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03

 夢であるという事には、明確な利点がある。

 特筆すべき点ではあるだろう。希望、絶望、幸福、排他、怒り、失望。何を感じたとしても、それはどうしようもない事であり――多くは、過ぎ去った事だ。都合良く改変されてくれる事というのも、それが好悪のどちらであれ、向ける感情の量が多ければ多いほど変わらない。

 何をする必要も無い、ただ垂れ流されるだけの映像。

 であれば、諦めるのは簡単だった。それ以外に選択肢が無い、という事でもあったが。

 夢の中の自分は寝起きらしく、鏡を見ている。その姿に嫌悪する事も無く、最低限の身だしなみを整えた。顔を洗い、髪を整えて……しかし、夢を見ている自分からは、鏡の中に誰も移っていないようにしか見えなかった。

 鏡は貴重品だ。理由は単純で、村の中では製造できず、求めるなら出入りの商人から買うしか無い。それを持てるという事は、自分が村にとってそれだけの人間だと認められた証だ。事実、生活に困窮した事などない。

 格好を整えた後、色々なものを飛ばして外に出た。ここらは、いかにも夢らしい。

 自分の仕事は狩りだ。それもよく覚えている。高々一月前の話であり、当然と言われれば当然だったが。

 狩る相手は様々だ。まず重要なのが、食肉。土地が飼畜に向かなく、タンパク源を得るのに重要な役割。同時に、外敵排除の役割も担っていた。

 人間の敵となる存在は、どこにでもいくらでも居た。望む必要すらなく、山のように湧いて溢れる。巨虫に進化を重ねた肉食獣など、どれも凶暴であり、人間の手に余る。大抵の相手は、大きさすら及ばない。

 それらに対抗しつつ実りを得るには、強い戦士が必要だ。特に、巨大な化け物を殺し得る者は。

 自分がそうだった。

 あの時までは。

 まるで、水がこぼれ落ちるように――場面が変わる。

 その場所には、何も無かった。平らな地面に、落ち葉の一つ、石片一つ転がらない。本当に何も無い――文字通り、終わった場所。

 これは過去のことだ。だから、諦めることはできる。しかし、それで繰り返される吐き気まで収まってくれるわけではなかった。ひたすら気分が悪くなり続けるのは、どう足掻いても止まってくれない。過去なのだから、当然だ。

 ――呪いだ。

 誰かが言った。だが、誰が言ったかなど、そんな事に意味はない。ただ、それが囁かれた事が問題だった。

 言葉は容易く波紋を呼び、一瞬にして広がる。そうなって仕舞えば、次の言葉は容易く叫ばれた。

 ――去れ。

 頭を抱える事も無い。ただ、失望と絶望だけがある。

 行き場の無い怒り。最終的に向かったのは、指先と、そして細い首筋だった。

 何年も鍛え続けた指は、少女の首肉を容易く押しつぶした。抵抗など殆ど感じない。ただ、激高に鈍る感覚から、僅かな気持ち悪さを知る。

 何がしたいのか、自分でも分からなかった。それも当然だ。ただ、感情が理性を押しのけて命じるままに動いただけだから。いや、もしかしたら理性すら命じていたのかもしれない。そいつを許すな、と。

 首を折りはしなかった。そうしようと思えば、簡単にできたのに。しかし、窒息死させたかったのかと問われれば、それも分からない。少女を苦しめて溜飲が下がったわけでもない。ただ、指先が命を奪いつつある感触だけを信じていた。怒りとはつまり、そういうものだろう。

 消えゆく命。肯定も否定もない。ただ、そうである現実だけが存在した。なのに――

 少女は笑っていた。嘲る様子も無く、ただ嬉しそうに、愛おしそうに。力なく持ち上げられた腕すら、抵抗の様子など全くなく。ただ、そっと、母が我が子にそうするように、優しく頬に添えられた。

 声にならない悲鳴が上がる。甲高いそれが自分の声から漏れたと、しばらくの間信じられなかった。

 荒い息が整わない。呼吸の仕方を忘れてしまった気すらした。視界がゆらめいで、自分の何も信じられなくなる。

 人の首を締め上げて、一体何をしようとした? 分からない。感情が走らせたのだ。分かる訳が無い。そして、残念な事に、自分を納得させられるだけの言い訳も容易できなかった。どのような理由があろうと、怒り狂って殺人を働く事への心理、それを納得はできても肯定できよう筈がない。殺人など、絶対に喜べない――

 体を恐怖に震わせたまま、少女を見た。

 彼女は上体を起こして、何度も咳き込んでいる。苦しくて当然だ。死にかけたのだから。なのに、こちらに顔を向けてくるのは、やはり微笑。理由も分からない、ただ嬉しげなその視線が恐ろしく痛い。

 ぽつりと口を開き、空気を振動させた。

 それを言葉として受け取りたくない。だが、耳が、何より自分自身が、今し方殺しかけた少女の言葉を拒否する事を、許してくれなかった。

 もし恨み言でも言ってくれていたなら、どれほど楽だっただろう。少なくとも、その瞬間、感情に駆られて殺す事はできた。あとからどれほど後悔したとしても、いずれ薄れゆかせる事ができる。

 だが、現実まで思うとおりになる訳もなく、

「なんじゃ、お主はもう一度、余を殺してはくれぬのか?」

 もう一度、今度は低い音の絶叫が上がった。大きく、大きく、どこまでも響くような――

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