No.17
始らない、終わらない。
だから決めなければならない。決着をつけなければならない。
けれど、そんな簡単に決断できる事でもない。
ふっと俯く自分を叱り付けたくなる。
でも、前に進むのが怖くてたまらない。
「あら、そういえば晩御飯がまだだったわね!ごめんなさいねぇ、今準備してくるわぁ。ほら朱羽!テーブルの準備してちょうだい!」
「えぇー仕方ないなぁ。よっこらしょ」
秋斗のお母様と朱羽さんがソファから立ち上がる。
「俺も手伝うよ」
「ん?さんきゅ、助かる~」
秋斗もソファから立ち上がり、朱羽さんについていく。
突然時間が動き出したような気がして、逆に私の動きが止まってしまった。
「私鶴ちゃん」
「あ、はい?!」
「今日はもう考えるのをやめようか。急いで考えて、急いで決断したところで、良い結果は生まれないものだよ。それにお腹すいただろう?」
優さんの言葉にハッとする。
__やっと笹山家の優しさに気づいたときには、優さんもソファを立ってリビングから出て行っていた。
ぽつんとソファに沈む私に、皿を運んでいる秋斗が声をかける。
「私鶴。ほら、手伝って」
「え?」
「普通の家庭は、みんなでご飯の準備をするもんなんだよ」
普通の家庭。
それはひどく、私が憧れていた言葉であり、世界であり。
それが目の間にある事が信じられない気がした。
「...うん!」
ソファから立ち上がり、キッチンにいる秋斗のお母様の隣に並ぶ。
「何かお手伝いできることありますか?」
「あら、うふふ。そうねぇ、私鶴ちゃん、包丁とか握った事あるかしら?」
「あ...実は...」
残念ながら、マリアーナ学園に「料理」をする家庭科がなかった。
裁縫は得意なのだが、料理はめっきりしたことがない。
「そう言うと思ったわぁ。マリアーナは調理実習がないものね。じゃあ一緒にやりましょうか!包丁くらい使えなきゃ、お嫁に行けないわ」
「およ...えへへ、はい。よろしくお願いします」
秋斗のお母様の隣に並んで、包丁使いや空いている手の使い方を丁寧に教わる。
そもそも料理をすることがはじめてだけれど、それ以上に、誰かの隣に並んで料理をするなんて夢にも思わなかった。
世の中では、こんな光景、普遍的すぎて誰の目にもとまらないだろう。
けれど私には、こんなにも特別なことはない。
「あの、」
「なぁに?」
「秋斗も、お母様と一緒に、こうやって料理をしたりしていたんですか?」
秋斗は執事の中でも、一番に料理が上手だった。
専属シェフに「どうして料理人にならなかったんだよぉ!」と言われた事もあるらしい。
「そうねぇ、でも、日本にいる間までだったわね。だから、小学生くらいまでかしら?海外に行ってからは家全体がバタバタしていたのもあるし、そもそも、あの子も親離れをしたんでしょうね」
「...そもそも、どうして秋斗は執事をしていたんですか?」
「執事をしていたわけではないのよ~。秋は学校に行きながら、笹山の系列のホテルで働いていたのよ。そのとき、私鶴ちゃんのお母様に目をつけられちゃってね。あの子が日本へ行く直前に事情を聞かされてびっくりしたわ。まぁまさか葉つめ家の執事だとは思っていなかったんだけれどね」
つまるところ。
…お母様は、秋斗の親族に話し1つせず日本につれて帰ったということだ。
やっぱり自己中の暴君。...心底、ありえないと思う。
あの人本当に人間なのかな?なんて。本気で疑ってしまいそうだ。
「そんな悲しい顔しちゃだめよ〜」
そう言うと、秋斗のお母様は私の頬をむにゅっと掴んだ。
「はへっ?」
「執事になって悪いことばかりじゃなかったわ、あの子も。だから、そんな顔しちゃだめよ」
頬から手を離し、掴んだところをゆっくり撫ぜられる。
「こんなこと言えるのは、あなたのおかげなんだけれどね」
「…え?」
私のおかげ?
…何もした覚えがない。
むしろ迷惑かけっぱなしだったような…きがするのだけど。
「母さん、コップとってくれる?」
「はあい、ちょっとまってね〜」
何事も無かったように、またにこにこと夜ご飯の準備を始める秋斗のお母様。
__秋斗のお母様は、私のことを嫌いにならないのだろうか。
なんせ、自分の息子をかっさらった憎き財閥の娘だ。
「私鶴」
「あ、はい?」
「豆腐の汁、こぼれてるぞ」
秋斗の指摘でハッと下を見る。
…豆腐の汁がぼたぼたと足元にこぼれ落ちていた。
「あああ!!!?ごご、ごめんなさい!!ええ!?!」
「あらあら〜、はいはい、タオルで拭かなきゃね〜」
至極面白そうにタオルを取りに行く秋斗のお母様。
豆腐なんか自分で触ったことがないから、汁があることも知らなかった。…まさか傾けたらこぼれ出すとは。
「ごめんなさい〜…」
「いいのよ〜、吹けば済むことだからね」
「私鶴ちゃんって思ったよりおっちょこちょいだよね」
ケラケラと笑う朱羽さん。
思わずムスッとしてしまう。
「だ、だって、お豆腐なんて自分で触ったことないんですもん…」
「なにすねてんの〜?拗ねてる姿も可愛いけど」
なんて軽い口調なのか…!!
またしてもムスッとする私を見て、秋斗と秋斗のお母様が吹き出して笑い始めた。
「お母様まで〜…!」
部屋にいる全員が吹き出して笑い出した。
私も例外ではなく。
そんな時だった。
ガチャりと扉の開く音に、私は扉の方を振り返る。
「ただいま」
「あら楓、おかえりなさい」
扉の前に立っていたのは、薄ピンクがかった髪の、秋斗だった。
「…え?」
「あれ、この子が私鶴さん?」
…正確には、秋斗を少し幼くした、秋斗そっくりの弟。
笹山楓くんだった。
またしてもお久しぶりでございます!
毎回更新が遅くて申し訳ございません…誠に反省しております。
次はきっと!きっと早くなる!!!
あ、弟くんの登場です♡♡
次回もお楽しみに!




