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改造戦士ギゼンガー  作者: zan
第三話「スカーレット」
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第三話・スカーレット 前編

 ギゼンガーはスズメバチに食らった毒液の影響を受けていた。

 顔面の半分は焼けたままだし、片腕も強く傷ついている。ただ、腕は表面が焼けただけで、内部には影響がなかったので神経作用さえ消えてしまえば、特に問題なかった。恒常性のある肉体構造でよかったとギゼンガーは思う。だが、顔のほうはそうも言っていられない。何しろ、片目が完全に潰されたのだ。複眼の一部は残っているので全く見えないわけではないが、視界がズタズタである。特に右側はほとんど見えない。

 少年の姿に戻ってしまえば、それは偽装なのでとくに傷ついていないように見える。だが、それは見かけだけのことだ。実際にはやはり右目は壊れているし、視界も悪い。これからこのまま、戦いを続けていかなければならないことはギゼンガーにとって頭痛の種である。ここにいたって、自分ひとりだけで戦い続けるということに限界を感じる。最初から退屈が嫌で戦いに身を投じたわけであるが、その戦いの相手も自分と同じだけの力を持っている。いつ負けて、やられてしまってもおかしくはない。負けはしなくても、このように後々まで影響する傷を受けることは想定される。

 味方が欲しい、とギゼンガーは思った。

 誰でも構わないとまでは言わないが、それなりに戦力になる奴らが何人か、そしてその中に傷を治療できる人間がいればもっといい。

 ギゼンガーは少年の姿に偽装したまま、町の中を歩いていた。部屋の中にいてもつまらないと思って、繁華街を歩いていたのである。つい数日前に毒物を撒かれて何十人もの死者を出した通りだが、警察はまだ捜査を続けていた。無駄なことだというのに。

 犯人はギゼンガー自らが殺してしまったのだが、それでも裏づけとか証拠集めだとか、色々とやることがあるのだろう。あちこちに「KEEP OUT」のイエローテープを張って、地面にしがみついている。

 特に毒物が直接散布され、ギゼンガーがその犯人である『蝶』の女と戦ったあたりは、未だに封鎖されて立ち入ることもできない。一体何をそんなに調べているのやら。

 それらを横目で見ながら空調の効いた本屋を目指し、少年は歩いていく。すると、一人の女とすれ違った。髪をポニーテールに結んだ女で、白いセーラー服の上から薄手のジャケットを着込んでいた。何気ない、ただのどこにでもいる女に見えたが、少年にはわかった。その姿は、偽装だ。こいつもつまり、『亡霊』の誘いに乗った人間なのだ。

 なぜそれがわかったのかといえば、女がギゼンガーの触覚に触れたからである。彼の額から突き出た二本の触覚は、非常に鋭敏な感覚を持っている。それで直接触れてしまえば、いかなる偽装も役に立たない。

「……」

 しかし、相手も同時にギゼンガーのことに気付いたらしい。お互いに足が止まる。女はこちらに振り返って、少年の顔を見上げてきた。その目からは、敵意が見える。

「あなたも誘いに乗ったんだ」

 女はそう言った。

「そうだ。文句でもあるか」

 少年はなんでもないように答える。退屈はしていたところだから、戦うのも別に悪くないなと思う。

「『蝶』と、『スズメバチ』を倒した裏切り者がいるって、聞いてる?」

「知っている。何が言いたい?」

 やはりそれか、と少年は思う。もう大体、犯人は目の前にいる人間だと気付いているのだろう。

「私はね、その裏切り者に訊ねたいの。どうしてわざわざ裏切ったりしたんだって」

「なんとなくだろう」

「そんなんじゃない。誘いをかけられた時点で、そいつはもうすでに世の中を憎んでいる、と見込まれているわけじゃない。しかも、誘いに乗ったんだ。それはもう、『世を混乱に陥れる』という目的が彼と一致してると見ていい。なのに、せっかく利害の一致した私たちを裏切って敵対するなんて、意味がわからない」

 セーラー服の女は、長々と説明した。確かに、その質問をしたくなる気持ちは分かる。

 しかし、ギゼンガーが裏切った理由は、単純なものなのだ。

「きっと、正義に目覚めたんだよ」

 面倒くさいので、ギゼンガーはそう言った。

「へえ、そんなにいいもの? 正義なんて。でも、正義なんてこころは、奪い取られたはずじゃないの」

「じゃあ別の理由なんだろう。もういいか?」

 こいつはどうも、戦うつもりがないな。

 少年はそう思った。論戦は苦手だった。それに、暑苦しい。

「あんたが、その裏切り者なんでしょう? 何考えてるの」

「何も。俺は、自分が望むように動いているだけだね。戦う気がないなら、行かせてもらうぞ」

 少年は手を振って、女に背を向けた。本屋に行って涼まなくてはならないからだ。


 少年が行った本屋は、古書専門店だった。日に焼けた、茶色の本が並んでいる書店である。少年が好んで呼んでいる哲学関係、思想関係の本はこういったところに転がっているからだ。ヘーゲル、サルトル、キルケゴールといった著名な哲学者の書籍が並んでいる。少年はその背表紙の列を満足げに眺めつつ、どれを買い求めようかと物色しはじめるのだった。

 外に出た頃には、すでに一時間以上が経過していた。少年はいくつかの書籍を手に持って、それらを開きつつ歩く。図書館で読んだほうが空調が効いていて読みやすいうえに快適だということはあるが、それでも手元においておきたい本というものはある。少年は家に戻ると、扇風機の風を受けながらその本を通して読み、それから夕食を摂ってごろりと横になった。


