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改造戦士ギゼンガー  作者: zan
最終話「復活」
21/21

最終話・復活 後編

 そこに立っているのは、ギゼンガーだった。

 しかし、先ほどまでの両腕と片足を失い、ボロボロに崩れようとしていた姿ではない。今まさに生まれてきたかのように五体満足にそろい、外骨格にも全く傷がついていない。新品同様の姿だ。

「何をした?!」

 『亡霊』の知る限り、それほどの再生機能をギゼンガーはもたない。しかも、先ほど自分が痛めつけて死においやったはずなのだ。どういう詐術を使ったのか、説明されなければならないと思う。

「王子様が来たんだよ。なったつもりはないが」

 ギゼンガーが両腕を開き、そんな軽口を叩いた。

「説明しろ」

 やや落ち着きを取り戻し、『亡霊』は訊ねた。それを見て、ギゼンガーはため息を吐く。どうやら、説明が面倒くさいと思っているようだ。そこで彼はほんの少しだけ考えてから、こう言ったのである。

「脱皮した」

「脱皮。そうか」

 その一言で、『亡霊』は察した。

 それなら説明がつかないこともない。先ほど飛んできたギゼンガーに似たものは、脱いだ後の抜け殻だったのだ。それに、自然界でも欠損した足が脱皮の際に復活することはよくある。

 しかし、それで説明がつかないこともある。四肢のうち両腕片足を失くした状態からこうも綺麗に復活してくると、質量保存の法則が気にかかる。欠損していたはずの両腕や足を補うだけの養分は一体どこから調達したのか? 少し考えて、思い当たった。

「そうか、『蚕』だな?」

 ギゼンガーは答えなかった。しかし『亡霊』はある程度の確信を抱いていた。ギゼンガーの両腕や足を再生するだけの養分は『蚕』を捕食することによって得たのだと。そうでもなければ説明がつかない。

「かわいがっていたらしいが、結局は自分のためにそいつを食ったわけか」

「違う。そうだな、『脱皮』という言い方はニュアンスが違ったようだ。言い直そう」

「何?」

 その言葉には『亡霊』も問い直してしまった。『脱皮』でなければなんだというのだろう。

「『羽化』した」

「羽化? サナギから蝶になったとでも言いたいのか?」

「一度、俺の身体を構成する全てが融解し、そして結合しなおされて作り直された。何もかもが」

「それがどうした。脱皮とどう違う」

 『羽化』という説明だけでは、質量保存の問題は解決されない。蝶の体重がサナギになる直前のイモムシのそれよりも重いということはないのだ。

「俺が融解されているときに、『材料』が追加された。その結果として欠損した両腕や右足も含めて、俺の身体は回復したわけだ」

「その『材料』が『蚕』なのだろう?」

「それは正確な言い方ではない。もらったのは彼女の両腕だ」

「両腕?」

 ハイブリッド・インセクトは闇の中をよく見た。目をこらすと、確かに『蚕』はそこにまだいた。肩から両腕を失ってはいるが、生きている。意識はないようだが、息はある。

「彼女は両腕を俺にくれたんだ。これでスカーレットを救ってくれと言って」

 ギゼンガーは再生した両腕を開き、ハイブリッド・インセクトをねめつける。

「やつに口などない」

「聞こえたんだ」

「融解していたお前に意識などない」

「聞こえたのさ、俺にはな」

「幻聴だ」

 『亡霊』は非現実的なギゼンガーの言葉を否定した。しかし、ギゼンガーは折れない。

「馬鹿には聞こえないんだよ。それより、レッドアイを殺したな」

「ああ。だが悲しむことはない、すぐに会わせてやる」

「『死後の世界』でか。悪いけどあいつには当分会う気がしないな」

「調子に乗ってべらべら喋っていられるのも今のうちだけだ。忘れたわけではあるまいな。お前の力ではこのハイブリッドの身体には全く傷をつけられないし、こちらの一撃でお前の四肢はちぎれるのだ」

