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自分は比較的裕福な家庭に生まれたのであろう。

欲しいものも、したいこともやらせて貰えたように思われる。また、十分に愛して貰えたのであろう。

幼い頃のしたいことなど、たかが知れているのだけれど。

お蔭で、「お前は恵まれている」などとしばしば言われることがあった。


しかし、本人にはその自覚がないのである。

自分にとってはそれが「当たり前」であり、望まずとも手に入るのであるから。

甘いと思われるかもしれない、だが、それが事実なのだ。

世の中は平等だと喧伝する者が居るが、そんなものは幻想である。

生まれによって、走り出しからの差が付いているのだから。


親不孝なことに、自分は自覚のないまま、相対的に"恵まれた"子供時代を過ごした。

一方で、不満が生まれない訳ではなかった。

何が"恵まれている"のか解せぬのだから致し方ない。

隣の芝生は青く見える、ではないのだが、自分より他人の方が恵まれているように感じていた。

自分の苦労は、他人に勝るものであると。

不幸自慢をする友人たちに相槌を打ちながら、自分の方が不幸である、と感じていた。

傲慢と罵られようと、それが事実である。

恐らく、誰もがそのように感じているのかも知れない。

現状において、他の貧困国に比せば、"絶対的"には我々は裕福であり、幸せに映るかも知れない。

だが、それは主観を反映しない。

事実虚無感に支配され、無意味に生を重ねるだけである。

苦しいものは苦しく、辛いものは辛いのである。

それを誤魔化すべく、戯言を口にして表情のみで笑い合う。

意味が在るのかどうかは、誰も知らない。


斯様な下らない考えを持ちつつも制度によって規定され、小学・中学へ入学した。

自分は何事もそつなくこなした方である。

成績も上位であれば、教員からも一目置かれていた。

しかし、本来はそうではない、と、変人を気取りたい気もあったのだ。

今振り返れば愚か極まりないのだが。


下らない生活を流れで続け、進学校等と呼ばれる高校へ進学した。

生きているのも面倒であったため、其の頃の成績で可能な進学校である。

其処は変人の巣窟、と呼ばれる所であり、其処でもおどけて見せていた。

勉強は相変わらずであったから、無茶をしても許されていた。

進学校とはそういうものである。

多少素行に問題が在っても、抜群に成績が良ければ大抵は許容される。


自分は其処で、他人を見下す術を学んだのであろう。

「出来ない」ということがどういうことか、皆目見当がつかないのである。

勉強でも何であろうと、恐らく型がある。

高等学校においては、何も考えずに問題を解くことが型である。

どうしてこうなるか等、よっぽど秀でた者か凡庸な者が考えることなのだ。

生きる事が苦痛でしかないのだから、何も考える必要はない。

故に、何でもこなせてしまう。

出来ない意味も解せなければ、全てが無意味に思える。

しかしながら、出来ないよりは出来た方がよい、といった下らない思想から

気付けば笑みの下の本心では相対する者をしばしば見下している。

しかし斯様な思想からか、精神を患ってしまった。

怠けていると言われてはそれまでであるが、何故だか学校に行けずになってしまった。

其処から投薬を始めることになったが、未だに回復出来ぬのだ。

嗚呼、上辺のみで生きていければどんなに楽なのかしらん。

其れでも、自分は他人を見下しているのだ。救いようのないこと!

