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改造戦士ギゼンガー  作者: zan
第四話「情報網」
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第四話・情報網 前編

 少年は『カマキリ』との戦いによって傷ついた左腕を眺めていた。外骨格はズタズタに痛み、ひび割れている。僅かに動かすだけでも激痛が走るのだ。しかし、処置しないことには仕方がない。歯を食いしばって外骨格を矯正し、石膏でがちがちに固めた上で包帯を巻いた。これで、なんとか動かせる。

 しかし、完全に治るには時間がかかる。これは応急処置に過ぎないし、ギゼンガー自身にも正しい治療の仕方などわからないのである。そもそも外骨格は本当に再生してくれるのか? むしろ本物の虫のように役に立たない四肢は欠け落ちるのが本当なのではないのか? そのような疑問も彼の頭には浮かんでいた。

 だが、左腕を失うわけにはいかない。彼は今後も戦い続けなければならないのだ。

 石膏で重くなった自分の左腕を布で肩から吊り下げる。しばらく無理はできない。

 ゆっくり休もう。


 少年は窓を開けて眠っていた。夏の暑い盛りだからであるが、そこをついて、何者かが彼の部屋へとやってきていた。既に真夜中、月明かり。網戸を外から開き、彼の寝姿の傍に降りたのは、女だった。

「起きて、ギゼンガー」

 とん、と胸元を叩かれて、少年は跳ね起きた。ギゼンガーと呼ばれたことが原因である。彼の正体を知るものが、自分の寝首をかきに来たのか、と彼は思ったのだ。

「寝起きがいいんだね。それとも、狙われている危機感はあるってこと?」

「誰かと思ったら、あんたか」

 少年は額をおさえて、呻いた。寝台の傍に立っているのが、スカーレットだったからだ。正体は『ハナビラカマキリ』を連想させる姿。偽装はどこにでもいる女学生である。相変わらずのポニーテールだった。特別の美人とはいえないが、幼げな印象を秘めた穏やかな顔つきである。

「あんた呼ばわりは、失礼と思わないかな。それより、少し付き合いなさいギゼンガー。誘いに乗った方々が暴れているのだけれども」

「『誘いに乗った連中』かね。生憎と故障しているわけであって、完治するまでお待ちいただきたい」

 ため息をついて、少年は肩から吊り下げた左腕をスカーレットに見せた。

「甘えたことを言うね、ギゼンガー。私だってあなたの敵、弱点をさらして、やる気あるのかしら」

「俺の左手が壊れたところは、見ていただろうに。お前こそ俺の寝首をかくチャンスがありながらわざわざ、こんなことを。やる気があるのかないのか、どっちなんだ」

「そういうやり方は好きじゃない。それだけだよ。それよりさっさと来なさい、ギゼンガー。あなたには戦い続けるしか、道が残されていないんだから」

 スカーレットはそう言い、窓から外へと飛び出した。元来カマキリは飛行を苦手とするのだが、羽の位置がよくなっているおかげか、スカーレットは問題なく飛べるようである。羽を開いた瞬間偽装が解け、白い彼女の姿があらわれる。

 仕方がないのでギゼンガーも正体を現し、彼女の姿を追うことにした。

 町の外れのあたりまで飛んだところで、スカーレットが降下する。追って、ギゼンガーも地面に向かう。そこは、開発地帯、周囲には今から家を建てようという素材がたくさんある。木材を組み、柱を立て、今からまさに家になろうとしているものも見受けられた。どうやら、分譲地帯になっているようだ。

 ギゼンガーの右目は、それらをよくとらえた。だが、果たしてここに一体何があるというのか。

「ここに一体何がある」

 地面に降り立ったギゼンガーは、スカーレットに訊ねた。夜の帳の中でも目立つ白いカマキリは、闇の中を見つめている。声をかけられて、ちらりとギゼンガーの顔を見たが、すぐにまた闇の中に目を戻す。