 話題を現実的なところに引き戻し、ハイブリッド・インセクトはギゼンガーの視線に応じるように、彼の目を見据える。

「それでもお前にかからぬわけにはいかないだろう。お前のしようとしていることは、俺には看過できない」

「俺のしていることがか。だがギゼンガー、レッドアイにも言ったが今この国を救えるのは俺だけだ。それでもお前は俺を倒そうというのか。その目論見は成功するとは思えないが、仮にそれに成功したとしても、この国のためにはならないぞ。正義のヒーローが市民に犠牲を強いるようなことをしていいのか」

 ハイブリッド・インセクトは多少なりギゼンガーの戦意を殺ごうとした。しかし、悩まないギゼンガーはこの問いにも戸惑わずに答えてみせる。

「お前が正義だというのなら、それを倒す俺は悪になるだろう。今まさに自分を慕う子供の両腕までも貪ってこの世にしがみついた、誰がどう見ても鬼畜、最悪の存在かもしれない。だが、お前も本当に正義だと言えるのか? 人を操り惑わせて改造し、間接的に数多の命を奪い、人心を弄ぶお前は正義か。そこから問いたい」

「無論だ。惑わせた、と言っても元からお前たち『誘いに乗った者』は社会からはみ出しそうな奴らばかりだったのだ。そいつらを人間の社会から追い出し、今まさに彼らを追放する体制にした俺はもっと評価されてしかるべきであろう。それに強いものが正義というしな。過去の歴史がそれを証明しているではないか。相手が何者であろうとも、勝った者が正義だ。勝てば官軍という言葉があるが、あれほど素晴らしい言葉もあるまい。そして俺は勝つ。だから、正義といえよう、疑う余地もない」

 ギゼンガーの問いに、余裕で答える『亡霊』。以前戦って、相手を圧倒したことから考えても彼は負ける要素がないと考えていた。しかし、同じような考えにいたっていいはずのギゼンガーはあくまでも抵抗する意志をみせている。最後まで。

「あんたが正義か。それも、絶対的な」

「そうだ。絶対正義」

「ならそれに抵抗する俺は、間違いなく悪だな。正義のヒーローさん、お前の望む『絶対悪』はここにいるぞ。かかってくるがいい」

 ギゼンガーはそう言い切り、構えた。強く、『両目』でハイブリッド・インセクトを睨みつける。

「はみ出し者たちの代表か。俺の『誘いに乗った』時点で貴様らは放逐される運命だったのだ。自ら社会の常識から飛び出すことを選んだ愚者達に俺自ら鉄槌を下すことも、正義の名を得るための手段であると同時に、正義の使命かもしれんな」

 そう言って、ハイブリッド・インセクトも構えをとった。両者がにらみ合う。

「俺は自分を正義とは思わない」

「そうだろうな。お前からは『正義』という感情を抜いてある。正義のように見えて、偽善のためにしか戦えないのだ、お前は。自分のためにしか」

「お前の望む『絶対悪』は、ここにいる」

 小さくギゼンガーが呟く。その『絶対悪』とは彼自身のことなのか、それともハイブリッド・インセクトのことなのかはわからない。

「ならば、その絶対悪を退治してみせよう」

 右の『カマ』は失っているが、その程度ではハイブリッド・インセクトの優位は揺るがない。彼は飛び出し、ギゼンガーに突っ込む。羽を開き、俊敏な動きで目標に近づく。

 その動きはレッドアイを仕留めたときの動きとまるで変わらない速度をもっていたが、ギゼンガーはその一撃を回避した。

 さすがに動きを読まれたらしい。しかし、それを認識する間もなく反撃を見舞われる。足を引いた状態から体重の乗った右拳を顔面に食らう。大アゴの一部に間違いなく命中する。

 しかし、ハイブリッド・インセクトの厚い外骨格の前には無駄であった。散弾銃を至近距離から食らっても大してダメージを受けなかったほどの防御性能を持っているのだ。いくらギゼンガーの拳が強くても、鉄の壁を殴っているようなものだ。