高等学校時代、新たな才能も見つけた。

一般的には他人には決して好かれないのだが、一部の者には信仰染みた好かれ方をするのだ。

自分が精神を病み、通学すらせずに家で養生していた折、連日自分を気に掛ける連絡をくれる者があった。

恋愛、等と云ったものには更々興味も持てずにいない性質であるから、どうでも良かった。

共に死んでもよい、と云われた覚えすら在る。

無関係な他人を巻き込む趣味は無い、当然断った。

追々この者も出てくるであろう、名は石井、という者である。

だが、自分としても此奴は決して嫌いでは無かった筈だ。

知らぬうちに精神を病んでしまった自分を責めるでも無く、只々親身に話をしてくれた。

弱り切って居る時の此の親切!恩に思わない筈も無い。

自分の様な者に時間を割いて居るのだから。

我々は御互い、クラスでは浮いた存在で在ったから丁度好かったのであろう。

自分の最も無様な姿を知るのは、石井の他居らぬ筈である。

松本と云う親友も居たが、此奴とは上辺をなぞる関係で在る。

其れが御互い心地好く、其れで十分であるのだ。

友情等、只関係に名前を関しただけのものである。きっと、言葉でも記号でも変わりはないことなのだ。


さて、主題へ戻ろう。

私の人生で一本の筋が通っているとするのなら、他人を無意識に見下す、其処だけは昔から変化せぬところである。


戯れて、反抗して、崩れて。

其れでも抜群の成績で高等学校を卒業し、学校の方針に逆らうのも面倒となってしまった結果、手軽に国立大学へ進学した。

「成績だけなら、もっとよいところに行ける」と言われたのだが

そんな気はさらさらない。

鶏口牛尾などといった言葉があった筈だが、其れである。

ともかく、適当に試験を通過し大学へ進学した。

下らない講義を聞き、本を読み、酒と薬に溺れて、誘われて始めたバンドで歌を歌った。

講義は嫌いではなかったので、割合真面目に通学し、他人より講義を多く受ける程であった。

周囲は凡庸であろうと、知らぬことを知ることは純粋に愉しかった。

また、多くの古典も読んだ。身になっているのかしらん。


大学時代は勉学もそうであるが、可笑しな店に出入りする事が多くなった。

当時の自分曰く、”社会見学”である。

売春婦の居るような店での店子や、客相手に酒を飲み話す仕事もした。

生きるのも死ぬのも面倒で何もかもが破滅すればよい、と考えているのだから、

こんなことはどうということも無い。

また、同性愛者に好かれることもしばしば出てきた。

自分は機械しか愛せぬというのに滑稽である。

男女問わず寝て、起きて、どうしようもない不快感に犯されシャワーを浴びる。

何度シャワーを浴びても嫌悪感は消えぬのであるが、自分がどうなろうと関係もない。

自分は嫌でも、価値のない自分に断られる相手の身になれば断ることが出来ぬ。

だらしない、汚らわしい生活だ。


他者との行為の中で気付くことがある。

恐らく、自分という個体は目に見えて存在して居る。

だが、その自分を上から見下ろす自分も居るのだ。

それは実態がなく、空気のようなものである。意識すれば、霧が晴れる如くに消えて逝くのだから。

別に其の生活を辞める気も続ける気も無い。

凡て、流される儘。

自分には明確な意思と云うものが欠落して居るのだろう。


斯くの如くだらしの無い生活をし、本ばかり読み漁る私を心配したので在ろう。

ある日、忘れていた石井から便りが在った。

石井は他の大学へ進学し、別段会う訳でも無かったのだが。

メールとは便利な機能で在るが、不愉快になるものでもある。

適当に開封し、文字の羅列に目を通す。

皆に等しい文字を示し、相手の感情を殺すのであるから携帯は好きでは無い。

兎も角、内容は以下で在る。

「会いたい」という旨だ。

実に滑稽だが、自分が高等学校を卒業出来たのは石井のお陰でも在る。

純粋に感謝の念を抱いて居たから、了解したと返事を送る。

代々木で待ち合わせる事にし、自分は時間に遅れて行った覚えが在る。

平日昼間の代々木駅は閑散として居て、石井を見つけるのに対して時間も取らなかった。

近くのカフェで煙草を吸いながら、他愛無い会話をした。

只管時間を無駄遣いしている。知って居て行って居るのだから仕方の無いことだ。

そして、偶々近くのライブハウスで御互い好きなバンドのライブが在ると知り、

折角だからと其れを観にチケットを買った。


狭い空間に人だかり。

馴染んだ曲と、他人の熱気。

ステージ上の見世物、あの距離感が好きなのだ。

幾ら手を伸ばしても届かぬ感覚と、彼らの日常は決して知りたくも無いと云う平行線。

其れが自分の求めているものでした。

偶像崇拝では無いけれど、自分が求めるのは手の届かぬもの。

追い掛けているけれど、届かない感覚を味わいたいのだろう。滑稽だ。

当然、何事も無く公演も終わり、石井と別れて帰路に着く。

疲弊の感覚を身体に覚え、重たい足取りで電車に乗り込む。

家路を足で辿り、見慣れたドアを開けて室内へ侵入を果たして後ろ手で施錠する。

慣れた行為だ、決まりきったものである。


鞄を置かぬうち、其処に仕舞って在った携帯が振動するのを感じた。

鞄から携帯を取り出すと、石井からの電話で在る。

取らぬ理由もあるまい、自分は通話ボタンを押して返事をする。

「もしもし。」


「ああ、石井だけど…、此れから付き合いませんか?」


「分かった。」


其の云い出しを断れる程、自分には価値は無い。

其れ故に軽い返事をして、一方的に通話を遮断した。

恐らく自分の親友で在る松本が、最近の自分の状況を石井に伝えては居るのだろう。

斯様な自分でも、遊びで無く他人に愛して貰うことが出来るのであろうか。

なれば、自分が石井を"愛して"居る、と思い込む他無い。

嘘か誠か分からなく成る様に、自分はそう想う事にしたのです。

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