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02

 町に入る時、外から眺めた光景で予想はしていた。しかし、いざ内部を見て回ると、予想以上だ。

 酒場兼宿(と言っていいかは分からない。なにしろ、体を成していないのだから)を出れば、そこは大通りになる。もっとも、正確に言うならば、かつて大通りであった場所、だろう。

 それなりに広い通りは、昔の賑わいを想像させる。だからこそ余計に、今の寒さを強調した。とにかく、ここには人がいない。閑散としている、という表現さえ正しくなかった。目的もなく座り続けている老人一人だけ。

 解釈の余地も無く、廃村だ。多分、今残っている者達は、他にどこにも行き場所がない者だろうか。あと何年かして完全に潰れていても、誰も驚きはしない。それでもぎりぎり生活が成り立っているのは、連絡便から物資を買うことができるから。それにしたって、金が尽きたらそれまでだが。

「哀れむか?」

 ひょこり、とヴィクスフィオが顔を覗かせた。

 考えが表情に出ていたのだろう。顔の筋肉が、強ばっているのが分かった。

「救うつもりならば、それは簡単じゃ。お主が君臨すればいい。それだけで、この町の人間は――少なくともお主がいる限りは、栄華を約束される」

「黙れ」

 言葉を置き去りにして、足を速めた。一瞬だけ置き去りに出来たが、し続けられるものでもない。ヴィクスフィオはすぐに追いついて、隣に並んだ。

 邪険に扱われた事などなかったかのように、笑いながら続ける。

「然程疎ましがる事もあるまい。金も権力も、そして腕力も。所詮は力じゃ。何でもそうであろう? 例え根元が――」

「俺は黙れと言ったんだ!」

 威圧の行きにまで達した声が、少女の言葉を強制的に中断させる。

 強く歪められた表情。明確な怒りが、ヴィクスフィオに叩きつけられた。それにすら、彼女はひるんだ様子もなく。ただ小さく肩を竦めただけだった。幾ばくの間かその姿を睨んでいたが、それで空しさすら改善する訳でもなく。むしろ僅かも堪えぬ姿に、苛立ちが増すだけだ。

 気を取り直すようにして、周囲を見回す。

 どれだけつぶさに観察しても、廃屋(もしくは、そうとしか見えない何か)ばかり。人が住むのに適した環境ではない。

(これならわざわざ金を払って泊らなくても――それも二人分――その辺の建物に入り込めば良かったじゃないか)

 そうした所で、よほど騒ぎでもしなければばれやしない。町の規模だけは大きいのだ、いくらか探せば、あの宿よりマシな環境はあるだろう。まだ食べられる保存食だってあるかもしれない。まあ、水だけは買うしかないのだが……

 と、そこまで考えて、頭をふった。

(まるで夜盗じゃないか。それに、面倒を起こしたくなかったから、こんな所でもちゃんと宿を借りたんだ)

 もし襲われたとして、それをなんとかする自信はある。こんな寂れた場所で、まともな保安員などいるはずもないだろうし。町だって大きすぎる。隙間を縫って逃げ切るなど、わけない。

 だが、面倒が起きるとはつまり、注目を浴びるという事だ。

 ここを逃げ切ったとしても、脛に傷のある自分の事情が知れ渡るのは、非常に面白くない。いや、最悪の事態は。実際に力を振るわなければならなくなった時だ。それこそが、あってはならない。何を置いても、避けなければならなかった。

「どこか行く当てでもあるのかや?」

 当てもなく歩く背中に、かけられる言葉。振り向きもせずに、口元を皮肉げに歪ませた。

「お前のいない所だ」

 ほぉ――とヴィクスフィオが息を吐く。

「余がお主の側を離れる事が無いと知った上での言葉、それはつまり……」

「もういい」

 どうせ、返ってくるのは肯定的な言葉だ。聞き飽きたそれを中断して、なんとなしに近くの路地裏へと入っていった。

 表に人がいないならば、裏を。期待していたわけでは無いが、そういう単純な思考があったのも事実。予定通りに期待は裏切られ、やはり路地裏も無人であり、近くに人の気配はない。

 進んだところで目的のないそこをまっすぐ歩く。周囲に建物があれば、風に舞う砂もいくらか避けられる。ただの散歩なのだから、道を気にする理由というのもない。なにより、狭い道に入れば、隣を誰かに歩かれる煩わしさもなくなる。

