最終話・復活 前編
やはりそこに、レッドアイがいた。校門前に立っている。
スカーレットはそこへ着地し、レッドアイに目を向けた。
「あら、あなた一人?」
訝しげに、レッドアイは口元に手をやった。ギゼンガーが自分の招待を受けながら来ない道理はない、と彼女は思っていたのである。目の前に立つ白いカマキリを見やり、目を細める。
「まさか、あなた一人で私の相手を引き受けようっていうんじゃないでしょうね」
「色々都合があってね、どうしても、今しなくちゃいけなくなったんだよ。ギゼンガーは来ない。代わりに私があなたの相手をするつもり」
「は」
レッドアイは息を吐いた。スカーレットの実力は知っているつもりである。悪いが自分より数段劣るだろう。とても、ギゼンガーの代わりになどならない。
「あなた、伝えなかったのね」
「ギゼンガーは、来ないよ」
同じ言葉をスカーレットは繰り返した。
「本気よね」
明らかに不機嫌な表情となり、レッドアイがスカーレットを睨みつける。スカーレットは正面からその視線を受け止め、何もかもを覚悟した瞳で、臆することなく、その場を一歩も引かない。
「わかった。あんた、骨の一欠けらもこの世に残さず、食べてあげる」
レッドアイも、この相手の覚悟の深さを悟るともう話し合う余地はないと思った。スカーレットを痛めつけてやればギゼンガーも怒って出てくるであろう、という読みもないわけではない。決裂であった。
「おいでなさい、あなたの墓場にふさわしい場所があるから」
偽装を解き、レッドアイは四本の中足を持ち上げた。どの足につらぬかれても、間違いなく死が訪れるであろう。その威力をギゼンガーはロング・スピアと形容したが、ニードルキャノンと言ってもまだ足りないくらいの迫力がある。そのまま振り返り、レッドアイは月並小学校の敷地内へ入っていった。
だが、スカーレットにも退けない理由があるし、負けられない理由もある。決してここで逃げ出すことはできない。自分の命に代えても、絶対に勝たねばならないのだ。真一文字に結んだ口元に手をやり、指の震えをおさえながら、スカーレットはレッドアイの後を追った。
まっすぐにすすんで、校舎にぶつかる。途端、レッドアイは飛び上がり、屋上に着地した。大した跳躍力だ、と思いながら羽を開き、スカーレットも屋上へ向かった。先に飛んだレッドアイは、屋上でスカーレットを待っているようだ。
つまり、レッドアイが案内した先は、小学校の校舎の屋上だった。
「雰囲気、満点じゃないかしら」
スカーレットは返答しなかった。場所がどこであろうとも、自分がすることはもはや決まっているのだ。
「もしここから地面に落ちても私たちなら、大した傷も負わない。それに、リングアウトなんてルールがあるわけもない」
「まあね」
「ただ、雰囲気だけのこと。満月の下でとはいかなかったけど、最後の決戦になる。少なくともあなたにとっては」
空は雲が出てきていた。星も見えず、残念ながら月も隠れていた。だが、それでも学校の屋上という舞台を選んだのは、レッドアイがそうした空気を好んでいたからであろう。相手のためというよりも、自分が「よくある最終決戦の舞台」に身を置いていたかった、というわけである。
「言いたいことは、終り? はじめましょう」
スカーレットはそのような風情など気にする余裕がないので、レッドアイの取り計らいを無視し、そう宣言した。当然これはレッドアイの不興を買うことになるが、どうせ今から殺しあうのだ。
「そうね」
レッドアイは冷たく告げた。
「手短に済ませましょう」
いよいよだな、とスカーレットは思った。軽く足を開き、レッドアイに向けて構えた。
対するレッドアイはいつもの通り、突進して相手につかみかかるか、中足で串刺しにするのか二択を迫る構えを見せている。もちろんこの突進を何とかする手立てがなければ、それだけでスカーレットはおしまいだ。レッドアイの突進は、彼女のもっとも得意とする攻撃であり、もっとも効果的な攻撃である。今回もいきなりその攻撃で決めてしまおうとするに違いない。
レッドアイの戦法は実際に戦ったギゼンガーから聞いているし、『G』との戦いの折にも見ていたから知っている。だが見ても聞いても、実際にそれを回避しようとすると難しいし、何より失敗が許されないという緊張がある。