 そこに何かあるのか? ギゼンガーは目をこらした。よく見ると、闇が動いている。

 何かがそこにいて、何かを行っているようである。

「あなたは、『誘いに乗って』からすぐに『蝶』の女を殺してしまったから、知らないかもしれないけど」

 スカーレットは、やっとギゼンガーに目を向けた。

「こうして『誘いに乗った』方々はある程度、連絡を取り合って情報を共有しているんだよ」

「俺が連中の間でそこそこ名が知れているところから考えても、わかることだ。そんなことが重要なことか?」

「重要だよ。私もそのコミュニティをもっているのだもの。今夜、ここにご案内したのは私が連絡をとっている連中の一人が、ここにいることを知っているからさ」

「つまり、ここにも『誘いに乗った連中』がいるってことか? なんでわざわざ俺に教えるようなことをする」

 問い詰めるような口調で、ギゼンガーは訊ねる。が、スカーレットは目をそらして、それから腕を組んだだけだった。

「罠か? 大勢いるところに俺を誘い出して、仕留めようっていうのか」

「あ、それは違う。ご安心なさって結構」

 ギゼンガーは頭を掻き、そのあと人差し指でスカーレットを差した。

「俺に何をさせようとしている」

 返答次第ではここで戦闘をはじめるぞ、という脅しだった。とはいえ、今現在の彼は左腕を損傷し、肩から布で吊り下げている状態だ。不利なのは明らかである。

「あの、闇の中に動いている『彼』と、あなたは多分戦うことになる。偽善を振り回して戦うあなたと、破壊欲だけで立ち回る『彼』と、戦闘にならないはずはないと思う」

「『彼』だと」

 ばりばりというような音が響いてくる。建築材に使われる、多くの木材が破壊されている音だと考えられた。

 間をおかず、次々とその音は聞こえてきた。かなり多くの建築材が壊されているであろう。

「あの音をたてている奴と、俺とを戦わせたいのだろう」

「私はね、あなたに興味がある。あなたの一連の行動は、私にとっては本当に理解できないことだから」

 スカーレットは、カマを一振りすると、再び女学生の偽装をとった。それですらりと人差し指を伸ばし、真正面からギゼンガーを指差す。

「どうしてあなたは裏切ったの? 私にはわからない。こんな勝ち目のない裏切り、それ以上に、『世の中を混乱させたいと願うはずのあなたがそれを手伝う同胞を殺す理由』がわからない」

 ギゼンガーはスカーレットの目を見つめた。偽装した姿の目を見ても仕方がないが、その目はキラキラと真っ直ぐにギゼンガーの瞳を見つめていた。

「俺は『蝶』の女が撒いた毒で多くの人間が死んでいく姿を見たんだが、俺が望んでいるものはあれではなかった。それだけのことだ」

「どういう、意味」

「つまり、俺が憎んでいたものは『世界』ではなくて『退屈』だったんだよ。俺に必要なものは、『刺激』と『スリル』だった。お前たちを裏切れば、それを手に出来ると気付いただけだ。勝ち目がないとか、不毛だとか、そういうことはもうまるっきり、関係ないね。ただ、俺が憎んでいた『退屈』を消し、『刺激』を手に入れるために最適の手段がそこにあった。だからそれを選んだ。簡単だろう」

「馬鹿な」

 右腕を開いて説明をしたギゼンガーに対して、スカーレットは驚愕した。

「つまり、『誘い』をかけられたときのあんたは……ここにある、この『世界』ではなくて、ただあんたの主観的なところにだけある、『退屈な世界』を憎んでいたのか!」

 ギゼンガーは答えなかった。スカーレットの言葉がよくわからなかったからである。

「この、偽善者ァ!!!」

 スカーレットは怒鳴りつけた。だが、彼女は偽装を解かない。その目はまだ、まっすぐにギゼンガーを見ている。

「あなたは本当に、正義のために戦っているわけじゃなかったんだ」

「そう、そのとおり」

「でも、『誘い』をかけられたということは、あなたにだって混沌を望むこころがあるはず」

 スカーレットの話は、ギゼンガーにはよくわからなかった。彼にとっては、ただ刺激を手に入れるために裏切っただけのことだ。他の事はしらない。

 物事を複雑に考えすぎるんだ、と彼は思う。単純で、何が悪い。

「おい、『スカーレット』。話は済んだのか、こいつはどうなった」

 ざらざらとした声が、背後から落ちてきた。思わず振り返ってみると、破壊活動を行っていたらしい人物がそこに接近していた。

「大体、話は済んだよ。仲間に戻るつもりはないみたいだけど」

 スカーレットはそう答えた。ギゼンガーは、現れたその人物を見上げた。かなり巨大だった。

 その姿は、玉虫のようでもあるが、違う。全身を厚い外骨格に包まれ、羽を持っている。彼も『誘いに乗った』のだろう。この夜の中に似つかわしくない、青白く美しい外骨格だった。そこに黒い星が幾つかついている。何より特徴的なのは頭から彼の足元まで伸びている長い二本の触角だったが、それ以上に大きく発達した大アゴがあった。『スズメバチ』よりも強力そうなアゴだった。

 恐らく、このアゴで建築材を砕いて回っていたのだろう。

 触角の長さで考えれば台所によく生息している気味の悪い昆虫だが、その大アゴから見ても『カミキリムシ』、それもこの巨大さと青白い外骨格から『ルリボシカミキリ』であろう、とギゼンガーは思う。