 一方的に話しかけてくるヴィクスフィオを無視していると、正面に何かが飛び出してきた。

 それに驚いたのは、飛び出した何かが人影だからであったし。その影が随分と小さいからでもある。

 年齢に比して大きめであるクィンザーとはいえ、成人男性と比べれば小さめだ。その彼と比べても、胸元程度までしかない。つまり、まるっきり子供だ。

 元は言い品物だったと思われる、今は色あせた服。髪がいい加減なのは、整えられる技量がある者がいないからか。前歯が一本欠けており、笑うと不思議な愛嬌がある。同時に、生意気さも。

「なあ、あんたら。町の外から来たんだろ?」

「黙れ小僧」

 堪えたのは、ヴィクスフィオだった。口を挟む間もなく、彼女の視線が子供を捕えていた。

 特別冷徹な訳ではない、だが、ひたすら興味がなさげではあった。見下しも特別視もしていない、ただ空でもみているかのような目。およそ、人間相手に向けるような視線ではない。

 ヴィクスフィオの視線に、少年がたじろいだ。やはり、彼女は気にしない。

「余はクィンザーとの一時を楽しんでいるのじゃ。すぐ消えるならば良し。邪魔立てするならば容赦はせぬ」

 用は終わったとばかりに、視線を戻すヴィクスフィオ。彼女の持つ様子が尋常ならざるものだと気付いた少年は、その場で震えていた。

 空気の固まった空間。そこに取り残されたクィンザーは、ため息を吐く。

 ヴィクスフィオの様子というのは、特別なものではない。むしろクィンザーに対する様子の方がおかしいのだ。元来の彼女は移り気で、かつ気分屋。興味の無いものは、例え壊れようと僅かも感情を動かさない。究極のエゴイストだ。

「黙るのはお前だ」

 少女の襟首を掴んで、無理矢理後ろに引っ張る。全く抵抗がなかった代わりに、襟を掴んだ手に指が添えられた。

「余に触れてくれたのう、ふふふ」

「……」

 言葉は返さない。その代わりに、強く触れた手は払ったが。

「で、お前は何の用なんだ?」

 意識して語感を強めにしたのは、お前を助けるためじゃないと主張するため。実際、ヴィクスフィオを下がらせたのは、面倒を嫌った以上の意味はない。少年に対しても同じだ。面倒事ならば関わらない。

 そういう意図を込めたのだが、伝わったかどうかは怪しい。ただでさえ生意気げな顔を、より生意気に曲げた。もしかしたら、上手くいったとでも思っているのかもしれない。

「へへ、あんたたち、待ちの外から来たんだろ? それで、問題を起こせない奴らだ」

 得意げに言うその台詞。癪ではあるが、否定できない。なにより、

「どうしてそう思った?」

「こんな所でわざわざ金を払って泊る奴なんて、それ以外にないだろ? ちょっと勘ぐられても、文句の付けようがないようにしなきゃならない奴」

 ぴっ、と少年の指が突きつけられる。

 内心舌打ちしたのは、少年に対してではない。少し考えれば分かるつまらない事を、わざわざ聞いてしまった。

 クィンザーはむっつりと黙り込んだ。ヴィクスフィオは、はなから興味がない。言葉が続かないのを見て、少年はさらに笑みを深める。いかにも「してやったり」とい表情を作り、突きつけたままの指に力を込める。

「つまり、あんたらは王都あたりから来た魔導師だ! だから人目をはばかりつつも、ちゃんとしてる必要があるんだ!」

 ずびし――音がなりそうなくらい力んで、少年が宣言した。

(まあ、こんなもんだよな)

 所詮はいいかげんな推測(と言うか妄想だ)、限界がある。それでも聞いていたのは、事情を知っている万が一を捨てきれなかったからだ。ここは――故郷からまだ近すぎる。

 それにしたって、魔導師と勘違いするのは酷すぎる。

 魔導師がみすぼらしい格好をした、それも子供の二人組な訳がない。ましてや、もう少し利口なやり方を実行するだろう。

 王直属戦力の一つ、魔導師。あり得ない現象を現実にする、奇跡再現者。ただの魔導を扱う者とは、文字通り意味が違った。厳密に管理され、同時にバックアップを受けている。杜撰な行動を取るはずがないと言うのは、少し考えれば誰にでも分かる。

 しかし、少年の中では既に、確信に変わっているようだ。瞳をきらめかせて――同時に、ある種の勝利を確信して、こちらを見上げてくる。

「オレの名前はスウィンスだ、よろしくな」

 言って、指していた指を畳み、親指で自分を指す。続いて、こちらに背を向けた。

「こっちだよ!」

 返答を待ちもせず、小走りに進み始める少年。それを確認して、次にヴィクスフィオを見て、ため息を吐いた。誰にでも聞こえるように吐いたつもりだが、それを気にする者はいない。その事実に、今度はわざとでは無いため息が漏れる。