『ハナビラカマキリ』であるスカーレットの武器は両腕についたカマだ。通常、カマキリのカマは獲物を捕らえるためにギザギザなどがつき、相手をつかむことに適しているのだが、スカーレットのカマは『鎌』だった。刃物なのだ。その先で相手をつらぬくことも出来るし、丈夫な金属のワイヤーでさえも切断できる。
しかし、重戦車の突進にも等しいレッドアイの攻撃を、たった二本の草刈り鎌で防ぐのは不可能なのではないか。
もちろん、レッドアイの自信はそこからきている。彼女の突進は、間違いなくこの白いカマキリを踏み、砕くことになるだろう。だが、スカーレットとしてはそのように簡単に決められてしまうわけには行かない。
レッドアイが突進をかける。彼女には自信がある。行動も早かった。
恐ろしい速度で巨体が動き、スカーレットに迫る。四連装のニードルキャノンがカマキリを串刺しにしようと振り上げられる。スカーレットは全力で後退、屋上の落下防止柵を軽く飛び越え、そこから落ちた。
落下防止柵は金網で、レッドアイの背丈よりも高かったが、重戦車の突進はそれをあっさりと凹ませる。金網が持ち上がり、突き破るとまではいかなかったが、大きく損傷させた。しかし、突き破ることがかなわなかったため、金網によってレッドアイの突進は防がれたことになる。
「ちぃ」
舌打ちをしながら、レッドアイは落下したスカーレットを見た。折角屋上に舞台をうつしたのに情緒のわからない奴、と思う。
しかし、スカーレットはすぐに羽ばたき、屋上へと戻ってきた。しかし、金網を越えても彼女は地面に降りない。空へ浮いたまま、レッドアイを見下ろしている。
「浮いたままで私の相手をするつもり?」
レッドアイは呆れたような声を出した。いかに軽く調整されたとはいえ、スカーレットの体重は虫のように軽いものではない。それを空へ浮かすだけの労力を使いながら、このレッドアイと戦おうなどとは全く無謀である。
「苦肉の策、そう考えてもらって結構」
腕を組み、スカーレットはレッドアイを見下ろす。レッドアイは、背中側に手をやり、何かを取り出した。
「甘いのよ」
それは散弾銃だった。ギゼンガーにも何発か撃ったが、空中に浮く術をもたないレッドアイにとって、飛び道具は必要なものなのだ。
僅かな間もおかず、すぐさま引き金を引き絞る。銃口は火を噴き、散弾がスカーレットに襲い掛かる。必死に避けようとしたスカーレットではあったが、完全に避けきることができず、右足に何発か食らってしまった。外骨格が割れ、体液が吹き出る。
激痛に呻き声をあげるが、致命的な傷ではなかった。まだ耐えることが出来る。右足が完全に殺されたわけではない。
「くっ」
これでは空中戦は無理だ。スカーレットは作戦変更を余儀なくされる。地上に降りた。
途端、彼女は傷ついた足を蹴り、レッドアイに突進を仕掛けた。レッドアイの突進は確かに非常に強力だ。それを食らわないための策を練った末に、スカーレットは自分からラッシュをしかけ、相手に攻撃のスキを与えないことを選択したのである。強引ともいえるが、今の彼女にはそれ以外の策がなかった。
そして逃げ道も彼女には残されていない。今、ここで仕掛けるしかないという思いが、決死の覚悟が、スカーレットに力を与えている。
だがレッドアイもそれだけでやられてしまうほどやわな存在ではない。突然の積極策に虚を突かれた感はあったが、それでも防御をとり、スカーレットのカマを防ごうとする。
カマと中足がぶつかり合う。この一撃は、レッドアイの中足を弾いた。切断こそされなかったが、レッドアイの中足がしびれる。だが直後に、しびれていない別の中足が踊り、スカーレットを貫こうとする。
瞬間、レッドアイの視界が暗くなった。気分が悪い。
原因はすぐさま、明らかになった。スカーレットが腹部に体当たりを仕掛けたのだ。レッドアイの腹部には、脳髄が移植されている。そこを直撃されるのは、まずいのだ。
ギゼンガーにそれを話したのは失敗だった、と後悔したが、もう遅い。スカーレットのもつ二本のカマがレッドアイの脳髄を直撃しようとしている。
外骨格をつらぬき肉を断つ感覚に、顔をしかめる。