 即座にギゼンガーは退避した。ハイブリッド・インセクトの反撃を警戒したからだ。一瞬の判断で右へ飛び、中足での攻撃を避けた。

「素早さは上がっているようだな。『羽化』と言ったのは伊達ではないのか」

 ギゼンガーは敵の問いかけに答えず、彼と距離をとる。確かに『蚕』の両腕のぶんだけ、身体性能の向上もされているようである。そうでなければ今の回避は間に合わなかった。

 ただし、本来『羽化』は膨大な時間をかけて行われるべきものである。ギゼンガーはごく短時間のうちにそれを行い、自分の体を再形成した。そこには無理がある。その無理は、自然と彼の身体に負担を強いた。はっきりと言えば、疲労とダメージである。何もしないうちから、彼は疲労して、内部から損傷をきたしているのだ。

 ギゼンガーはしかし何も言わず、両目で敵を睨んだ。彼が今すべきことは疲労に身体を任せてしまうことではない。レッドアイを殺し、災厄の種を振りまいた元凶を倒すことだ。

 しかしここに至っても、彼の瞳は燃えない。彼が戦う理由は正義ではないのだ。ギゼンガーは自分がハイブリッド・インセクトを倒さなければならないということだけは知っていたが、そこに使命感をまるで感じていないのである。

 次の瞬間、一撃を受けて彼は吹っ飛んだ。いつ攻撃をされたのかもまるでわからなかった。

 敵の素早さは尋常ではないらしい。

 ギゼンガーは吹っ飛ばされた先からどこか千切り飛ばされた箇所はないかと自分の身体を見回す。そうしながらもなんとか体勢を整え、次の一撃に備える。

 どうやら切断された箇所はないようだが、両肩がひどく痛んだ。どうやら両腕を切断しようという攻撃だったらしい。しかし自分の身体はそれに耐えたのだろう。着地して、敵の気配を探る。

「また上か!」

 痛む両肩に鞭打ち、ギゼンガーは両腕を交差させて掲げた。そこへ振り下ろされるハイブリッド・インセクトの『カマ』が激突する。切断されることは免れるが、腕は痛む。しかも着地と同時に放たれた前蹴りを回避できず、まともに食らってしまう。

 あっさりと吹き飛ぶギゼンガー。落下防止の金網に背中から叩きつけられ、視界が暗転した。

「見たか?」

 強烈なダメージを受けて動きを止めてしまったギゼンガーに、『亡霊』は余裕の声をかけた。

「俺は腕一本くらい失っていても、簡単にこうやってお前を追い詰めることが出来る。なぜだかわかるか」

 のろのろと歩き、彼は金網に背中から突き刺さるようにめり込んでいるギゼンガーに近づいていく。ギゼンガーは朦朧とした意識の中でそれを聞いていた。

「お前が弱く、俺が強いからだ。それはそうだろう、お前たちを作ったのは俺なのだから。自分より強いものを作って、自分の支配下におけると考える奴はいないだろう。特にそいつらが世の中を滅ぼそうなんていう危険思想の持ち主なのであれば、尚更のことだ。ちゃんと俺は、自分が倒せるだけの実力しか、お前たちに持たさなかった。お前たちは持たされたわずかな能力で互いに争ったり、いい気になって人間たちを襲ったりしていただけだ。その改造後の姿となったものたち同様、お前たちはただの虫けら。ゴミみたいなもんだ」

 ギゼンガーの突き刺さる金網まで歩いたハイブリッド・インセクトは彼を引っ張り、金網から取り出した。しかし、ギゼンガーはダメージが大きく、疲労もあって抵抗できない。

「その証拠に、今、完膚なきまでにお前を倒してやる」

 『オニヤンマ』の羽を開き、ハイブリッド・インセクトはギゼンガーを掴んだまま飛び上がった。

「次の一撃でお前は思い知るぞ、自分の愚かしさを」

 垂直に上昇していくハイブリッド・インセクトの姿は、スカーレットの目にはどんどんと小さくなっていくように見える。未だ月並小学校の屋上にいるスカーレットは、レッドアイの遺品である散弾銃を胸に抱いたまま、ぐんぐん上昇する二人の姿を呆然と見送った。あそこまで上昇されては、散弾銃など役に立たない。彼女は無意識のうちに両腕を失った『蚕』の傍に行き、空中の二人を恐怖とともに見つめる。