(なんでこう、俺は話を聞かない奴に縁があるんだ……)

 思えば、故郷を出る原因になったあの日。そこから、全ての歯車が狂い続けている。

 何一つ噛み合わないというのは、酷く疲れを発生させる。思い通りに行くことなど望んではいなかった。だが、何もかもが想定されていない事ばかりだと言うのは、つまり気を抜く事が出来ない。

 心労は、かなり厳しい域にまで達している。慎重に息を吐きながら、とりあえず足を進めた。

 スウィンスは先走りつつ、クィンザー達が遅れてるとみると立ち止まる。また走り出しては、頻繁に背後を確認し。その繰り返しだ。その内に、最初の十字路(と言うほどのものでもない。ただの建物の隙間だ)を右折する。

 が、クィンザーはそれを無視して、直進した。当然、ヴィクスフィオも。それを確認したスウィンスはぎょっとして、駆け寄ってきた。

「ちょっと、どこへ行くんだよ! こっちだって!」

「知らん」

 制止も聞かずに、そのまま変わらぬ歩調で歩き続ける。少年が慌てて、進路に割り込んできた。ご丁寧に両手を挙げて、行く先を閉じながら。

「な、なんで……」

「お前は勘違いをしている」

 なるべく苛立ちを押さえた口調で、丁寧に言葉を発する。どれだけ効果があったかは分からないが。

「俺はべつに魔導師じゃない」

「否定しなかったじゃないか!」

「肯定もしてない。お前が勝手に勘違いしただけだ」

「それに、ついてくるって!」

「それも、勝手にそう思っただけだろ」

 言われて、スウィンスはもう泣きそうだった。先ほどまでの自信に溢れた様子はない。

 相手は子供だ。少年の様子を憐れだと思う心くらい、クィンザーにもある。だが、それと実際に言うとおりにしてやるかは話が別であり。何より今の彼には、赤の他人を気遣うほどの余裕などなかった。

「でも!」

 それでも、スウィンスは足掻く。

「あんたらは外から来たんだろ? この辺は安全じゃないんだ、二人で来たなら、それだけの実力はあるはず! なあ、オレたち困ってるんだ! その力を貸してくれよ!」

 ついに――悲鳴を上げるようにして、少年が縋り付いてくる。

(なんでこう、こいつらは容易く助けを求めるんだ……その先に何があろうと、知った事じゃない癖に)

 調子に乗って力を披露して、安易に人を助けて。その先の結末がどのようなものかなど、それは碌なものじゃない。助けを求める者がほしいのは、結果までだ。その先の不利益など欲していない。そして、背負う気も無い。誰も彼もが、ただ身勝手に救いを求めるのだ。救いに、救いいがいがあってはならないと信じている。

 疲労に続き、苛立ちも限界に達しつつある。取り繕っていた表情が、隅の方から壊れ始めた。縋り付くスウィンスに対して、危険な角度で眉を曲げたヴィクスフィオ。彼女が実力行使に移らなかったのは、クィンザーの限界を知っていたからだった。

「いいだろ、少しだけで……」

 スウィンスの言葉は、それ以上続かなかった。

 クィンザーが少年の肩を押して、体を四分の一だけ回転させる。横向きになったスウィンスのズボンを持って、同時に足を払った。大きく回転する小さな体、その勢いのままに、近くの建物へと投げつけた。

 体は容易く薄い木の板で遮られた窓を割る。軽い音でベニヤ板が砕け、室内でけたたましい音が響いた。中に荷物がそれなりに残っていたようだ。もしかしたら、まだ人が住んでいたかも知れない。だが、どうでもいい事だ。実際に中をめちゃくちゃにしたのは、クィンザーではなくこの町の住人。まず矛先が向かうのは、スウィンスに対してだ。その後から矛先が向かうとしても――その頃には、もうこの町から出ている。

 音の方向を一別もせずに、クィンザーは歩き出した。変な声が、もしかしたら鳴き声かもしれないそれが聞こえても、無視する。

「今日の夕餉はどうするのじゃ? このような腐れた町では、食う場所があるかすらも怪しいしのう」

 努力も必要とせず、何事もなく世間話を投げつけるヴィクスフィオ。もし彼女を罵倒してショックでも受けてくれたら、どれほど楽だったか。苛立ちのいくらかが消えてくれて――今度は自己嫌悪が生まれるだろう。

 結局、逃げ場などどこにも用意されておらず。あったとして、そんなものは実の所、罠でしかなく。

 信ずるに足る何かは、どこにもない。ひたすら鬱陶しいヴィクスフィオに纏わり付かれながら、狭い路地裏を探し続けた。

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