スカーレットは、目を見開いた。振るった二本のカマは、確かにレッドアイの腹部に刺さってはいたが、脳髄に達してはいなかった。敵は中足を二つ防御に回し、あえてそこにスカーレットのカマを受けることで、脳髄を守ったのである。
「!」
レッドアイの中足はつらぬかれ、体液が漏れ出ている。だが、まだ死んではいない。
スカーレットは歯を食いしばり、二本のカマをそのまま押し込み、レッドアイの脳を破壊しようとする。それしか彼女が勝つ道はなかったからだ。レッドアイの中足はまだ二本残っているし、その他に彼女には『腕』もある。それらを使われてはスカーレットに生存の途はない。このまま一気に押し切るのがベストだと考えられる。
だが当然、レッドアイもそう簡単にそれを許すはずがない。つらぬかれた中足に力をこめ、それ以上カマが体内に食い込むのを防ごうとする。同時に残りの中足は地面に戻し、『腕』でスカーレットの頭を押し戻す。
互いに、命をかけた力比べだった。単純な力では、重量のあるレッドアイの勝ちであるが、今のスカーレットは完全に吹っ切れていた。腕も折れよ、身体も砕けよとばかりに押し込んでくる。
レッドアイにはスカーレットを引き込みカウンターをとる手もあったが、引き込みよりもスカーレットの押し込みの速さが勝った場合、脳髄が破壊される。そのような賭けは避けたかった。レッドアイは思わず呻いた。スカーレット如き、軽くあしらえると思っていただけに、このような事態は完全に予想外だったのだ。
「レ、レッドアイ!」
スカーレットが押し出すような声を漏らした。だが、レッドアイにはそれに応答しているような余裕がない。黙って彼女を押し返すことに集中していると、一段と力が強くなってくる。
「うっ!?」
互いの力がそこに強くぶつかりあい、二人の身体はぶるぶると震えていた。だがそうしながらも、レッドアイの身体にじわじわとスカーレットのカマが食い込んでいく。
「がぁっ!」
気合とともに、レッドアイは賭けに出た。押し込まれるカマを押し返すことを中断し、下に押し込んだのである。
完全に力を前に押すことに使っていたスカーレットはがくりと体勢を崩し、カマを下に振り下ろすような形になってしまった。当然、それによってレッドアイの身体は切り裂かれたが、脳は破壊できていない。しまった、とスカーレットは呻く。それとほぼ同時に、体勢を崩してしまった彼女はあっけなく、レッドアイによって突き飛ばされていた。
「ぐぅ」
押し出されたスカーレットは端にある落下防止用の金網まで吹っ飛んで、そこに叩きつけられる。レッドアイとしてはそこに突進を仕掛けたかったが、傷が深く、それを実行できない。くそ、と小さく毒づいた。
「ここまでやるとはね、スカーレット。楽には殺さないよ」
「私、あなたと刺し違えるつもりで来た。私が死ぬときは、あなたも一緒だよ、レッドアイ」
「そう簡単にいかないよ。あなたなんて、生きていてもそのうち人間達に狩られるのがオチよ。今ここで、死んでおきなさい」
その言葉に、スカーレットはぴくりと身体を震わせた。どういうことだ。
「人間に狩られる? あの、はぐれたアリたちのように?」
「ニュースを見てないのね、スカーレット。はぐれたアリたちを始末したのは人間達でしょう、それで人間達は『改造戦士』の存在と、それらが『人間の手で始末できる存在』であることに気がついた」
「どういう、こと」
「ほんの一瞬のことだったけど。『改造戦士』を始末した者には、賞金が支払われることになったのよ」
信じられないことだった。だが、レッドアイの目は冗談を言っているようには見えない。
「う嘘じゃない、みたいだけど」
「こんな嘘は吐かないよ。すでに何人か『ナナホシテントウ』、『ハエトリグモ』あたりが虐殺されたみたい。精々偽装を万全にすることね。私から生きて逃げられたら、の話だけど」
「刺し違える、そう言ったはずだよ」
「あなたには無理よ、だってあなたは未練を残してるように見えるから。今死ねない人間の目をしてる」
レッドアイは小馬鹿にしたように鼻で笑ったが、言葉に嘘はなかった。
「確かに未練はあるけどそれ以上に守りたいものがあるから、私はあなただけでも今ここで消して、そして!」
図星を突かれたことを認めながらも、スカーレットの意志は揺るがない。一瞬わが身を抱くように腕を肩に回し、次の刹那で再び、レッドアイに向けて突進していった。