「サトコ、見ておいで。お父さんは立派に戦っているよ」

 彼の最後の姿かもしれないと思い、スカーレットはそう言った。

 だが、『蚕』の目には怯えの色はなかった。しかし何も分かっていないわけでもないようだ。彼女は、ただ信じている。その目を見たスカーレットは、驚いた。

 ギゼンガーが強大な敵と戦っているということを知っていながら、それでもただ彼女は信じているのだ。まぎれもなく、彼女の保護者たる戦士が勝利を手にするものと。

「そうだねギゼンガーは誰が何て言ったってヒーローだった。ヒーローは、最後にきっと勝つよね」

 スカーレットは再び空を見上げた。そこに二人の戦士がいるのだろう。

 この子が信じているのなら、私も信じよう。

 彼女はそう思う。あながち、根拠のないことでもないのだから。スカーレットにとって、ギゼンガーは王子、最強のヒーローなのだ。

「正義のヒーローは、天下無敵なんだから」


 ある程度まで上昇した後、重力加速度に身を任せるようにしてハイブリッド・インセクトは落下を始めた。ギゼンガーの身体は既に風圧に飛ばされるように四肢をくねらせているが、ハイブリッド・インセクトはその彼を正しい場所に導いていく。

 すさまじい風圧と振動で、ギゼンガーは抵抗できるわけもない。なされるがままだった。意識の混濁も激しい。

 そんな彼を、ハイブリッド・インセクトは避雷針に突き刺すつもりであった。

 髪が真上にたなびき、羽が千切れそうになる。周囲の景色が真上に吹っ飛び、眼下に見える町並みが急速に拡大されていく。

「さぁ、お前に裁きを与える地獄の一本槍が見えてきたぞ! レッドアイが見れば『ブラド・ツェペェシュ』とでも言うのか?!」

 避雷針のある、月並小学校が彼の目に見えてきたらしい。彼は強烈な速度で吹き抜ける風圧にも負けず、勝ち誇るように口を開く。

「虫けららしく、百舌のはやにえになるがいいっ!」

 彼が勝利を確信した、その一瞬。

 バチリ、とギゼンガーが両目を見開いた。途端、彼の身体が急速に命を取り戻していく。

『正義のヒーローは、天下無敵なんだから』

 そんな声が聞こえた気がした。負けられない。

 そう、今ここで負けるわけにはいかないのだった。周囲には真上に吹き抜ける大気、自分の身体を叩きつけようとしているハイブリッド・インセクト。流れに任せてしまえば、自分はどうなる。

 その後の、地上に残っているあの二人は!

 惨劇が起こったら、その責任は誰にある!

 拳を握り締め、膝を折り、力をためるように身体を丸めていく。彼は、身体を矯め、そして解放した。

「おおおおおおおおおお―――――っ!」

 一気に身体を開き、彼は、彼に似合わぬ咆哮をあげた。力が解き放たれ、ハイブリッド・インセクトの拘束を引きちぎってしまう。直後、彼は逆に相手に掴みかかり、手当たり次第に彼に手を伸ばしたのである。突然のことに『亡霊』はしばしまともな抵抗ができなかった。

「なんだ貴様は、正義のヒーローでもないただの偽善者のくせに」

 折角決めようとしていた技を破られ、ハイブリッド・インセクトは悪態をつく。しかし、直後にその表情は凍りついた。ギゼンガーが彼の羽を掴み、握り締めてしまったからだ。こうなるとさすがの彼も飛ぶことができない。

「俺の名を忘れたかっ!」

「よせっ!」

 暴れるハイブリッド・インセクトの手足がばたつき、中足などがギゼンガーに襲い掛かる。しかし、空中での打撃の威力などたかがしれており、復活したギゼンガーの外骨格を突破できない。この状況を招いたのは派手な技で止めをさしてやろうという『亡霊』の思惑であり、彼は舌打ちをしたが取り返しはつくはずもなかった。