「なら、裏切り者なんだろう。始末しなくちゃならんな」

「やってくれるの、私がやろうと思っていたけど」

 腕を伸ばして、スカーレットは『カミキリムシ』の前に出た。だが、無骨な『カミキリムシ』の腕が彼女をどかした。

「どいてろって、久しぶりの獲物なんだ」

 前に進み出てくる『カミキリムシ』は、大アゴをかちかちと鳴らしながら勇ましく構えた。やはり、どう考えても噛みつきが彼の必殺技なのであろう。

 ギゼンガーは左腕を少しだけ見て、諦めたように右腕を前に出し、構えをとった。やるしかないようである。

 スカーレットは偽装も解かないままで、離れたところにある鉄柵に腰掛けている。参加するつもりはないようだ。とりあえず、この『カミキリムシ』に全注意力を注いでよい。

 突然、『カミキリムシ』は突っ込んできた。『カマキリ』と同じように、両腕を上に上げて、そこから一気に振り下ろしてくるつもりだ。体の構造上の問題か、『カマキリ』ほどの速度はないが、何しろガタイのでかさを生かしての振り下ろしだ。威力も高いに違いない。

 この攻撃も当たればかなりのダメージとなる。ギゼンガーは仕方なく背後に下がった。『蛾』の自分では、正面からぶつかっても勝てないのはわかっている。振り下ろされた『カミキリムシ』の両腕は、そのまま地面に突き刺さった。と同時に、その刺さった両腕を支点にして、『カミキリムシ』の体が一気に前方に投げ出されてくる。一歩下がって振り下ろしを避けたギゼンガーに向かって、飛び掛ってきたのだ。顔から。

 その狙いは何かといえば、当然の如く、『噛み付き』をギゼンガーに食らわせるためだ。

 くわっ、と大アゴを開いて飛び込んでくる姿を見て、ギゼンガーは背中の羽を勢いよく開き、燐粉を撒いた。今度はさすがに左腕を犠牲にして何とかする、というわけにはいかない。噛み付きをくらったら、間違いなく腕など切断されるからだ。

 燐粉によって『カミキリムシ』の目はくらみ、その間にギゼンガーはさらに一歩下がることが出来た。噛み付きは空振りに終る。

 ならばここから反撃、ギゼンガーは跳躍し、自分の膝で『カミキリムシ』を打ちつけた。跳ね上げるような動きの膝蹴りは、間違いなく咽喉もとのあたりに命中した。こういう技を得意としていたキックボクサーが昔いたような気がする。

 直後、ギゼンガーの身体は浮き上がった。飛んだわけではない。つまり、掴みあげられたのだ。

「うっ!」

 膝蹴りが全く効いていない。しかも、噛みつきを食らったらそれで終わりだという相手につかみあげられた。

 非常にまずいことだった。どうにもならない。

 奴の大アゴが、俺の首を切断する!

「あっけなかったな」

 アゴを開き、両腕でつかまえたギゼンガーの身体を、ゆっくりと顔の前へと持っていく。あとはハサミを閉じるようにアゴが閉じきればそれでおしまい、ギゼンガーの意識は永久に閉じられる。

「ぐぉっ!」

 瞬間、全霊を込めてギゼンガーは右足を振り上げた。その爪先が、『カミキリムシ』の腹部へと食い込む。さすがにこれは効いたらしく、彼の動きは一瞬止まった。さらに、その右足を腹部へと埋めたままにしておき、そこを軸足にして左足を振り上げた。渾身の力を注いだその蹴り上げは、完全に『カミキリムシ』の咽喉元をつらぬいた。

 両腕の力が緩み、つかみあげられていたギゼンガーも解放される。

「ぐぅ、こなくそぉ!」

 大きな体躯を生かし、『カミキリムシ』は間をおかずに攻めかかった。ギゼンガーが油断ならない相手だと思ったのだろうか。その振り払うような一撃が、まだ完全に起き上がらないギゼンガーにぶち当たった。

 きれいに食らってしまった彼は吹っ飛び、分譲地の端にある鉄柵に激突する。

 衝撃に息を吐きながらも、何とか起き上がって『カミキリムシ』を見る。が、そこにいるはずの彼の姿が消えていた。周囲を見回しても姿が見えない。どこだ。

「上だよ」

 隣からそんな声が聞こえて、空を見上げてみると、本当に『カミキリムシ』はそこにいた。羽を使って、自分の真上のあたりへ浮いていた。ここから急降下を仕掛けてくるつもりか。

 ちらり、と隣を見ると相変わらず偽装も解かない女学生の姿のままのスカーレットが、つまらなさそうな表情で下を向いていた。しかし、今は彼女にかまっている余裕などない。今の衝撃で割れてしまった左手の石膏を気にする余裕も、ない。

 ギゼンガーは左手を吊っていた布を捨て、空に浮かぶ『カミキリムシ』を見据える。

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