自信満々の表情に、少し不安と恐怖がなくなる。
…私が、頑張らなくちゃ。
お母様は、きっと、鉄壁なんかじゃない。
「うん、私、頑張るよ」
私達は、揃って玄関へ向かった。
更新、遅くなりました(。-_-。)
ちなみに、楓くんはああみえて察しが良い子です。
あ、でもあの発言はまじでゲームについて語ってます。笑
次話ではついに私鶴ママ様登場。…ひぃ。