「俺は『偽善蛾』だ、俺は正義のためになんか働かない、抽象的な心情的なものなんかのために肉体労働なんてできるかよ。見返りを求めてする善行が偽善だって言うなら、俺は偽善者でかまうものかっ! 俺は信じた道で、お前を砕くっ!」

「虫けらの心など、誰が気にするか!」

 二人の戦士は近づいてくる避雷針を前に、必死にもみ合った。命がかかっており、体裁も何もない、ただのつかみ合い、もみ合いにすぎなかった。その中での会話は、会話とは呼べず、すでに互いへの罵倒と、意味のない叫びとなっている。

「虫けらで何が悪い! 俺もレッドアイもスカーレットもサトコも! 虫けらと呼ばれても仕方がないが、その中身はお前なんかよりもずっと高貴で、清廉だ!」

「貴様らなどただの下賎な人工生命体にすぎんのだぞ! 実験動物は実験が終ったら死ね! いつまでも舞台に残っているのは汚らわしいわ! 藪蚊ほどの価値もない虫っけらどもが!」

 そう言いながらもハイブリッド・インセクトは『カマ』を突き出した。その一撃がギゼンガーの腹部を刺す。外骨格をつらぬいたようである。ギゼンガーがハイブリッド・インセクトの身体を掴んでいたために互いの体が離れず、空中での攻撃にも威力を与えてしまったのだ。

 この攻撃の成功に『亡霊』はにやりと笑ったが、瞬間、ギゼンガーの瞳がぎらりと燃えたことには気がつかなかった。

 避雷針の先端が二人の体をつらぬくまで間がない。『亡霊』は自分だけはつらぬかれないようにしたかったので、ギゼンガーの身体を蹴りつけることでそれを回避しようとする。しかし、その蹴り足をギゼンガーは掴んだ。

「うっ?!」

 ギゼンガーはありったけの力をこめて、ハイブリッド・インセクトの蹴り足を掴んでいた。外骨格がひび割れそうなほどに力を込めている。そう簡単には振りほどけそうになかった。刺された腹部から体液が漏れているが、彼は気にしてなどいない。この段階に至って、やっと『亡霊』はギゼンガーの目が尋常ならざる光を放っていることに気がついたが、これもまた遅きに失した。彼は、ギゼンガーやレッドアイをあまりにも侮っていたのである。

 それを表現するのに、『油断大敵』という言葉は似合うものではない。もっと根本的な問題がある。

「虫けらにも、魂があるということを忘れていたんじゃないのか!」

「なんだと?」

 予想もしなかった言葉に、思わず『亡霊』は問い返した。

「一寸の虫にも五分の魂があるってところを、思い知らせてやる!」

「お、おうおっ!?」

 瞬間、ギゼンガーは張り裂けるほどに大きく羽を開き、空気の抵抗を利用してハイブリッド・インセクトと体の位置を入れ替えた。これにより、避雷針につらぬかれるのはハイブリッド・インセクトとなってしまったことになる。そのあと、足を閉じて伸ばし、空気の抵抗を激減させ、『ハイブリッド・インセクトよりも落下速度を速め』、その下に位置した。

 つまり、ギゼンガーはハイブリッド・インセクトの足を持って、避雷針に向かって落下しているのである。しかもハイブリッド・インセクトはギゼンガーの頭よりも上にいるため、着地の瞬間に強く両腕を振り下ろすことでさらにその衝撃を増すことができるであろう。

 二人は今や、真下に放たれた矢のような速度で地上に突っ込んでいる。

「うおおおおおおおおっ!」

 ギゼンガーが吼え、その瞳がさらに燃え上がった瞬間、ついに避雷針が眼前に出現した。渾身の力をこめて、彼はそこへハイブリッド・インセクトを叩き付ける。

「インセクト・ソウル!」

 強烈な手ごたえと共に硬い外骨格をつらぬき、避雷針がハイブリッド・インセクトの胸元をつらぬいた。

 しかし、落下速度が大きかったため、それだけでは二人の身体は止まらなかった。長い避雷針はハイブリッド・インセクトを串刺しにしたままその根元へと彼を誘っていく。

 避雷針はハイブリッド・インセクトの体内に甚大な被害をもたらし、その証として先端から被害者の体液に染まっていく。

「砕け散れっ!」

 そして根元に被害者がたどり着いたとき、頑丈なその土台は彼の身体を四散させ、原型も残さなかったのである。噴水のように、あるいはまた地上で暴発した打ち上げ花火のように体液は飛び、やがてコンクリートの床を濡らした。

