まだ、時間はある
朝食は、焼き卵とレタスのサンドイッチだった。
ゆで卵でないのは、あゆむの母親が少し寝坊をしたからだ。
「ごめんね、あゆむ。目覚まし止めちゃってた」
ヨーグルトを運びながら、母親は言った。化粧をしながら朝食を作っていた。大道芸のようだ、とあゆむは思う。
「ぼくは大丈夫だよ。いつも余裕を見てるから、十分くらい平気だ。手伝おうか?」
学校の支度を終えたあゆむは、テーブルに皿を運び、グラスにミルクを注いだ。母親と父親の為にコーヒーを入れる。朝は、比較的強い方だった。
共働きで、母親はこの頃少し疲れていた。仕方ない。少し、慌ただしいだけで、べつに遅刻するわけでもない。
テレビは、朝のニュースがつけられていた。
父親の会社は始業時間が遅いので、父親は、まだ着替えもせずに新聞を読んでいる。
テレビのキャスターが言っていた。
――空町市の公園内にあるごみ箱から、人体の一部を包んだごみ袋が発見されました。発見したのは地域を担当していた清掃作業員で、警察では死体損壊事件として捜査を進めています。
美園霧香と猫を捜した運動公園だった。
――死体の一部は女性の物とみられ、警察では情報提供者を募っています。
「これ、近所よね?」
母親は化粧を忘れて、TVの画面を見つめた。
「死体が見つかったってこと? 嘘でしょ」
母親が驚くのももっともだった。空町市は平和な町で、川筋のイタチの家族がニュースになるくらいだ。死体遺棄事件なんて聞いた事もない。
父親が、新聞を置いて言った。
「あゆむ、しばらくは、早く帰るんだぞ」
母親は、通勤用のバッグを取りながら言った。
「そうね、危ないわ。学校からは連絡ない?」
「いまのところ、ないね。見つかったのは子供の死体じゃないし」
美園霧香と、ずっと電話が繋がっていなかった。
おかしなことが続く。
あゆむは、お人よしではないので、偶然は信じない。学校では、担任の宮川由紀子の欠席が話題になっていた。無断で休むことなど、今まで一度もなかったのだ。
めったにない事が一度に起こるのであれば、その関連性を、一度は疑うべきだ。無関係であれば、それに越した事はないけれど。
ひとつ言えるのは、代理ミュンヒハウゼン症候群をわずらった患者の目的は、保護対象の殺害ではないという事だ。
殺してしまったら、もう、看病はできない。美園霧香はまだ、大丈夫の筈だった。
まだ、時間はある。
あゆむは自分に言い聞かせた。
まだ大丈夫だ。助ける事ができる。