「あいつを守る!」
だが、レッドアイもその動きをよく見ていた。気合を入れるようなスカーレットの叫びに呼応するように叫び返す。
「子供の恋愛ごっこに、付き合ってられないよ!」
がん、とカマと中足が激突した。四本の中足と、二本のカマが入り乱れて乱打戦となる。無茶苦茶に振り回しているように見えて、スカーレットの攻撃はかなり早かった。無茶苦茶な振りであっても、レッドアイは四本の中足をフルに使ってそれを防がねばならない。
「そこを、そこを、どけっ! レッドアイ!」
しばらく続いた打ち合いだったが、やがて四本の中足を抜けスカーレットの渾身の一撃が、レッドアイの腹部に吸い込まれていった。
多分、この一撃がレッドアイを殺すだろう。そして、同時に私は彼女の攻撃を受けて死ぬ。
スカーレットはそう思った。彼女としてはそれでよかった。ギゼンガーを執拗に狙うレッドアイの存在を消すことが、今の彼女にとっての勝利なのだ。
瞬間、銃声が轟いた。
「っ!?」
突然、身体の右側が軽くなり、肩口のあたりに熱い痛みが突き抜ける。何か重い音が地面に落ちた。
「甘い、甘いのよ。ね、スカーレット。だから言ったでしょう」
レッドアイが鼻で笑った。地面に落ちたのは、スカーレットの右腕だったのだ。レッドアイは『両腕』で散弾銃を撃ち、スカーレットの右腕を壊したのである。
「チェック・メイト」
殴りかかる右腕を狙撃して、分離する。そのような離れ業がレッドアイにできるとは。スカーレットは千切れた自分の腕を見下ろしながら顔をしかめる。しかし、そのような感情も消えてなくなりそうであった。右腕に続いて頭部も吹き飛ばそうと、レッドアイが銃口をこちらの眉間にあわせてきたからだ。
「遺言の一つも、あるかしら」
「まだだよ、まだ勝負はついてないっ」
「強がっちゃって。今からでも、そう、今からでもギゼンガーに私がここにいることを告げなさい。そうしたら、生かしておいてやってもいいから」
勝負はついた、とレッドアイは思っている。これほどの至近距離から狙っているのだ。スカーレットがどれだけ早く動けたとしても、引き金を引くよりも早く狙いから外れられるとは思えない。
「刺し違えるそう、何度も言わせないで」
死の恐怖に生理的な嫌悪を覚えながら、スカーレットは全力で現状打破の策を練っている。しかし、思いつくはずもない。
銃声が鳴り、スカーレットは倒れた。
レッドアイは散弾銃を背中に仕舞いこみ、倒れたスカーレットを見下ろす。どろりと体液が流れ、気味の悪い水溜りをつくっていく。夜の闇の中に、死体が一つ。
では、食糧としていただこうか。
そう思って歩もうとするが、途端、背後に何かの気配を感じた。
思わず振り返るレッドアイ。月明かり。
「あっあんたは」
そこにいたのは形容しがたい異形の姿をした改造戦士だった。金網の上に立ち、レッドアイを見下ろしている。
「誘いをかけてきた、『亡霊』? 今さらこの私に、一体何の用事があるの」
一度仕舞った散弾銃に手をかけながら、レッドアイは異形の改造戦士に尋ねた。ギゼンガーが相対したものと同じ、ハイブリッド・インセクトである。
「今までよく、世を混乱させることに尽力してくれた、レッドアイ」
「お褒めの言葉を言いに、ここに参ったわけじゃないでしょう」
レッドアイは表情を険しくし、ハイブリッド・インセクトに向けて構えた。相手から発散される敵意に気付いたのである。
「世間は改造戦士を排除する方向に動いた。大成功といえる、そしてまだ駆除されていない改造戦士が多数、各地に存在している」
「で、どうするつもり。まさか、そいつらをあなた自身が排除していくことで英雄になろう、なんていう幼稚な考えじゃないでしょうね」
「『アリ』のような組織的な連中や、弱く作った『ナナホシテントウ』、『ナナフシ』あたりなら人間でも十分に排除できる。だが、お前のような強い連中、とりわけ本当に世を混乱させることに功労のあった連中は人間では駆除できまい。この私を除いてはな」
婉曲的にレッドアイの言葉を肯定しながら、『亡霊』が金網から地面に降り立った。
「それで、一人だけそんな強力そうな身体を作って、大暴れしようって魂胆? ほんと、幼稚よ。考えも計画も性格も」