 ギゼンガーの手に、片足だけが残った。彼は自分が叩きつけられる寸前に羽を開き、限界まで落下速度を落としたのでさほど被害は受けていない。

 何もかもが終ったような気がした。

 ギゼンガーは全ての決着をつけたこの月並小学校の避雷針を見上げ、敵の体液に染まったそれが、まるで墓標のようにそこにあるのを見た。彼はその根元に、自分が握っていたハイブリッド・インセクトの片足を置く。それで何が変わるわけでもないし、いずれは腐り果てていくだけだが、それでもそうしておきたかった。


 ギゼンガーはスカーレットたちのところに戻ってきた。片腕のスカーレットは戻ってきた彼を見てもう何も言わず、ただ左手で目元をおさえただけだった。

「勝ったぞ、お姫様」

 王子様と呼ばれたことを思い出し、ギゼンガーはスカーレットにそう言った。それを聞いて、スカーレットは何か言おうとしたが、結局言葉には出さない。出せないのかもしれなかった。

「何だよ」

 しかしそれほど察しのいいわけではないギゼンガーは、両腕を開いて肩をすくめた。スカーレットが何をしたいのかわからないのである。それよりも彼の興味はレッドアイと、『蚕』にあった。

 レッドアイは体液を流したまま横たわっていた。生気を失い、一目で屍とわかるほどに消耗した死に顔。彼女がいなければ、ハイブリッド・インセクトは倒せなかったであろう。ギゼンガーは彼女の顔の汚れを落として、少しの間だけ手を合わせた。

 振り返ると、スカーレットの傍らに『蚕』がいる。両腕は自分の『羽化』の際に捧げられてしまい、失っていた。しかし、彼女の様子は全く変わっていない。接近してみるとギゼンガーが戻ってきたことが嬉しいのか、とことこと近寄ってきて、身体を摺り寄せてくる。口を開かない様子も、人の顔をじっと見る癖も、そのままだった。それに彼女も改造戦士、いずれ両腕も再生される。そのためにスカーレットももっと効率のいい栄養摂取の方法を模索するだろう。

 『蚕』の頭を撫でていると、ようやく少し落ち着いたらしいスカーレットが話しかけてきた。

「ギゼンガー、これからどうするつもり?」

 その問いに、彼は即座に答えた。

「家に戻って、休むつもりだ」

「そうじゃなくて『亡霊』は今ここで死んじゃったわけじゃない。今後はどうしていくつもりなの」

「変わらない」

「何が」

 スカーレットは、ギゼンガーの要領を得ない答えに少々戸惑う。だが彼は淡々と返答を続けた。

「『亡霊』は元々思念体だ。作った身体をいくら壊したって、また身体を作って復活してこないとも限らない。それに、まだまだ『世の中を混乱』させることに必死な連中もいるのだろう」

「今までどおり、生活しながら戦いを続けていくっていうこと?」

「そうだな」

 やっとスカーレットは望む答えを聞くことができた。

「でも、ギゼンガー」

「何か不満でもあるのか?」

「ないけど。ただその、一応こうして『亡霊』も倒しちゃったんだし、あとは人間たちに任せて、戦いはやめよう、普通の学生に戻って暮らしていこう、っていう気はなかったのかなと思って」

 そういわれて、さすがに今度は即答できずにギゼンガーは少し考えた。しかし、下から見上げてくる小さな自分を見ていると、どうでもよくなってしまう。

「無理だろうな。俺たちはどういう理由にしても『誘いに乗った』んだ。世の中を破壊するという意思表示を少しでもしたような人間が、その破壊しようとした世の中で暮らしていっていいはずは、ないんじゃないか」

