表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/37

色褪せて、朽ち果てるのを待つだけ

 霧香はベッドの上から動けないので、家の中で何が起きているのかは、気配でしか知る事が出来なかった。

 夜のうちに、母親は宮川由紀子の母親をバスルームに運んで、なにかをしていた。

 なにをしているのかは、あまり、想像したくなかった。

 今朝は、暴れるコテツを買ってきたバスケットに押し込んでいた。悲鳴のような鳴き声が続いていたので、手は傷だらけになったに違いない。そんなことをするのは、怪しまれたくないからだ。コテツを返さないと、クラスメートが訪ねてくるかもしれない。

 ほとんど、手も足も動かせないので、おむつをしなければいけなかった。飲みこむことが難しいので、点滴で栄養を補給していた。

 二人の生活には、どうしても収入が必要なので、しぶしぶとではあるけれど、母親は仕事に出かけている。

 霧香は清潔なベッドで、静かに横たわっているだけだ。

 いつの間に手に入れたのか、母親は本格的な医療用の生体モニターを霧香に繋いでいた。

 ネット経由で分析して、簡単な診断を表示してくれるようになっている。

 霧香のバイタルは安定状態で、グリーン表示だった。

 モニターは輸液の状態もコントロールしていて、母親のプログラムで、死なない程度に麻酔が効くようになっていた。

 ほんとうなら末期がんの患者に使う、緩和ケアのプログラムだ。

 夢見るような状態が、ずっと続いていた。

 体には力が入らず、なにもする気がしない。

 まるで、人形だ。

 色褪せて、朽ち果てるのを待つだけ。

 なにも望まないし、なにも感じない。

 キッチンの壁にあるインターホンから、呼び出し音がした。ぼそ、ぼそっと回線の繋がる音がして、スピーカーから少年の声が聞こえた。

『美薗…そこにいるの?いるなら、返事してよ。守衛は中には入れてくれない』

 あゆむだった。

 誰かが、霧香を気に掛けてくれているのが、奇跡のような気がした。

『みんな、心配してる。学校に来いよ。この間は…ひどい事を言って、悪かった』

 あゆむは、ガードマンに頼んで、インターホンをつないでもらったのだ。

『美薗…聞いてる?』

 聞いているよ。わたしはここにいる。あゆむくんの、すぐそばにいるんだよ。

『美薗。助けが必要な時は、なにかサインを出すんだ。なんだっていい。ぼくは気付くよ。ちゃんと見てる』

 あゆむは、異常に気がついていた。

 あゆむくんは、ただ者ではないのだ。

『ごめん…もう行くよ。またくるから』

 あゆむが行ってしまうと思うと、心臓が止まりそうな気がした。

 この世で本当に怖いのは、死でも、痛みでもなくて、「孤独」だ。

 霧香は、まだ息をしているのに、打ち捨てられていて、自分で自分の命を絶つことすら出来ない。朽ち果てるまで、永遠に、一人きりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