No.12
『私鶴様、夕飯をお持ちしました。....私鶴様?』
...部屋の向こうから、誰かが私を呼んでいる。
けど、疲れて、返事をする気になれない。
体中痛い。痛くてたまらないのに、涙が出ない。
もう枯れてしまったのかな、私の涙は。
『私鶴様、入りますよ...?』
扉が、そー...っと開かれた。
部屋に入ってきたのは、2ヶ月前に入ってきたばかりの執事だった。
...春、って言ったかな。
秋斗が、「春がまた色々言われてた」って不機嫌になってたっけ。
「っ...!?お嬢様?!どうなさったのですか?!しっかりしてくださいませ!!」
顔は童顔で、幼く見えるのに、体はしっかりしていて、少し驚いてしまった。
私を抱きかかえる手も、秋斗と同じくらいだなぁ。
「髪...髪を、切ってしまわれたのですか...?」
大きな目に、涙を浮かべる春さん。
...どうして泣いているの?
「爪も、頬もっ....。ドレスだって...どうして...」
春さんは、私を強く抱きしめた。
好きな人を抱きしめるような力じゃなかった。
ぎゅっと、震える手で、私を抱きしめていた。
春さんは、私をベットへ運んでから、
「少し、待っててくださいね。すぐ秋呼んできますから」
そう言って、部屋を飛び出していった。
******
『失礼します、私鶴様』
『失礼いたします』
聞きなれた声が、部屋の向こうから聞こえた。
扉は、私の返事を待たず、けれど静かに開く。
「っ、私鶴!!」
...秋斗。
やっと、声が聞けた。
「あきとぉ...」
「私鶴、今手当てするから」
起こされた体は、自分で保つことができず、春さんに抱きかかえられる。
肩には、秋斗のジャケットがかぶせられた。
救急箱を物凄いスピードで開けて、私の爪や頬の傷を消毒していった。
「いっ...痛いっ」
「ごめん、もうちょっと我慢してくれな...」
頬にはガーゼ、爪は形を整えられ、血が出ているところは絆創膏を貼られていく。
「よし、ありがとう、春」
「気にしないで。...秋、僕は、私鶴様の部屋の鍵を隠し持っておく。だから、部屋から出るときは僕に連絡して?迎えにいく」
春さんは、大きな目に涙をためながら、微笑む。
「...頼んだ」
「うん。...僕たちの私鶴様を、守って」
「あぁ。ありがとう」
涙をぬぐって、扉の前で一礼してから、春さんはすばやく部屋から出て行った。
ガチャッと、扉の鍵が閉まる。
「私鶴。...髪、整えるよ」
「...うん」
私を抱きかかえて、ソファに座らせた後、散髪セットを棚から取り出して、雑に切り刻まれた髪を整え始めた。
「どのくらいの長さがいい?」
「...秋斗の好きにして」
秋斗は、「仕方ないなぁ、文句言うなよー」と言って、ぱさぱさと切り落としていく。
「...どのくらいにするの?」
「肩すれすれくらいにしようかなって思ってる。最近はミディアムのウェーブヘアーが流行ってるらしいからな」
...秋斗、調べてくれたんだ。
多分、いろんなことを調べてくれている。
私の変わりに、たくさんのことを教えてくれるつもりなのかもしれない。
「爪、あとでネイルしてやるよ。何色がいい?」
「秋斗の好きな色」
「じゃ、青と黄緑。私鶴に似合いそうだし」
「...うん」
他愛のない会話を続けた。
15分ほどで、カットと、カールが終わり、着替えることになった。
「好きな服、着てこいよ。ドレスじゃなくていい。私鶴が好きな服だ」
秋斗はそう言って、私に背を向けた。
...好きな服。
ドレスじゃなくていい、自分の好きな服。
「うんっ」
クローゼットの奥のタンスから、夢中で服を選ぶ。
「秋斗っ、決まった!」
「ん、着替えて見せて?服に合わせてネイルするから」
「うん!」
ささっと着替えを終わらせて、秋斗を呼ぶ。
「...うん。ドレス以上に似合ってる」
秋斗は、うれしそうに笑う。
「じゃ、そこ座って。ネイルするから」
言われたとおり、もう一度ソファに腰掛ける。
秋斗はネイルセットを持ってきて、手早く机に広げる。
青と黄緑の斜めストライプにするらしい。
「冷たいけど我慢しろよ」
「そんなに子どもじゃない」
顔を見合わせて、笑いあう。
窓は開いていないはずなのに、やわらかい風が通り過ぎた気がした。