「なるほど、そうだね」

 スカーレットは少し残念そうに応じた。

「でも、もし『亡霊』が本当に生きているのなら、ギゼンガー。戦いは終らないじゃない。私たち、ずっとずっと戦い続けないといけないんじゃないの」

「だからレッドアイはこう言ったんだ。『破滅の道』だってな。それが嫌なら、『亡霊』が死んだと信じることだ。そう思っておけば今いる改造戦士を全て駆逐すれば戦いは終る。そうしたほうが精神衛生上はいいと思う」

 『亡霊』であるハイブリッド・インセクトを倒したというのに、ギゼンガーたちの前に問題は山積されているのであった。平穏な生活に戻りたい、と少し思っていたスカーレットであるが、それが完全に無理なことを察した。

 平和にギゼンガーと『蚕』と暮らしていければいいのに。

 しかしその夢は叶うことはない。スカーレットはそれが『誘いに乗った』ことに対する罰なのだろうと思い、受け入れることにした。そしてそれから『食べる』ことによって世を混乱させ続けた『混乱者』、レッドアイも、もしかしたらこのような思いを持っていたのかもしれないと思う。自らの歩く道を『破滅の道』と呼び、死ぬまで戦い続ける道を選んだのも、一度平穏な生活を望み、それが無理だと知ったからではないか? 誰かに殺して欲しいと心の奥底で思っていたからではないか? そう思える。

 だが当のレッドアイが死んでしまった今となってはそのようなことは全くわからない。

「ギゼンガー、あと一つだけ訊いてもいいかな」

「まだあるのか? あと一つだけなら」

 ギゼンガーは退屈そうに腰を下ろした。スカーレットは気にせず、最後の質問を投げた。

「ここまでして頑張ったけど、やっぱり今でも正義のヒーローなんてごめんだって思ってるの?」

「ああ」

 答えにくい質問だな、とギゼンガーは思った。しかし、最後まで自分は一度たりとも正義のために戦ってはいない。そのようなもののために戦えないように思考を調整されたからなのだが、正義のために戦えない以上、自分は正義のヒーローではないのだ。そう呼ばれるのもむずがゆいのである。

「人類を守るためとか、平和秩序のためとか、そんなことのためには戦えないからだ。俺はやっぱり、俺やお前、レッドアイやサトコを傷つけられて怒ったから、みんなから賞賛の声をもらえるから、そういう理由でしか立ち上がれないぞ」

「でも、やっぱり私とか、サトコのために戦えるんじゃない」

「知り合いが傷つけられたら誰だって怒るだろ。もう帰っていいか、スカーレット。早く休みたいんだ」

「うん」

 『蚕』を連れて、ギゼンガーは飛び去っていく。向かう先は廃ホテル跡最上階の、あの部屋だろう。

 スカーレットはしばらく彼のあとを追わずに、その後姿を眺めていた。

「他人のために怒れるなんてギゼンガー、それは立派な正義じゃない。みんなのためになんてご大層でご立派なものでなくていいの。誰かの涙を拭うために、誰かの血を流さないために、自分の命をかけて戦うあなたを、誰も偽善なんて呼ばない。ひとりひとり、違った正義を持っているから、誰だって正義のヒーローになれるんだよ」

 正義のヒーローを嫌うギゼンガーには聞かせられなかったので、スカーレットは彼に聞こえないように小さく呟く。

 そして彼女は自分のために戦った『偽善者』のあとを追って、空へと舞い上がった。


 夜の闇は深く、広い。

 あの夜から数ヶ月が経ったある日、月夜の夜。このごろ、裏通りにひっそりと建っていた廃ホテル跡に奇怪な生物がでるという噂がしきりに立ち込めていた。ただの会社員である彼女は、そのような噂を気にしており、近くをあまり通りたくなかった。ゆえに、駅に行くための近道であるにもかかわらず、廃ホテル跡の周辺を通らないように気をつけている。

