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エピローグ

「はぁ……」

 大きなため息が漏れる。同時に他の何かも漏れ出た気がした。気力とか、精神力とか、そういった人生に必要なものが。

 ため息は幸福を逃がす、とはどこの誰が言ったのか。あれは間違いだ、と今のクィンザーなら断言できる。幸福を逃がしたから、ため息をつくのだ。順番が逆である。ため息で変化があるとすれば、それは恐らく、不幸を呼び込むことだろう。

 とにかくが重たい。人の枠を超えた体に、たかが荷物と人一人背負っただけで、重量感などいくらも感じない。だから、それは精神的なものだ。最近はどんなものでも、ダメージが精神にくる。結果、がりがりと削れていく。

「おい、ヴィクスフィオ、起きてるんだろ」

 背中を揺する。それ越しに、含み笑いが伝わってきた。

「気付いておったか」

「気付かない訳がないだろうが。いい加減下りろよ」

「そいつは無理な相談じゃのう」

 ふふふ、と今度は音に出して。頬に、顔を擦りつけてくる。

 逃げようとしても、そもそも体が密着しているのだ。最初から逃げ道などない。べったりと張り付かれたまま、耳元で囁かれた。

「どこかの誰かが、余を酷使してくれたからのう。全く以て体に力が入らぬ。こいつは暫く、動くこともできんのじゃ」

「ぐっ……」

 彼女の声とは対照的に、クィンザーは呻いた。今の彼にとっては、紛れもない弱点。そこを突かれれば、もう言葉を重ねる事はできない。

「それより、フィオと呼んではくれぬのか?」

「ふざけろ」

 肩越しに回した手を胸元に当てて、ぐるぐると弄ろうとしたのだろうか。触れただけで、動きは止まってしまったが。体力の消耗は事実なのだ。そんな手遊びも出来ないくらい、体が参っている。そうでなければ、元竜の少女を大人しく背負ってはいない。即座に振り落としている。

「つれないのう。接吻まで交わした仲だと言うのに」

「おまっ……! 仕方なかったんだろうが!」

「おー? 乙女の唇を無理矢理奪っておいて、随分と激しい事を言われますのう」

 くすくすくす……わざと音を、耳に残してくる。彼女はこうして、クィンザーで遊んでいるのだ。いつもの事ではある。いつもと違うのは、今回は完全に、ウィンザーに抵抗できないという点だ。

「まったく、本当に散々だ。あんな町に寄るんじゃなかった……」

 訪ねて良かった事など、一つとしてない。鬱陶しい同行者、鬱陶しい子供、鬱陶しい町の問題、そして鬱陶しい敵。最終的には、逃げるようにして町から出て行った。抱えた疲労は山のようにあったのに、僅かも休まっていない。本当に、骨折り損のくたびれもうけだ。

「お主は本当に後ろ向きと言うか、かくあるべきに従おうとすると言うか……。失敗に後悔し是正しようとするのは良いが、反対側に飛びすぎじゃ」

 独り言のような、愚痴のような言葉。ただし、口調は柔らかい。

「でも、やらなければ良かったとは思っておらぬのじゃろう?」

「――」

 何度も試したこと。彼女の、本当の言葉に対する否定を探すのは、やはり無駄だった。

 ヴィクスフィオはクィンザーの事をよく分かっている。それだけは、覆しようがない。そして、口でいくら否定しようとも、内心では同意してしまっている。見透かされているのも、自覚している。

「そして、余の事も本当に嫌い切れてはいない。その理由が、今の余は本当にただの人間の少女だという、ただの甘さだとしても」

 ふと、見えない感情が言葉に宿った。自嘲のように見えて、そうでもないような。

 暫くの間、どちらも口を開かない。足音とささやかな風の音だけが、聞こえていた。目的地はあっても、当ての無い旅路だ。どこでもいい、どこか静かに休める場所を……

 結局、クィンザーには分からないままだ。自分の事について。少女に対して、どんな思いを抱えているのか。どちらも、うわべだけは取り繕える。しかし、実際の行動がそれを裏切る事は、とても多かった。そして、行動に満足している事も。

 ヴィクスフィオを手にかけなかった。だからと言って、同行までさせてやる理由があるかと言われれば、首を傾げる。殺したくないのは事実だ。だが、死なないように助けてやるのは、明らかに道理に反している。万が一に、力の制御ができる人間は貴重なのは認める。だが、本来は自分でなんとかするもの。その上、使うつもりのなかったものでもある。要因にするには乏しい。

 クィンザーは竜を殺して、人でないものとして生まれ変わった。生命活動に、水や食料、睡眠が必要ない。つまり、買い溜めたものは全て、ヴィクスフィオの為に用意したという事になる。

 彼が食事を取ることに意味はある。人の頃の生活をして、自分が人であることを忘れないために。だが、絶対必要なものではないのは変わらない。

 物資なしに町を出る事はできた。だが、その場合、ヴィクスフィオは危険なレベルで衰弱していた可能性がある。最悪の場合は、死んでいた。少し余裕が出てきた今なら――もしかしたら本当に忌避していたのは、それだったかもしれないと思う事が出来る。

 背中に感じる重さは、当然竜のそれではない。ただの人間の、少女。

(ただの弱さなのか……? 例え人としてじゃなくても、俺を俺として認めてくれる人が欲しかった……)

 村人の拒絶――最も痛かったのは、それによって、自分が人で無いことを知ってしまったから。自分が憎しみ抜いていた存在と同質になってしまった。そして、村人は竜を見る目で、自分を見ていた。

 彼女だけは違う。自分がどんな姿であっても、クィンザーとして見なしてくれる。世界でただ一人の、完全なる理解者。

 分からない、あるいは、分かりたくない。

「お主もいい加減、竜の力の使い方を覚えなくてはな」

「はぁ? 何で俺が……」

「そうかそうか、またぞろお主は、余の唇を陵辱するように奪って、足腰が立たなくなるまで痛めつけたいのだな。其れも良しじゃ」

「お前もう死ねよ本当に」

 やたらに人聞きの悪い(そして大方事実に沿った)言葉に悪態をつく。正しい返しなど思いつかない。だから、出てきたのはただの悪口以上にはなれなかった。

 にやにやと笑う少女は、殴りたくなるほど腹立たしい。だが……少なくとも、もう殺したいとは思わなかった。

「では覚えねばな。なに、欲しいときに欲しいだけの力を得られるのじゃ、悪い話ではあるまい。なにしろ、今回のような事があれば、また助けるであろうからのう。それがお主の本質じゃ」

 彼女はよく笑うようになった。とりわけ、町についてからは。

 疎ましい、が、同行者に不景気な面をされるよりは、いくらかマシなのだろうか?

「手取り足取り、ついでに欲情したら、遠慮無く襲ってくれて良いのじゃぞ? どんな『ぷれい』でも受け止めて進ぜよう」

「次言ったら投げ飛ばすからな。どんな状態だろうが関係なく」

 とりあえずは。

 彼女との旅は、まだ長引きそうだった。

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