「私は、権力を手に入れたい。折角の外界から持ち込んだテクノロジーを用いて、科学技術発展に貢献とか、世界平和に貢献とか、バカバカしくてやっていられない。この国を支配してみせる」
「それこそ、馬鹿馬鹿しい!」
レッドアイは呆れたように大声を出した。
「あんたがどこから来て、どれだけのテクノロジーを持ち込んだのか知らないけれど、自分がこの世界で一番強いんだなんていう妄想を持っているのは、頭の悪い証拠だね」
強い言葉だった。ある種、挑発ともとれる言葉をレッドアイは平気で連発する。
「では現実を教えてやろう、レッドアイ。所詮はお前たちの身体など、塵にも等しく作られたものだということを」
「私を倒しても、果たして最後まで計画通りコトがすすむかしら。要するに権力基盤の弱まったこの国を、自らの手で収束させることで人心を掌握し、権力を握ろうというのでしょうけど。最強の兵士が、名君とは限らないよ」
「この強さを見れば、考えも変わるだろう」
ふっ、と虚を突くように彼は突進を仕掛けた。それを見て、レッドアイも突進を仕掛ける。迎え撃つようにしては、相手のいいように振り回されてしまうと判断してのことだ。
ハイブリッド・インセクトとレッドアイの突撃がぶつかり合う。
レッドアイは小細工なしに正面から自分の身体を相手にぶつける。ハイブリッド・インセクトも同じように、肩からレッドアイにぶつかった。重量では分があるはずだったが、レッドアイは弾かれる。
「!?」
一瞬よろめいてしまう。この身体をゆるがせるほどの重量をハイブリッド・インセクトが持っているとは思えない。単純に、突撃の速度で負けていたのだろう。なんてことだ。
「口だけじゃないみたいね」
中足と『腕』を防御に回し、レッドアイは距離をとって、構えた。『亡霊』は腕を開いて余裕を見せる。
「そう、当然だ。この身体のためにお前たちの作成データが大いに役立った。しかし、こうなったからにはお前たちももはや無用の長物でな」
「そこにいるスカーレット、それとギゼンガーもそうするつもり?」
「ギゼンガー?」
くっ、と『亡霊』が笑った。咽喉で笑っているが、嫌な笑い方だった。
「あいつはもう手合わせしたが、話しにもならないほどヤワだったぞ。両手と右足をもがれて、ほうほうの体で逃げ出していった。今頃飯も食えずに野垂れ死にしているのではないか」
「何、ギゼンガーをやったの?」
レッドアイは怪訝な表情になった。かつて自分が敗れ、そしてリベンジを果たそうと狙っている相手のことである。気になるというものだ。両手と片足を千切られただって?
「そうだ、あっけなかった」
その返答を聞いて、レッドアイは近くに倒れているスカーレットを見た。体液をまだ流しながら、そこに倒れているこの白いカマキリ。
こいつはギゼンガーに知らせなかったのではないな。
そう思った。ギゼンガーが私に見つかったら殺されると思って、勝負を仕掛けて来たに違いない。献身的なこと。
散弾銃で頭を撃ったのだが、頭部はほとんど破壊されていなかった。かなりの反射神経で、この女は発射の瞬間に銃口から逃げた。よくよく見ると、まだスカーレットは呼吸をしている。つまり、生きている。
このあと捕食するつもりだったのでそのあたりはこだわらなかったが、なかなか感心な女だったのだな、とレッドアイは認識を改めた。死なないでいてくれてよかった。こういう自己犠牲の精神を持った人間を殺すのは、気分がいいとはいえないのだ。
「つまり、私が果たし状を出したところで、ここにくるわけもなかったんだ」
「そうだ、生憎な」
複雑な表情を浮かべるレッドアイに、『亡霊』は笑みを浮かべて答えた。あっさりと左足以外の四肢を奪われたギゼンガー、それにも遅れをとったお前など、簡単に殺すことが出来るのだぞと言外に告げている。
「ギゼンガーに勝ったからって、私にも勝てるなんて思っていたら間違いよ」
「待て、レッドアイ」
再び構えようとしたレッドアイの頭上から、声が響いた。ハイブリッド・インセクトの声ではない。
校舎内へと続く階段室の、さらにその屋上から声は落ちてきていた。そこを見上げてみると、人影が二つ。
「ギゼンガー!」
両腕と片足を失ったままの姿のギゼンガーと、『蚕』だった。