 しかし、彼女は酔っていた。同僚の歓送会があり、少し飲みすぎた、と自分でも思うほどにアルコールを摂取していたのである。駅から家へと歩いていく彼女の前に、例の廃ホテルが見えてきた。しまった、と彼女は一瞬思ったが、今夜は月明かりもある。少々怖いが駆け抜けてしまえばいいだろうと、酔った身体で走ろうとする。途端、誰かにぶつかって、彼女は倒れた。

「あっ、ごごめんなさい」

 しりもちをつきながらそう言って謝る。だが、目の前に立つ誰かを視認した瞬間、その目は見開かれた。

 異常に発達した足を二本備え、大きな複眼を持つ、明らかに『人間ではない者』だったからだ。身体は黄色っぽく、両目は大きくぎらぎらと光っていた。

 言葉もなく、彼女は走って逃げようとする。だが酔っているためか恐怖のためか足がもつれて素早く走ることができない。『人間ではない者』はそんな彼女に、異常に発達した足を使っての跳躍一つで追いついてしまった。

「あ、だ、だれか」

 鎧のような肌をもった『人間ではない者』が、彼女に手を伸ばしていく。本能的に、自分が食われようとしているのだということを悟り、彼女は恐怖におののき、腰を抜かしてしまう。

 誰か助けて、と。

 その一言も叫ぶことができないままに。

 自分は死ぬかもしれない。

 しかしその瞬間、『人間ではない者』は砕け散った。

「えっ」

 自分に危害をくわえようとしていた者の立っていた場所に、違う誰かが立っている。彼もまた『人間ではない者』だった。しかし、こちらからは敵意が感じられない。

 長い髪を鉢金で押さえ、二本の触覚、そして折りたたまれた羽を持った異形の存在がそこにいる。まるで『蛾』のようだ、と彼女は思う。

「ギゼンガー!」

 さらに彼の背後に、白い身体と、両腕に鋭い『カマ』を備えた別の存在が降りてくる。

「ああ、大丈夫だ。もう終った」

 ギゼンガーと呼ばれた『蛾』の男はそう答えて、白い存在に振り返った。

「『カマドウマ』かな。一応肉食だけど、やっぱり羽がないと戦術は限られてくるし。『足』だけじゃ」

「まあな」

 白い存在とギゼンガーは、そのような会話をしている。さらに、よくみると白い存在は、まるでギゼンガーとその白い存在のあいの子のような、白くて一回り小さいギゼンガーをその手に抱いている。彼らの子だろう、と彼女は信じて疑わなかった。

「あの」

 言葉が通じるらしい、と見た彼女はギゼンガーに声をかけた。ギゼンガーはああ、と応じる。

「あなたたちは何者なんですか」

 当然の質問を彼女はぶつけたが、ギゼンガーと白い存在は顔を見合わせてしまった。何かよくないことを聞いてしまったのか、と彼女は不安になったのだが、しかしすぐにギゼンガーたちは笑みに近いものをこちらにみせてくれた。

「正義のヒーローだよ」

 『カマ』をもった白い存在がそう言い放ち、ギゼンガーは苦笑している。

「そうらしい」

「正義のヒーロー?」

 呟くように繰り返す彼女の前で、ギゼンガーたちは背中の羽を開いて飛び上がり、夜の闇の中へ消えていった。一人闇に残されて、彼女は思い出していた。

 列車の暴走事故があったときに、引き起こした犯人と戦ったという存在について。近くの高校で乱闘騒ぎがあったときに、女子生徒を護って戦ったという存在について。いずれも報じられたのは、『ギゼンガー』と名乗った異形の存在。そのときは妄言として片付けられていたが、彼は存在したのだ。そうだ、彼がその『ギゼンガー』。

 彼はきっと、正義のヒーローに違いない。間違いなく自分は救われたのだから。

 彼女は、彼が『偽善者』であるなどとは思いもしない。まぎれもなく彼はヒーローである。

 そのヒーローはこれからも多くの人々を救ってくれるに違いない。彼女は異形のモスマン、『ギゼンガー』の飛び去った闇を見つめて、彼に心底の感謝を捧げるのであった。

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