 夜中になって、ふと少年は目覚めた。

 この暑さもさすがに夜の間はその勢いを弱めている。ちょっと外に出てみるかな、という気持ちになった。近くのコンビニまで徒歩10分、飲み物か何かと、軽食でも。

 靴を履いてすたすたと歩き、やがてコンビニの明かりが見えてきた。住宅街の隅にある、なかなか繁盛しているコンビニである。しばらく店じまいする心配はないだろう。

 時刻は真夜中を過ぎた頃であるが、夏休みの最中ということもあってか、家々の灯りがついているのでそれほど暗くない。少年は悠々とコンビニまでたどり着こうとした。が、途中でその足を止めた。何か、異様な音がする。

 触覚をふわりと真上に向けて、少年はその妙な音の正体を確かめようとした。何か、太い枝を折って食むような、そんな音なのだ。コンビニ行きは中止だ。その代わりに彼は近くに見えていた自販機でリンゴジュースを買ってごくごくと飲んだ。缶を捨てると、音のする方向に向けて走り出した。

 また、『誘いに乗った連中』が暴れてやがるな、と思ったのだ。この時点では、少年は好奇心と野次馬根性で動いている。

 ぴん、と逆立てた触覚は新しい情報を得始める。音だけではなく、強烈なにおいを感知したのだ。それも血のにおい、内臓のえぐい臭いだった。

 大体、少年もこの先で何が行われているのか、察知した。音と臭いを追って動いている少年は、いつの間にか川のあたりまで来ている。増水時には決壊も予想される大きな河川、その川原のあたりから音と臭いが発生しているのだった。とはいえ、すでに夜中である。真っ暗で見えづらい。

 しかしよく目を凝らしてみれば、そこに誰かがいるのは明らかだった。いや、誰かではない。『何か』がいる。

 少年の複眼には、何が起こっているのかはっきりと映っている。

 食われている、のだろう。

 それは無論のこと、誰かもわからない少女が、『誘いに乗った連中』のうちの一人に、だ。

 しかし、少年のこころには何も湧かなかった。普通なら湧いてくるはずの怒りが、ない。こんなところで気色の悪い食い方をして、ばれたらどうするんだ。その程度の思いしかない。

 つまり、少年はここで何が起きているのかわかってはいたが、それを止めにいこうなどとは思わなかったということである。『正義』の感情を奪われた少年である。これは仕方がなかった。

 食われている少女はほとんど全裸で、首から上は既に食べられてしまったのか、なくなっていた。残った体のあたりをがりがりと骨ごと食っているのは、強大なカマキリのような前足と、アゴをもった生物だ。外骨格も厚そうで、戦闘に向いていることがわかる。

 『カマキリ』は、一心不乱にむしゃむしゃと少女を食っていた。少年はただそれを眺めた。アイツも始末してやらねばならんなぁと思いながらである。少女がすっかりなくなってしまうと、ようやく少年は動き出した。橋の上から空中に飛び出し、空中で偽装を解いた。

 羽を開いてひらひらと飛び、そして『カマキリ』の前に着地を決める。

「よう、うまかったか?」

 その場に出来ている血だまりが、ここで誰かが死んだことを如実に物語っていた。ギゼンガーはそれをみていたわけだが、目撃していなくてもこれだけの血液が流れていれば、誰かが死んだことくらいはわかるだろう。

「ああ、うまかった。お前はなんだ? ハイエナでもしに来たのか」

 『カマキリ』の声は下劣だった。いまだに興奮状態にあるらしく、それが声にもあらわれている。

「いや、別に。俺を捕食しようとは思わないのか?」

 人間一人丸ごと食ったのだから、満腹であろうことはギゼンガーもよくわかっている。だが、それを聞いたのは『カマキリ』の戦闘意欲の程を知りたかったからだ。食事が終った今、彼の戦闘意欲は著しく低下しているとギゼンガーは見込んでいるわけである。

「男なんか、頼まれても食いたくないな。やはり、若い女でなければ」

「女のほうがうまいのか? 脂肪が多いからか」

 『カマキリ』は偏食らしい。思わず、ギゼンガーは興味本位でそんな質問をした。

「味など関係ないだろぅ。俺が食った女は、俺の血となり、肉となる。つまりと俺と一体化して二度と離れることはない。究極の合体だ。そう考えればこそ、美しい若い女こそ、俺と合体する栄誉をあたえてふさわしい。野郎の汚らわしい汗臭い身体なんて食いたいとは思わんぞ」

「で、若ければ若いほど好みなのか」

「子供の身体はいいな、非常によい。汚れを知らないうつくしい、究極の美。世間の手垢に塗れる前に、俺の胃へとおさまるのが最上だと思えるよ」

 ギゼンガーの質問に『カマキリ』は喜々として答えた。徐々にその答えは熱を帯び、彼はついに朗々と己の持論を説明するに至った。だが、ギゼンガーはその説明に苦笑してしまう。

「食事とセックスを同一視してるのか、あんたは」

「おー、それだな。まさしく。これより先、数多の女を俺は食うであろう。そしてその女たちは俺の血となり肉となり……俺が女と共有するのは至上の喜び。うむ、うむ」

「ふむ」

 二本の触覚をふよふよと風になびかせ、人間とほぼ同じ構造のアゴの先に手を当てて考え、それからギゼンガーは一つ結論を出した。

「あんたがカニバリズムに染まったロリコン野郎だということはよくわかった」

「ははははは!」

 夜空を仰ぎ、『カマキリ』はひとしきり笑った。笑ってから、すぐさま両腕のカマを振るってギゼンガーに襲い掛かる。

「俺を否定する奴はみんな殺してやる!」

 大振りのその攻撃を、ふわり、とギゼンガーはかわした。余裕である。だが、『カマキリ』もまだ全力ではない。

「くくく。退屈してたんだよ、さ、始めようか」

 ギゼンガーはニヤリと笑い、するりと構えをとる。

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